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京都にての物語

晴明神社~式神~

作者: 不動 啓人

――彼女は僕を使役しえきする。


 教室の片隅で、僕は修学旅行のしおりを眺めていた。行き先は京都。2泊3日で、1日目と3日目は団体行動で、中日の2日目はグループ行動。グループは男女3、4名ずつが合流し、1つのグループを形成する。仲のいい友達同士。部活で縁のある人間同士。余ってしまったから仕方なく一緒のグループに収まった者同士。僕の周りでは、今まさにその交渉劇が繰り広げられている。求める人間と求められる人間、駆け引きは喜びを、恥ずかしさを押し隠し、青臭いまでの笑い声が教室を包んでいた。

 僕は一人、しおりを眺めている。周りの嬌声が気にならない訳ではない。それでも僕には縁遠く感じる。別に悲しみや寂しさは感じない。これが僕の日常だ。それは修学旅行という非日常を迎えたとしても変わらないだろう。

「新井、お前はどうするんだ。待ってないで自分から行かないと」

 エラの張った、蟹の甲羅のような顔をした担任が、僕の机の前に立ってアドバイスする。

「先生、僕は一人でいいんですけど」

「一人が気楽なのはわかるが、集団行動にも慣れておかないとこの先も苦労するぞ」

 この先も――担任の目には僕が苦労しているように見えているようだ。そんなことはない。これが僕だ。

 けれど、担任は僕の気持ちを理解しようとはせずに教師のエゴ、己の親切心を強要する。

「おい、男子が少ないところ、新井を入れてやってくれ」

 僕はそんなこと望んではいない。誰もそんなこと望んではいない。案の定、青臭かった笑い声が失笑を含んだ黒ずみを帯びる。悪意、とまではいかないまでも、明らかな拒絶のオーラが僕を隔絶する。

「先生、だから僕は――」

 一人がいい。

 なのに――

「先生、私のグループ男子三人ですよ」

 彼女の声が投げかけられた。途端に、

「なんでだよ!」

 猛反発する同じグループだろう男子の容赦のない声が響いた。

「いいじゃない。本当に少ないんだから」

「他だって少ないところあるじゃないかよ」

 僕はそちらを見るまいと思った。見てしまったら、まるでその言葉を待っていたように思われるのが嫌だった。僕は期待などしていない。懇願などしていない。

「新井君!」

 呼ばれて――僕は恐る恐る彼女を見てしまった。

「こっちに来て」

 悲しくも、僕は席を立ってしまった。


 彼女の名は草場奈津くさばなつ。黒髪を背まで伸ばし色白の、左右均等の大きな眼に鼻筋は整い、一番印象的なのは大きく開く口元で、眼を細め、白い歯を一杯に見せるように笑う彼女の笑顔は、例えるなら大輪の向日葵を思わせた。成績も良く、性格は明るく、友達想い。本人は身長が高いことがコンプレックスのようだが、それさえも周囲からは羨望の対象となっている。つまり彼女は出来のいい人間だ。

 それに比べて僕は、なんのとりえもない。学校でのあだ名は『もやし眼鏡』。略して『モヤメ』。そのまま過ぎて返す言葉がない。

 彼女は周囲の憧れの対象。僕は嘲笑の対象。


 修学旅行初日。僕は普段通りクラスメートの最後尾を一人で歩いて回った。

 2日目。朝食の後、グループ毎にそれぞれ宿舎を出る。

「お前さ、一人の方がいいだろ?だったら、別行動でもいいぞ」

 宿舎を出て早々、同じグループの野田が僕の肩を掴み、にやけ顔に声を掛けてきた。三宅と桑野も僕の両脇に並び取り囲む。そんな脅迫まがいのことをしなくても、僕は元からそのつもりだ。

