秘密同盟
いつもありがとうございます。
夏休みも三分の一が終わり八月に入った。久しぶりに朝から雨が降っていた。
生徒会役員達は週一回の会議の他は、当番制で生徒会室に詰めることになっている。部活に所属しているとはいえ、一人部活の恵輔は時間に縛られないため、他の役員達の都合に合わせて当番を受け持っている。七月中はほぼ毎日午前中が担当だった。八月は恵輔自身の大会もあるため、あまり当番には入っていない。
「恵輔、今日当番じゃないだろう。なんか用事か?」
今日の当番の崇一が生徒会室の扉を開けた恵輔に声をかけた。
「あぁ、今日は来週の大会のことで松沢先生に呼ばれたんだよ。倉橋、悪いけど、これ差し入れ。冷蔵庫に入れといてくれる?」
手に持っていたコンビニの袋を後輩に渡す。
「崇一、ちょっと場所借りるよ。」
生徒会長に了解を得ると、恵輔は一番端の机につくと、鞄からノートパソコンを取り出した。
「なんです?」
不思議そうに倉橋がのぞき込み、眉を寄せた。
「父に頼まれて、ね。家だけじゃ終わらなくて。」
恵輔が困ったように笑みを浮かべると、首をかしげた倉橋を崇一が注意する。
「倉橋、お前は自分の仕事をしろ。まだ終わっていないだろう、十二時までに仕上げろと言ったはずだな。」
「はいっ!すぐ取りかかります。」
恵輔は二人のやりとりにクスリと笑って、キーボードを叩き始めた。
紙をめくる音とキーボードの音、窓の外からは運動部の声が聞こえる。静かな生徒会室である。
「こんにちはー。文化祭の参加申し込みに来ました-。」
ガラッと扉が開いた。
恵輔と同じクラスの山崎薫である。
「あれ、薫?」
「よう、恵輔久しぶり。」
ヒラヒラと手を振る薫に恵輔が立ち上がる。
「なんか、焼けた?」
恵輔が薫の日焼けした肌を見てそう言うと、いきなり肩を組まれる。
「実はさ、葉月ちゃんとプールに行ったんだよ。いやー、彼女スタイル良いんだ。野郎の視線を浴びまくってたぜ。ナンパ男を一刀両断で格好いいのなんの。さらに惚れたね。」
にやつく薫の腕をほどいて、恵輔は首をかしげる。
「葉月ってそんなにスタイル良かったけ?制服と道着姿しか印象に無いな。」
「残念だな。道着姿ってほとんど身体を隠しているから、恵輔は知らないんだな。」
へへんと勝ち誇ったような顔をしている薫を見て、恵輔はクスリと笑う。
「そうだね。ちょっと損しているかもね。小さい頃はプールも行ったし、風呂も一緒に入ったけど、子どもだったしね。スタイルも何も幼児体型……。」
「けーすーけー!お前、俺をからかっているだろう!」
薫は恵輔の両肩を掴んでガクガクと揺する。
「ま、ね。葉月は、ああ見えて結構臆病なんだ。一刀両断してても内心は怖がってたはずだよ。ナンパ男なんか近づけさせるなよ。」
恵輔の言葉に薫は真面目な表情になる。冗談のように話しているが、恵輔が葉月のことを幼なじみとして大切に思っているのは事実である。
「悪い。今度から気を付ける。」
「僕が言うのも変だけど、頼むよ。」
「で、薫、参加申込書は書いてきたのか?」
二人の話を面白そうに聞いていた崇一は、話が一段落したのを見て声をかけた。
恵輔は元の場所に戻り、その様子を眺める。
「いや、まだ。」
「それなら……ありがとう。これに記入してくれ。」
崇一は薫の返事に対して、すかさず倉橋から渡された紙を薫に差し出す。ついでのようにボールペンも差し出した。
「サンキュー。えーと、団体名は秘密同盟、代表者は二年五組山崎薫、参加内容はステージ発表、場所は体育館、時間は二十分って所か、参加人数は五人、と。希望の時間帯は二時半~三時半、これでいいか?」
崇一は紙を覗き込んで腕を組む。
「ステージ発表って何するんだ?」
「軽音楽?バンドだよ。」
横で聞いていた恵輔はポカンとした。
薫がバンドをやっていた何て初耳である。
「メンバーは?記入欄があるだろう。」
「うーん、秘密で。」
「はぁ?実はメンバーが決まっていないとか?」
「いや、もう練習に入っている。」
崇一と薫の近くに恵輔は近づいていく。
