電話
いつもありがとうございます。
自分の部屋ではあるが、実際に使っている時間は一年のうちの数日間、合計しても一ヶ月に満たないはずの部屋は落ち着いた雰囲気で隅々まで掃除が行き届いている。グリーンを基調としたカーテンや寝具のカバーも洗濯されていて、普段から生活している祖母の心遣いであろう。
開け放った窓からは都会とは思えないほどの緑の匂いが風に乗って入ってくる。
でも、夏真っ盛りの今は暑い。
恵輔は窓を閉めるとエアコンを付けた。
ベットに腰掛け、手に持ったままの携帯を見下ろす。
先程緊張しながら通話ボタンを押したのだが、拍子抜けなことに誰も出なかった。
ガックリしながら、とりあえず簡単なメールを送り返信を待っているが未だ携帯は無言である。
恵輔はため息をついて、立ち上がった。
「コーヒーでももらってこよう。」
このまま携帯電話とにらめっこをしていたところで、不毛である。
夏休みの宿題もなにも急なことだったため、何も持ってきていなかった。竹刀すらこちらの家には置いていないため、何もやることはない。
ついでに図書室-家族が部屋に置ききれなくなった本を置いておく部屋-から何か本を借りてくるかなどと考えて、部屋を出た。
図書室で適当な本を選び、キッチンでコーヒーを入れて部屋に戻ると机の上の携帯が光っていた。
開いてみれば待ち人からの返信である。
電話に出られなかったことをわびる内容である。
恵輔はポチポチとメールを打つと送信する。今度はすぐに返信が来た。
「よし。」
恵輔は携帯のアドレス帳を開き通話ボタンを押す。
ドキドキと自分の鼓動が早くなっている。電話がつながった。鈴を揺らすような声が耳をくすぐる。
「佐々宮さん?こんばんは。四条です。」
『こんばんは。あの、さっきは電話に出られなくて、ごめんなさい。ちょっと、手が離せなくて。』
申し訳なさそうな声で再び謝る。
「気にしないでいいよ。ピアノの練習をしてたの?」
『いえ、お風呂に……い、いえ、何でもないです。』
恵輔は電話の向こうの慌てた様子にクスリと笑ってしまう。余計な想像は無理矢理追い払った。
「今日は一緒に帰れなくてごめんね。メールは読んでくれた?」
『はい、あと、生徒会長の嵯峨原先輩が教えてくれました。あの、お家のご用は終わったんですか?』
恵輔は崇一のフォローに感謝する。
「うん、大丈夫。実は……。」
今日の出来事を志穂に説明すると志穂はクスクスと笑った。
『楽しいお祖父様ですね。でも、きっと、とっても会いたかったんですね。ご両親も判っていて先輩にお話ししなかったのかもしれませんね。』
恵輔は自然に笑みを浮かべた。自分と同じことを考えてくれている志穂に今すぐ会いたくなる。だが、明日から試合が終わるまでは学校に行く予定はない。
「……会いたいな。やっぱり学校に行こうかな。」
ボソッと呟くと志穂はよく聞こえなかったためか、聞き返してきた。
「…いや、明日から来週の水曜まで学校に行かないから、会えないなって思ってね。」
『あ、そういえば、来週は試合でしたね。頑張ってくださいね。』
さっぱりと言われて恵輔は拗ねたくなった。彼女は自分に会えなくても何とも思っていないようだ。好きでもない女は寄ってくるのに好きな女の子は気にしてくれない。
『先輩?』
不思議そうな声に恵輔は慌てて首をふった。途中で相手に見えないことに気づいて謝り、話を変えた。
しばらく宿題や部活の話をしてから電話を切った。
小さくため息をつく。
脳裏に浮かぶのは志穂の顔である。
ふっくらとした薔薇色の頬に触れたくなったのは一度や二度ではない。
ふんわりとした柔らかい髪の感触を思い出して、顔が熱くなる。
冷めてしまったコーヒーを飲み干して、頭を乱暴に掻き乱した。
今回はとても短くなりました。




