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前編

OVER THE RAINBOWシリーズ。今回の主人公は、キーボード担当の直貴です。

「ガールズバンドだって? ほとんど楽器に触ったことないきみたちが。冗談はよしてくれよ」

 昼休みの学食で、宮原直貴は思わず大声を上げた。隣のテーブルにいた男子学生が、うるさいぞという視線を投げつける。それが急に妬ましそうな表情に変わった。

 女子三人組と一緒にいる直貴は、端から見ればハーレム状態なのだろう。だが実態は、気まぐれなお嬢様たちと、それにこき使われる気の弱い執事のような関係だ。

 その直貴が珍しく強気の発言をしたので、三人組は少し訝しげな表情をして互いの顔を見あわせた。今度こそ主導権を握ってわがままをはねつけるぞと、直貴は密かに決意していた。

「そんなに驚かなくてもいいでしょ。何事も経験。やったことないからって足踏みしてちゃ前には進めない。何かを始めるのに遅すぎるってことはないのよ、ナオくん」

 真ん中に座った薫が、肩までのびたストレートヘアを指で弄びながらそう言った。三人の中ではリーダー的存在だ。

「たしかに今からでも楽器始めたら、いずれは弾けるようになるけど。てか、なんで急にバンドなんて組む気になったんだよ」

 直貴はお昼ご飯のピラフを口に運んだ。話を聞いてて食べ損なってしまっては、午後の講義に差し支える。

「この前の学園祭。いつもは頼りないナオくんが、ステージの上ではとっても格好よくて見違えるようだったわ。あのナオくんでもこんなに素敵になるのねって話してたら、いつのまにかバンド始めたくなったの」

 向かって右側に座ったツインテールの優香が、ほんの少しほおを染めながら話してくれた。「いつもは頼りない」だけ余計だと思ったが、あえて突っ込まずに仏頂面でピラフを食べ続ける。

「でもバンド組むっていっても、どうやって始めたらいいか分からないだろ。だからこうやって相談してるんだ」

 左側に座るショートカットの千絵里が、お願いというように両手をあわせてウインクした。三者三様にかわいい少女たちだ。仕草ひとつとってもドキッとするし、鼻にかかった声もキュートだ。だが見かけにだまされてはいけない。そう自分に言い聞かせながら、直貴は黙々とピラフを食べる。

「ナオくんのライブに影響されてバンド始めるんだから、責任とって指導してよね」

 右手の人さし指をたてて、薫がにこやかに言う。

 たしかに学園祭のライブで、自分たちのロックバンド、オーバー・ザ・レインボウは、ほかとは比べ物にならないくらい盛り上がり、ステージは大成功に終わった。そんな演奏を見た人たちが、自分たちも始めたいと思ってくれるのは、バンド冥利に尽きる。仏頂面がいつまで持つか心配になるくらいに嬉しい。だが、それと立ち上げに協力することは、次元の違う話ではないか。責任とれとはどういうことだ。

「で、ぼくにどうしてもらいたいわけ?」

 ピラフを食べ終わった直貴は、スプーンを皿におきながらぶっきらぼうに問いかけた。

「楽譜の読み方から、楽器の弾き方まで、すべて教えてもらいたいの。そしてクリスマスまでになんとか一曲マスターしたいのよね」

 軽く首を傾げながら、薫は満面の笑みをうかべた。この天使のような笑顔に何度泣かされたことか。入学して以来、おしつけられた雑用にふりまわされた日々は、思い出したくもない。かわいいは正義? ならば悪になって立ち向かってやる。今度こそ絶対に断るぞ。

「薫がキーボード、千絵里がドラム、そしてあたしがギターをするの。考えただけでもドキドキするわ」

 執事の不満など意に介さないで、お嬢様たちは夢見る夢子さんになっている。

 直貴にとってバンド活動は、何事にもかえられない大切なものだ。それを犠牲にしてまで彼女たちの気まぐれに協力するつもりは、爪の先ほどもなかった。

「無理。ぜったいに無理。何があっても無理。どんなに説得されても無理。だれが何と言おうと、無理なものは無理!」

「どうしてよ。楽器くらい教えてくれたって……」

「クリスマスまであと一か月ないんだよ。楽譜も読めないきみらが、どうやって楽器をマスターするつもりなんだよ」

 薫の言葉を途中で遮るように抗議する。だが敵も負けてはいない。

「だったら春休みまでにマスターするのでもいいよ。ジャスティの定例ライブに申し込めればいいんだから」

「好きにしなよ。一定の水準に達してなけりゃ落とされるだけだ。ぼくは教えるつもりなんてないからね。第一キーボードは弾けても、ドラムやギターは無理だし」

「わかってる。だからナオくんのバンド仲間に……」

「ダメっ。みんな自分のことで忙しいんだから」

 これ以上話を続けていたら、いつものように押し切られてしまうだろう。自分だけならまだしもメンバーに迷惑はかけられない。直貴は乱暴な仕草で鞄を肩にかけ、席を立った。

「意地悪言わないで仲間に聞いてよ。それくらいはしてくれるでしょ、ナオくん」

 薫の声を背中で聞きながら、直貴は食器のトレイを戻し、一人で学食を後にした。

 十二月の気温もさることながら、三人組につきつけられた要求の方が、背筋をはるかに凍らせる。ネックウォーマーで口元を被い、直樹は足早に午後の講義室に向かった。


 三人組の要望をバンド仲間に伝えるべきか。勝手に断ってもいいが、直接メンバーに依頼される可能性を考えると、耳に入れておく方がいいかもしれない。かといってあんなばかばかしい内容を話題にするのも気が引ける。直貴はそんなことを考えながら、放課後のミーティングに参加していた。すると横に座った哲哉に、指で肩を叩かれた。

「どうしたんだよ、さっきからそわそわして。意見でもあるのか?」

「そういう訳じゃないけど」

「なんだよ、いつもの直貴らしくない。言いたいことがあるなら、ちゃんと発言しろよ。そのためのミーティングだろ」

 哲哉にしっかり見抜かれてしまった。仕方なく直貴は、三人組に頼まれた内容を打ち明けた。

「ごめん、人に教える時間はないよ。勉強とバイトと練習で今でも手いっぱいだし。第一おれの実力で指導なんて、偉そうなことはできないさ」

 ドラムをやってる弘樹は、申し訳なさそうに断った。ギターのワタルは、

「女子にマンツーマンで教える? なんだそれ、魅力的なバイトじゃないか」

 と彼女たちの実態を知らないので、気楽なことを言う。

「バイトじゃなくて無料の講師だよ。絶対に引き受けないでよね。ワタルが教えるって言ったら、ぼくや弘樹もやらされるから」

「そうか。無料でも別にいいんだけと、二人に迷惑をかけるわけにはいかないか」

 お人好しのワタルはすまなそうにしているが、三人組に会ったら、引き受けなかった幸運を実感するだろう。とりあえずメンバーにも話は伝えた。直接頼みにこられても絶対に断るようにと念を押して、ミーティングを終えた。



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