祝宴にて
いつもありがとうございます。
創立記念パーティの会場は多くの人で賑わっていた。男性は黒っぽいフォーマルスーツが多いが、女性達は色とりどりのドレスを身にまとって華やかである。女性の中には和服姿もちらほら見受けられた。
「恵輔もすっかり大人になったわね。スーツがよく似合っているわ。」
すぐ隣にいる落ち着いた和服に身を包んだ祖母がほれぼれしたように恵輔を見上げて微笑む。
パーティと言うことで、恵輔もそれなりの格好をしていた。
いつもは下ろしている長めの前髪をきちんとセットして、一部の後輩に『光源氏』と呼ばれる美貌を人々の目にさらしている。品の良いグレーのスーツに着こなした立ち姿は、会場にいる男女から視線を浴びることになっていた。
「そうだな。恵輔は涼子さんに似たんだな。顔も良いし、背も高い。隆輔よりも高いだろう。」
「はあ、だいぶ前に抜いたかな。」
自分よりも頭半分ほど背の低い祖父に答えながら、祖母の手を引いて後ろを歩く。
歩きながら周囲の人々が祖父母に挨拶している様子を横で見ていた。
恵輔は例年どおり、挨拶に忙しい両親ではなく、現会長をしている祖父と役員の祖母の付き添いである。目立つ外見と社長令息という立場から着飾った女性がアピールのため近寄って来るのを避けるためである。恵輔自身が言葉を交わすのは、祖父が紹介してくれたときのみで、それ以外の者が寄ってきてもにっこりしているだけである。
「……初めまして、私はSSコーポレーションの斉藤と申します。四条会長にはこれからもよしなに……」
大きな濁声に恵輔は顔を上げた。祖父に名刺を渡している恰幅の良い男性の声だった。
「奥様もご機嫌麗しく、いやぁ、お美しい方でございますね……」
手を取らんばかりに話しかけられた祖母は、内心ではどう思っているか判らないが、にっこり微笑んでいる。チラリと見ると祖父が眉を寄せて、恵輔を見ていた。
恵輔は小さく首を振る。
これは家族間の合図である。
招待客は数百人に及ぶのだが、例年の事でなんだかんだと顔は覚えさせられる。家族の中では一番若く記憶力の良い恵輔が名簿照合の役割を担っているともいえる。
毎年必ず正式な招待客ではなく、ツテを頼んで招待客に連れてきてもらう人物がいる。目の前の人物はそれに当たるようだ。祖父に覚えがなく、恵輔にも記憶がないとすれば間違いないだろう。しかし念のため確認をする必要がある。
「いやぁ、あなたが噂のお孫さんですか。これはまた、きれいな方ですな。」
気がつくと濁声の男は恵輔に話しかけてきた。恵輔は無表情に頭だけを下げる。ぎらぎらした眼が値踏みするようにこちらを見ている。はっきり言って、気分が悪い。
「高校生ですか。私の娘も高校生でしてね。親に似ずとても可愛くてね。」
いきなり娘を売り込み始めた。恵輔は無言で濁声男を見下ろす。こういう輩はまとわりつく女性達よりもうっとうしい。
「恵輔、すまないが御崎君を呼んできてくれないか?」
濁声男の話を遮って、祖父が話しかけてきた。この場から引き離してくれるようだ。
「判りました。失礼します。」
恵輔は濁声男に隙無く一礼してその場を離れた。チラリと振り返ると、濁声男が恵輔を見送っている間に祖父母もその場を離れ、別の人間と歓談を始めた。濁声男は怒ったように歩き去り、人影で見えなくなった。
バーカウンターの近くに御崎辰彦が控えているのを見つけて恵輔は近づいた。
「何かありましたか?顔が怖いですよ。」
気がついた辰彦は苦笑いしながら話しかけてきた。
なるほど、一人になったのに着飾った女性達が近寄ってこないのは、そうゆう理由かと思う。
「SSコーポレーションって知ってる?」
「SSコーポレーション……市の不動産会社ですね。取引はありませんよ。それがなにか?」
辰彦は前置き無く聞かれたことにすぐに答えるた。
人が近づいてくるのが見えて、恵輔はバーカウンターのほうへ歩き出す。辰彦もそれに続く。
「招待客じゃないよね。」
「違いますね。お引き取り願いますか?」
恵輔は唇に指先を当てて首をかしげる。とりあえず今のところ、招待客に迷惑をかけているわけではない。正式な招待客ではないからといって、追い返すことは連れてきた人物に泥を塗ることになるため、恵輔の一存では出来ないと思われる。
恵輔は首を振った。
「まぁ、あんまり気分の良い事ではないけど、放っておこう。誰かに迷惑をかけたら追い出しにかかって。」
「判りました。恵輔君はお酒はダメですよ。」
辰彦はいたずらっぽく笑って、恵輔から離れていった。社長の隆輔に報告に向かうのだろう。
恵輔はのどに渇きを覚えたため、近くにいた給仕係に祖父母にも飲み物を持って行ってもらうように手配しすると、バーテンに烏龍茶をもらう。一口飲んでホゥと息を漏らした。すこし空腹でもあったが、ホスト側なので、料理をつまむことは出来ない。
「いやぁ、話し続けてのどが渇いてしまいましたよ。」
話しかけられて、恵輔はわずかに眉を寄せた。落ち着いた気分がいきなり不快になる。
「ホントに四条会長のお孫さんは美しいですな。」
脂ぎった顔がニヤリと恵輔を見上げた。恵輔が無言で踵をかえそうとすると、いきなり腕を捕まれる。
あまりに不躾なので抗議しようと振り返って、恵輔は声を無くした。
「先程、紹介しようと思ったんですがね。私の娘です。美人だと思いませんか?」
ワインレッドのカクテルドレスに身を包んだ美女は、恵輔も知っている人物だった。
「娘の亜由美です。同じ年ですし、これからよろしくお願いしますな。」
大きく開いたデコルテに派手なネックレスをつけて濃いめの化粧をしている姿は、制服姿よりもかなり大人っぽくみえる。どこかの娼婦のようだなどと思いながら、恵輔は無表情に亜由美を見下ろした。
「これはこれは……。」
何も言わない恵輔が亜由美に見とれていると勘違いしたのか、亜由美の父親はニヤニヤしながら二人を見つめている。
「あの、……し」
「はじめまして。」
亜由美が何か言おうとしたが、それより早く恵輔が言葉を放った。そして手に持ったままのグラスを優雅な仕草でカウンターにおくと、バーテンをチラリと見る。バーテンは素知らぬ顔をしてそこから離れていった。
やっと彼女の登場です。




