想い3
いつもありがとうございます。
話そうかといった割に何も言わない恵輔の横顔をチラチラと見上げて志穂は困っていた。逃げられないようにか手首を握られていて、離してくれそうな気配はない。
「今日、何かあったんじゃない?誰かに何か言われた?」
静かな声で問われて志穂はビクリとしてしまった。
陸上部の彼女の顔がちらつく。
「……何も」
志穂は恵輔から視線をそらした。
「陸上部の斉藤」
再びビクリとしてしまった。手首を掴まれているので、ビクリとしてしまったのは恵輔に伝わっているのだろう。
「……やっぱり、何かされた?」
志穂は首を振った。
押されて尻餅をついただけである。鞄の中身をばらまかれて踏みつけられたの何も壊れていないので許容範囲である。今日はヴァイオリンを持ってきていなくて良かった。壊されたら洒落にならない。あの様子ではやりかねなかった。
「直接聞きに来れば説明をしているし、理解もしてもらったんだけど。ごめんね。斉藤には前に釘を刺しておいたから大丈夫かと思ったんだけど、甘かったみたいだ。嫌な思いをさせたね。大丈夫だった?」
志穂はコクリと頷いた。
本当は大丈夫ではない。言われたことすべて恵輔にぶちまけてしまいたい。されたこともすべて話してしまいたい。でも、彼女も恵輔のことを本当に好きなのだろう。そう思うと何も言えなかった。
噂にもなったくらいだ、恵輔とは親しいのだろう。
「……全部僕に話してくれて良いんだよ。僕のせいでって怒ってくれてかまわない。八つ当たりだって構わない。僕は、佐々宮さんに怒ったりしないから。」
泣きたかったら泣いていいよ。そっと囁くように言われて志穂は涙がこぼれた。
「……どうして、そんなに優しくしてくれるんですか?私、先輩にそんなに甘えられない。」
ぼろぼろと涙をこぼしながら言っても説得力は無いが、志穂はしゃくり上げながら、そう言った。
恵輔はそっと志穂の頭を引き寄せる。糊のかかったワイシャツが志穂の涙を吸い取る。
「僕が優しくするのは佐々宮さんだけだよ。何故か判る?」
志穂は首を振った。 誰にでも優しい人だ。きっと今回のことだって、怪我をしたのが志穂でなくても同じことをしたと思う。きっと、彼女にだって。
恵輔は「本当はこんな時に言うつもりは無かったんだけど」と前置きのように言った後で、志穂の耳元でそっと囁く。
「好きだよ。」
志穂は息を止めた。顔を上げると恵輔は真剣な表情をしていた。
「…ウソ」
「本当。」
思わず出した声に柔らかい笑顔を見せる。頬が少し赤く見えるのは気のせいじゃないと思う。でも、瞳は真剣は光を宿している。
志穂は驚きのあまり涙がピタリと止まったことに気づく。
徐々に顔が熱を持ってくる。
学校内で美形集団といわれる生徒会役員の中でも一際美形の先輩に告白されて、志穂は頭の中が真っ白になる。
「……あり得ない。」
「あり得るから。」
「………夢。」
「起きてるから。」
「…………暑さでおかしくなった?」
「おかしくなってないから。」
意味のないつぶやきに丁寧に答えていた恵輔は、志穂の頬を軽くつねる。
「あのね佐々宮さん、僕は君が好きだよ。だいぶ前から、わかった?」
良く解らないがとりあえずコクコクと志穂は頷いた。
現実逃避しているのがありありと判る志穂に疑わしそうな目を向けたが恵輔はそのことには触れずに、話を続ける。
「告白したから、今すぐに交際してくれと言うつもりは無いよ。本音を言えばすぐにでもつきあって欲しいけど、佐々宮さんの気持ちがはっきり定まってからで良い。とりあえずは僕の気持ちを知っていてくれればいいから。」
確認するように恵輔にのぞき込まれて、再びコクコクと頷く。
「でも、僕の気持ちを伝えたから、攻めに出るからね。」
「攻め……?」
キョトンと恵輔を見つめるとにっこりとされた。
「佐々宮さんの気持ちを僕に向けさせるように、努力するってことかな。というわけで、バス乗り場まで送るよ。明日も一緒に行くからね。」
いつの間にか手を握られて、ホームを歩き出す。
あれ、わたし、さっき、なんで泣いていたんだっけ?
気が付けば、バスに揺られていた。
携帯が鳴ったので驚いて取り出して見るとメールである。
差出人は『四条恵輔』
〈さっきの告白は現実のことだから、忘れないようにね。それじゃまた明日。〉
志穂は携帯を取り落とした。
優しい先輩は暑さで壊れたのかもしれない。志穂はそう思いたくなった。
なんだか恵輔の性格が変わったかも?