「なら、書くんだな。」
「無理、秘密だから。」
恵輔は薫の答えに笑ってしまった。
他の三人が振り返る。
「薫、もしかして、メンバーが秘密だから『秘密同盟』ってこと?」
薫はにやりとする。
「そのとおり、メンバーが楽器の演奏が出来ることは知られていないんだ。だから、当日まで秘密のまま行きたい。何とかならないか?」
恵輔は崇一と顔を見合わせた。恵輔自身は問題ないと思うのだが、どうだろうか。展示発表の時は参加人数は必要だが、参加者名までは求めていない。ステージ発表も同じ扱いに出来ないだろうか。
「確か、軽音学部は団体名と代表者のみだよね。」
恵輔の言葉に崇一はため息をついた。
「仕方ないな。ただ、参加者名が判らないと集合時間に集まらなかった場合に呼び出しが出来ないが、いいか?」
薫は頷く。
「構わないさ。要はメンバーがちゃんと集めれば良いだけのことだろ。」
崇一は肩をすくめて、用紙を受け取ると受付印を押した。
「ありがとうなー。恵輔が助け船を出してくれたおかげで、メンバーの秘密が守られたぜ。」
大げさに抱きつこうとする薫をスルリと躱して、恵輔は笑う。
「僕が何も言わなくても、崇一は受け付けたと思うけど。」
チラリと崇一を見ると苦笑いしている。そのくらいの融通は利かせてくれる会長である。
「まあ、とにかく受付はすんだから。お茶でも飲んでくか?」
「ラッキー。さすが話せる会長だね。」
「おだててもお茶以外は何もないからな。」
恵輔はコップを用意している倉橋の所へ冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を運ぶ。
「ありがとうございます。」
「うん、淹れたものから運んでくれる?」
元気な返事をする後輩に笑みを浮かべる。今年の一年生は素直で可愛いなどと思う。もちろん、自分の周りにいる後輩達だけだが。茶色味がかった髪の大切な後輩を頭に浮かべる。
「薫、今日は部活は?」
「終わったところ。大会は終わったからな。気が抜けてんだよ。」
肩をすくめる薫に崇一も笑う。崇一のバスケ部も薫のサッカー部と同じく地区大会で二回戦負けであった。
「この学校は、部として成り立たない部の方が強いよな。」
そう言って二人は恵輔の方を見る。恵輔は苦笑いする。
「強くないと部として扱ってくれないから。頑張っているんだけど。」
実際に一人部活の恵輔の剣道部、葉月の弓道部、部員数三人の柔道部は全国大会出場を決めている。人数がいないので個人戦しか参加できないのだが、それでも県内では名前が知られている。
軽快な音で恵輔は携帯電話を取り出した。
ディスプレイには『御崎辰彦』
首をかしげながら三人に合図して廊下に出る。
「恵輔です。何かありましたか?」
『お忙しいところ、すみません。今は学校ですか?』
「ええ、そうです。資料ならまもなく送れますが、」
『あと十分ほどで出ることは出来ますか?』
恵輔は眉を寄せた。彼はこちらの質問に何も答えていない。
「出ることは出来ますが、なにか問題がありましたか?」
恵輔は再度質問した。
『会長が入院されました。』
「お祖父さんが……。何で?」
『私も理由は伺っておりません。では、到着しましたら連絡いたします。』
言いたいことだけ言って切れてしまった。恵輔は切れてしまった携帯電話を見つめる。
お祖父さんが入院って、どういうことだろう。深刻な病気なのだろうか。
恵輔は頭を振った。わからないことを考えていても仕方がない。
生徒会室に戻ると崇一に帰る旨を伝える。
「悪いけど、しばらく来られないかもしれない。」
「わかった。こっちのことは何とかするから、気にしなくて良い。どっちにしても来週は大会だろう。」
崇一はそう言って安心させるように笑う。
「ごめん。連絡するから。」
広げていた紙とノートパソコンを鞄の中に入れながら、謝ると崇一は気にするなと笑った。
「でも、彼女には連絡しろよ。寂しがるからな。」
恵輔は顔を真っ赤にして振り返る。
「まだ彼女じゃないよ。」
「でも、誰にも譲らないんだろ?」
恵輔は机に寄りかかる。