「うん。わかった」

 僕はそれほど人に誉められるようなことを言っただろうか。そう思えるほどに三人は喜び、先を歩く彼女らの元に走った。

「モヤメは別行動がいいってさ」

 この男子の報告に、二人の女子、宮部と森下は手を叩いて笑った。彼女は――踵を返して僕の前に立つと、

「勝手は許さないからね」

 大きな眼に力を込め、桃色の唇を真一文字に引いた。有無を言わせない凛とした厳しさ。

 彼女は時として真剣に自己を主張する。そんな光景を今まで遠くから眺めてきたが、その切っ先が今は僕に向けられている。初めて僕は、彼女の真剣を胸元に突きつけられた。

 僕は――ただ圧倒された。

「ごめんなさい」

 反射的に口走った僕に、彼女は厳しい表情を残したままも、

「じゃあ、行こう」

 と先を歩いた。


 市バスでの移動中、彼女ら女子に聞こえないようにして、にやけ顔の野田らが僕に詰め寄る。

「お前、草場のこと好きなんだろ」

 僕が彼女に抱いている感情は『好き』という感情ではないように思える。僕も今まで女性を目の前にして鼓動が高まる経験をしてきたことはあるけれども、彼女に対してそのような生理現象に襲われたことはない。それはきっと僕の恋愛感情の範疇を超えたところに彼女が存在しているからだろうと思える。高嶺の花。それもとびっきりの。見上げる僕の心に宿るのは、きっと畏敬の念なのだろうと思う。


 その日、僕らのグループは北野天満宮きたのてんまんぐうから金閣寺きんかくじへ。そのまま西へ龍安寺りょうあんじ仁和寺にんなじを回り、妙心寺みょうしんじへ。そして最後に向かったのが、女子側が強く希望した晴明神社せいめいじんじゃだった。

 晴明神社。それは平安時代の陰陽師おんみょうじ安倍晴明あべのせいめいを祀る社。その敷地は晴明の邸宅跡とも伝わり、今も人々の篤い信仰を集めているようだ。

 陰陽師。彼らは陰陽道の知識と術を駆使し、未来を予知し、禍を祓うことを生業としていた者達。

 境内は堀川通に面して石造りの鳥居が立ち、その内側の敷地にミニチュアの一条戻り橋。西側に道を挟んだ敷地にもう一つ鳥居があり、その先に本殿を構える。本殿に向かって左側には安倍晴明の銅像が座し、右手には厄を祓うとされる桃のオブジェが置かれている。北野天満宮を回った後ということもあり、人気の神社として抱いていたイメージとは異なり、境内は決して広いものではなかった。

 僕らは本殿に手を合わせ、写真を撮り、社務所にて御守りなどを見て回った。特に晴明神社を希望していた彼女らは熱心に多種ある御守りを眺めては囁き合っていた。

 ようやく彼女らが決断し、御守りを購入し得た頃、既に晴明神社に飽きていた野田達三人は晴明神社沿いにある土産物を扱う店に入っていた。一人堀川通沿いの敷地にいた僕は、そのことを彼女に告げた。

「そろそろ行かないと、時間までにホテルに戻れないかも」

 と言って夕暮れ迫る中、彼女らは野田達を呼ぶ為に店に入っていった。

 数分。彼女らは店から出てくると傍らの宮部が、

「先に行くからね!」

 と店内の野田達に向かって大きく告げた。店内でどんなやり取りがあったのかはわからないが、困った表情の彼女の手を引いて宮部が先頭を切って戻ってきた。

 彼女が言う。

「やっぱり、もう一回呼んでこようよ」

 けれど、宮部の怒りは収まらないようだ。

「なっちゃんが言っても聞かないんだから、もういいよ。先に行っちゃおうよ」

 なっちゃんとは彼女のこと。彼女の真剣を突きつけられて平然としていられるとは、僕は正直野田達に感心する。

 どうしようかと困った彼女の視線と僕の視線が重なった。僕は嫌な予感がした。

「新井君、呼んできてくれる?」

 嗚呼、あなたはその言葉が意味することがわかっているだろうか。この僕が、彼らを注意したならば、その後にどのような仕打ちがまっているかを想像できないだろうか。僕は関わり合いたくない。関わり合いたくないんだ。けれど――

 彼女は僕を使役する。

「わかった」

 陰陽師は式神しきがみと呼ばれる見えざる者達を使役していたという。一条戻り橋のミニチュアの傍らには、その式神の姿とされる石像が置かれている。その姿は小さき身の、顔には深く皺の刻まれた醜き姿。彼らは陰陽師の力に屈し従っていたのであろうか。それとも――僕は薄暮に隠れんとする本殿前の晴明坐像に遠く目を向ける。現代に至るまで人気を集める安部晴明。彼はどのような人物だったのか。人としても、陰陽師としても、さぞや魅力的な人物だったのだろう。ならば式神達は彼の魅力に惹かれ、自らが望んで手先となり働いていたのではないだろうか。そんな風に思うのは、僕もまた醜き式神だからだろうか。

 僕は彼女が命じるままに、野田達の元に走るのだった。

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