家族
外は良い天気で、公園にはたくさんの親子連れが遊んでいる。
恵輔は窓の外を眺め、ふと思う。小学校に入学してまもなく父親は単身赴任をすることになったため、あまり家族で出掛けたことはなかった。もともと恵輔の家は戦前から会社を経営していて、父親はいつも忙しく休日も家にいないことが多かった。いや、母の話では現在も休日に家にいることは少ないらしい。それでも、夕食までには必ず帰ってくるそうだ。息子の自分が見ても父は母を溺愛していると思う。両親が中が良いのは、子供として嬉しいものだ。
「先輩、楽しそうですね。」
志穂に言われて自分が微笑んでいたことに気がついた。
「僕はあまり家族であんな風に遊んだことがなかったから、楽しそうだと思ってね。」
姉弟の二人はつられたように外を眺めて、姉のほうがつぶやく。
「うちもなかったなぁ、あんな風にピクニックするの。」
「そうだね、母さん料理できないし。」
「それもあるけど、忙しかったから二人とも。」
志穂の言葉に晧が首をかしげる。
「でも俺、ヴァイオリンは母さんに教えてもらったよ。ピアノは父さんだし。」
「私も同じだけど、コウくんが三歳の頃はお休みが月に1日ぐらいだったって、聞いたよ。夜は終電だったみたいだし。よく覚えていないけど、朝、家を出る前の一時間とかで相手してくれていたんだと思う。」
志穂が途切れ途切れに話す。一年の違いは赤ん坊の頃にはとても大きい。姉が覚えていることでも弟は覚えていないのだろう。
それにしても……。
「君たちのご両親って音楽に関係した仕事をしているの?」
二人は顔を見合わせた。
「佐々宮塁って知っていますか?」
体をテーブルに乗り出して、周囲に聞こえないような小さな声で晧が囁く。
「確か作曲家だよね。奥さんがヴァイオリニストの…って、もしかして?」
恵輔も小さな声で答えているうちに気づいた。
目の前の二人は苦笑いしながら頷いた。
父親の佐々宮塁は、クラシックの作曲も行うが、どちらかといえばドラマや映画の音楽の作曲で有名である。確かアカデミー賞にもノミネートされたことがあったはずだ。一方の母親、佐々宮眞穂はどこかの交響楽団でコンサートマスターをしていたはずだ。
なるほど二人がピアノとヴァイオリンを弾くのも、家にピアノが二台以上あることも納得である。
その後、三人は学習室に戻り、予定通りに勉強をーー志穂はときどき恵輔に質問しながらーー済ませ、六時の閉館時間に図書館を出た。
家に帰ると留守番電話が光っていた。再生すると、父親の隆輔であり、八時頃にまたかけるというないようだった。
時計を見ると七時前である。冷蔵庫にあるもので簡単に夕食を済ませ、シャワーを浴びる。
そろそろかなと考えていると、電話がなった。時間通りである。几帳面な隆輔らしい。
「恵輔か?元気か?熱を出したりしてないか?」
「もう体は大丈夫だから、そんなに心配いらないよ。熱を出したのなんて何年も前だしね。」
毎回電話で心配されて、恵輔はいつものように苦笑いしてこたえる。
「涼子にも聞いたんだが、来週も来れないのか?」
「来週は試合があるから。会いに行けなくて、ごめん。」
「いや、謝る必要は無いぞ。俺が寂しいだけだから。学生の時にしか出来ないことはたくさんあるからな。」
はははっと笑う父親に恵輔は息を漏らす。どっしりと構えた父親に何となく安心感がある。
「ホントは父さんがそっちに行ければ良いんだが。なかなか難しいな、来週の試合はみにいくぞ。今スケジュールを調整中だ。」
「無理はしないでよ。父さんが倒れると問題が大きくなるから。」
「大丈夫だ。うちの秘書は優秀だ。」
胸を張っているのが眼に浮かんで、少し笑った。たいていは急に仕事が入り、見に来ることは出来ないのだが、そういうときは必ず秘書がビデオカメラを抱えてやってくる。その秘書が言うには、ちょっとした空き時間で見ているのだが、画面に向かって応援しているらしい。
「それはそうと、来月の創立記念パーティはの日は開けといてくれよ。」
「判っているよ。前の日の金曜日に母さんとそっちに行くから。」
念を押されて苦笑いする。四条家が経営している会社の創立記念パーティには毎年出席している。大人ばかりのパーティだが、高校生の自分は祖父母の付き添いのようなものだ。
その後、電話を替わった母親としばらく話をしてから恵輔は電話を切った。
明るい両親と話をして、一人きりの家がとても広く感じる。
恵輔は軽く頭を振ると一階の戸締まりをして自分の部屋に向かった。週が明ければすぐにテストが始まる。のんびりはしていられなかった。
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