彼女を譲る?そんなこと出来るわけない。もっとも、彼女が他の誰かを好きだというのなら、考えるかもしれないが。いや、たぶんその時には無理矢理にでも自分に気持ちを向けさせるようにするだろう。
「何?恵輔、女出来たの?」
「四条先輩の彼女、事件です。ニュースです。」
興奮する二人をよそに崇一は恵輔に話しかける。
「とりあえず、今日のは連絡できなくても、俺の方でフォローしておいてやるけど、明日以降についてはキチンとしておけよ。」
「ありがとう。助かるよ。出来るだけ連絡するようにするから。倉橋、崇一の手伝い頼むね。薫もまたね。」
時計を見て、恵輔は立ち上がり、簡単な挨拶をして部屋を出た。
雨は朝よりもひどくなっていた。傘を開いて、昇降口を出て門に向かいながら、志穂へはメールで連絡するかなどと考えていたため、前方から来る人物に直前まで気がつかなかった。
「四条君」
顔を上げて舌打ちしそうになる。
「斉藤、何か用。」
スポーツバックを手に持った制服姿の斉藤亜由美であった。
「合唱部の彼女、怪我は治ったのでしょう?何で登下校を一緒にしているの?」
恵輔は小さく息を漏らす。
「僕がしたくてしている事だ。あなたにとやかく言われることは何もないはずだけど。」
「おかしいじゃない。つきあっているわけでもないのに、一緒に登下校だなんて。」
恵輔は鞄を持ち直した。
「付き合っていなくても、一緒に行動することはあると思うけど。」
「でも、毎日なんておかしいわ。」
泣きそうな顔を恵輔にむける亜由美の姿に、志穂の泣き顔が脳裏に浮かぶ。志穂が泣いていたのは、ほんの数日前である。詳しく聞き出したかったが、志穂は何も言わなかった。すべては恵輔の推測だが、目の前の亜由美が絡んでいることは間違いなかった。釘を刺しておきたかったが、もしかするとしばらく学校に来られないことを考えると下手は打てなかった。
「斉藤、僕と登下校を一緒にしたいって思う?」
「いいの?」
ぱっと明るい顔になる。まさかと答えて、さらに質問する。
「なんでそうしたいの?」
「だって、四条君と一緒にいたいから。」
モジモジと恥ずかしそうにしている亜由美を恵輔は可愛いとは思わなかった。
「なんで一緒にいたいの?」
「好きなの。四条君のことが。」
恵輔はにっこりと微笑んだ。亜由美が好きなのは『この顔』である。それ以外の何を好きなわけでもない。たぶん『四条商事の御曹司』というのもおまけについているかもしれない。
恵輔の微笑にうっとりとしたような目を向ける亜由美に恵輔は言い放った。
「前にも言ったけど、僕はあなたを好きになることは無い。いいかげん、つきまとうのはやめてくれないか?」
冷たい声に亜由美は息をのんだ。
「僕があなたを見ないからといって、僕の周囲の人間を傷つけることは許さない。僕はそんなに優しい人間じゃない。あなたが僕にしたことをやり返す事だって躊躇しないよ。噂が広がれば、僕が手を汚さなくったって、あなたのような人が、代わりに制裁を加えてくれるからね。どうする?」
恵輔は無表情に亜由美を見据えた。いい加減、この女と関わり合いになるのは終わりにしたい。学校を卒業するまでは顔を合わせることもあるだろうが、話もしたくない。
亜由美は怯えたように恵輔を見上げる。
無言で見つめ合う二人に終止符を打ったのは、恵輔の携帯電話だった。
「すみません。今、門を出るところです。」
恵輔は亜由美の横を携帯電話で話ながらすり抜ける。
門にたどり着くと同時に横付けされるシルバーの外国車。恵輔は運転席に合図をして、自ら後部座席の扉を開き、流れるような動作で座る。
「四条君!待って、私っ」
恵輔は振り返った。窓を開くとまっすぐに言う。
「悪いけど、僕は話すことはもう無い。本当にあなたを好きになることはないから、他の男を当たってくれないか?御崎さん、出して。」
恵輔は窓を閉めた。外の音は遮断され、亜由美の声も聞こえなくなった。
車は静かに走り出す。恵輔は後ろを振りからなかった。
切れるところがなくて、長いです。すみません。




