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文化祭1

いつもありがとうございます。

 文化祭の日の校内は賑やかである。

 いつもは制服姿しかない校内も今日は様々な服装の人が歩いている。

 着物姿の恵輔と演劇衣装の倉橋は、注目を帯びていた。

 カメラを向けられる事も多く、二人ともにこやかにしているが、内心ではかなりげんなりしていた。

「もう、これ脱ぎたい。」

「倉橋、そういえば劇には出るのか?」

 周囲の教室を覗きながら恵輔が首をかしげると、倉橋は頭をかいた。

「はぁ、舞踏会のシーンでモブです。」

 恵輔はクスリと笑う。フランス人の血を引く倉橋は日本人離れした整った顔立ちをしている。身長も平均を上回り、モブとかって無理だろう。なんて考えてしまった。生徒会役員で忙しい身体でなければ、王子役で決まっていただろう。

 --……君は二年五組の『大正喫茶』には行ったかね。--

 --『大正喫茶』ですか?えーとパンフレットによると古き良き時代の喫茶店をモチーフにしているようですね。焼き菓子と飲み物を提供しているみたいですね。--

 --そのとおりだ。何でも生徒会副会長のクラスで、副会長自ら着物姿で宣伝しているようだぞ。--

 --副会長の着物姿、きっととても素敵でしょうね……。今すぐ見に行かなくては!!……ガタガタっ--

 --あー、行ってしまったな。というわけで、副会長はその場を離れた方が良いと思うぞ。では、次の曲は--

 何となく放送を聞いていた恵輔は隣の倉橋と顔を見合わせる。

「何ですか?今の放送。」

 倉橋の質問に恵輔はハッとしたように辺りを見渡して、ガシリと倉橋の腕を取る。

「逃げるよ。」

 云うが早いか脱兎のごとく走り出した。人の多い廊下を器用にすり抜けて階段に到達すると、下を覗き込んでから上に駆け上がる。

「ちょっとなんですかいったい?」

「いいから逃げないと。参ったな。」

 下から何人か駆け上がってくる気配がある。

 五階にたどり着くと少し離れた教室で先輩の渡辺が手を振っていた。

 開かれた空き教室に駆け込むと廊下側の壁にぺたりと張り付く。なんだか判らないまま倉橋も同じようにひっついて息を殺す。

 バタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。

「一つ下の階だったのかもしれない。」

「そうだな、お前達この先の階段を下りてこい。俺たちは戻ってみる。」

 しばらくすると物音がしなくなり、廊下が無人になった事が判る。

 渡辺が二人を手で制して廊下を確認に行き、肩をすくめた。

「もう大丈夫みたいだよ。」

 恵輔は大きく息を吐いて近くの椅子に腰を下ろした。

「助かりました。まさか僕が一番になるとは思いませんでしたよ。」

 渡辺はクスクス笑いながら、隣の席に腰を下ろした。

「まあ、去年も一番だったしね。」

「いったい何事なんですか?」

 恵輔がそちらを見ると、倉橋は立ったまま首をかしげていた。それはそうだろう、恵輔は質問に答えないまま引きずっていたのだから。

 恵輔はなんと説明するべきか、頭をかいた。

「鬼ごっこだね。簡単に言うと。」

 渡辺がさらりと応えた。

 倉橋はポカンとする。当然だろう。恵輔だって去年はそう思った。

「生徒会役員と放送委員との鬼ごっこ。放送委員は放送で捕まえる人間を指定する。すると校内に散った放送委員が指定された役員を捕まえて、放送室に連れて行きインタビューする。説明するとこんな感じかな。」

 倉橋はなんだという顔をする。

「そんなことなら逃げなくてもいいんじゃあ?」

 恵輔は首を振った。

「インタビューの内容がくせ者なんだ。」

 首をかしげたままの後輩に先輩二人は丁寧に昨年までのインタビュー内容を説明する。

「去年は逃げ切ったのは、俺と恵輔だけだったよね。」

「ええ、柏木会長への質問は「大塚先輩の背中にほくろはあるのか」で、大塚先輩には「柏木会長の弱いところは」崇一には「初体験はいつ」相川には「後夜祭は誰と参加するか」だったかな?」

 倉橋はしゃがみ込んだ。

「なんかいろいろと勘ぐれる質問ですね。」

「ああ、みんな上手く応えてたよね。柏木は「見えるところにはない」で大塚は「妹」、崇一は「高校生になって鬼ごっこしたのは初めて」相川さんは「参加する人みんな」だったよね。」

「なんか、答え方も微妙ですね。で、なんでお二人だけ逃げ切ったんですか?」

 恵輔は渡辺と顔を見合わせた。

「僕は渡辺先輩と一緒にいたときだったから、なんだか判らないまま隠れた。たぶん、この教室。」

「俺は、前の年に当時の先輩と一緒にこの教室に隠れた。なんかね、全員が捕まるのは面白くないだろうってことなのか、歴代各学年で一人は逃げ切るようになっているんだ。」

「そういえば、去年も三年の先輩に助けて貰いましたね。もしかしてその前もですか?」

 渡辺はにこりと頷いた。

「そうだね、僕が一年の時も三年生に助けられたよ。」

 恵輔はなるほどと思う。

「つまり、来年は僕が助ける番ということですね。この教室に隠れるのは意味があるんですかね。」

「たぶん、場所を決めていた方が間違いが起きないと云うことだよ。」

「なるほど、では来年は倉橋が一年生を連れてここまで逃げてきて、僕が助けると云うことですね。倉橋、判った?」

「はぁ、なんとなく。」

 --ガタガタ……副会長、見つかりませんでした。着物姿拝見したかった!--

 --お疲れ様。副会長の足の速さにかなう人間は放送委員にはおらんからな。しかたあるまい。去年に引き続き逃げられてしまうとは、残念だ。--

 --気を取り直して、次の曲に行きましょう。……--

 恵輔は大きく息をのびをすると立ち上がって乱れた着物を手早く直す。

「恵輔の番は無事に終わったみたいだね。たぶん倉橋君も今日だと思うから、恵輔は気を付けてあげてるんだよ。」

 渡辺は柔らかい笑みを浮かべて教室を出て行く。

 恵輔は見送ってから後輩を振り返る。

「さあ、見回りを続けないとね。」





文化祭、まだ続きます。

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