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想い2

いつもありがとうございます。

 夏の午後、まだ日は高く、気温は高い。

 だが、駅前の日陰のベンチは風通しも良く、思いの外過ごしやすい。

 しかし、そこに流れる空気はどんよりと重い物だった。

「さっきの電話の時、急に切ってしまってごめんね。驚いたよね。」

 恵輔は話を変えた。志穂は声を出すと泣いていることがばれてしまうから、頷くだけにとどめた。

「実は思ったより早く生徒会のことが終わったから、佐々宮さんの靴箱を除いて靴がないことを確認してすぐに学校を出たんだ。そのままだいぶ走ってから、佐々宮さんがいつ帰ったのか確認していないことに気がついて、電話したんだよね。もう駅まですぐの所だったから、走り出した拍子に切ったみたいで、ごめんね。怒って切ったかと思った?」

 志穂は小さく頷いた。

 そっと頭をなでる優しい手に気がつく。

「そのくらいじゃ、僕は怒らないよ。佐々宮さんなら、なおさらね。涙は止まった?」

 ビクリとして恐る恐る顔を上げると、優しい瞳とぶつかった。泣いていたことはばれていたらしい。

「佐々宮さんに泣かれるとどうしたらいいか、判らなくなる。一緒にいてあげることぐらいしか出来ない自分が、情けない。」

 恥ずかしげな表情で、恵輔は話す。

 志穂は首を振った。

「いえ、すみません。」

 謝らなくて良いとさらりと志穂の頭をなでる。優しい手つきが心地よい。

 長い足を組んでほんの少しだけ志穂の方を向いて優しい笑みを浮かべている。

 陸上部の斉藤先輩の顔が脳裏にちらつく。でも、もう少しだけこの心地よい時間が続いて欲したかった。

「……そろそろ、帰りましょう。ここは気持ちいいけど、暑いですし。」

 志穂がそう言うと、恵輔は手を止めた。腕時計を見て立ち上がる。

「先輩、もう大丈夫です。私、知っています。私をバスに乗せた後、また戻っているの。」

 恵輔は瞬きをしてばつが悪そうに笑った。

「……いつ、気がついた?気を付けていたんだけど。」

「三日前です。コウくんが、上り電車に乗るのを見かけたって。学校に戻っていたんですね。」

 恵輔は首を振った。

「学校には戻っていないよ。父の会社でバイトしているんだ。」

 志穂はポカンとした。生徒会の仕事の他、剣道の道場に通って、さらにアルバイトまで、勉強だってしているだろうし、いったいどういう生活しているんだろう。

「バイトの件は先生には話してあるけど、他言無用で良いかな。」

 悪戯っぽい笑みを浮かべる恵輔に志穂も笑みを浮かべる。

 ファンの人たちがバイト先に押しかけてきたりしては困るからだろう。

「じゃ、行こうか。」

「え?」

 ぱちくりと瞬きして恵輔を見上げると優しい笑みを返された。

「ちゃんとバスに乗るところまで送るよ。佐々宮さんは気にしなくて良いからね。僕がしたくてしているんだから。」

 気がつくと手を引かれて改札を抜けて電車に乗っていた。

 並んで座るとやっと手を離してくれた。

 思ったよりも大きな手でほっそりとしているように見えるが、指が長いだけで結構がっしりとしている。竹刀を握るためか、手のひらは硬くなっていた。

「そんなに見つめていたら、穴が開くかもよ。」

 無意識に握られていた手を見つめていた事を指摘されて志穂は真っ赤になった。

 耳元で囁かれたというのも理由かもしれないが。

「佐々宮さんの手は細いね。僕が力淹れたら折れちゃいそうで怖い。」

 ひょいと手を取られて、大きさ比べのように合わせられる。恵輔の手は志穂の手よりも一回りは大きい。指先も綺麗で、爪の形も綺麗である。

 それに比べて、志穂の手は幼い頃から楽器に触れていたため、モデルのような手からはほど遠い。

「この指先が綺麗な音を紡ぐんだね。」

「あまり綺麗な手じゃないです。見ないでください。」

 そっと自分の手を握り合わせて視線をそらす。

「綺麗じゃないって、手を洗ってないとか……」

「洗ってます!」

 クククと恵輔は笑っている。珍しい様子に志穂は息をのんだ。胸が早鐘を打っている。

「佐々宮さん、可愛い。」

 志穂は心臓が止まるかと思った。

 今日の恵輔はどこか変だ。いつもの冷静な様子がどこかに行ってしまった。

 暑さでおかしくなってしまったのだろうか?

 降りる駅に着くまで恵輔はたわいのない話をしているのに笑っていた。

 つられて志穂も降りる頃にはいつもどおりになっていた。


 ホームに降りたって階段の方へ向かう恵輔に志穂が声をかけた。

 この後、バイトに向かうのなら改札の外に出るのは時間の無駄である。ここまで送ってくれただけで充分。明日からも一人で大丈夫なことをちゃんと言わなくては。

「先輩、ここまででホントに大丈夫です。明日からも平気ですから。もう……。」

 恵輔は笑みを消して志穂を見下ろした。

「迷惑だった?」

 志穂はブンブンと首を振った。そんなことはない。これ以上は自分が何かとてつもない勘違いをしてしまいそうなだけだ。

「じゃ、気にしなくて良いよ。さっきも話けど、僕がしたくてしているんだから。」

「でも!先輩のファンの人たちに申し訳ないし、だから、」

 恵輔は黙って志穂を見下ろしていたが、ホームを見渡して少し離れたところにあるベンチのほうへ歩き出した。

「すこし、座って話そうか?」

 志穂は泣きそうな気持ちになった。

 恵輔が今日の出来事を聞き出そうとしていることが、判ってしまった。

「佐々宮さん」

 有無を言わさない呼びかけに断頭台に登る気分でベンチに向かった。






さらに長くなったので切りました。

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