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神の娘  作者: くま
シャーリー
7/12

私と魔獣

 ここ数日は、主従そろって鬱々としていました。

 私は憂鬱なまま彼を避けに避けていましたし。

 主さまも最近はずっと幸せそうだったのに、ここ数日どうも憂鬱な顔をしていらっしゃる。

「今日も寄らないで、よろしいのですね?」

「……いいわ」

 以前はあんなに楽しそうに王子の訓練場に通っていらっしゃったのに、今日も行かないと言われる。

 やはり何かあったのでしょう。

 そろそろお聞きしようかしら、と思っていると男たちに囲まれました。

「女二人に随分と大人数ですね。それに私は招待に応じるなどと返事をした覚えはありませんが」

「貴女ほど高貴な御方をお迎えするのですから、これくらいの人数は当然です――――招待に応じていただけない場合は……」

「……っ」

 気丈な主さまに対して、相手は余裕そのものです。

 頭目が手を一振りするだけで、男のうちの一人に私は囚われ、喉元に剣が突きつけられました。

 視線で抵抗しないよう、主さまに言い聞かせられ、

「……分かりました。シャーリーを離しなさい」

「ならば、」

「……ええ、あなたの主の元に参りましょう」

 主さまとともに男たちに囚われました。

 連れて行かれたのは、ミストラという公爵家の家紋が刻まれた屋敷でした。

 立派な屋敷に比べ、どうしてか庭園は荒れているのが気になりました。


「お前はこっちだ」


 腕を引っ張られ、主さまとは別の場所へと連れて行かれます。 

 馬車の中ではくれぐれも抵抗しないよう、主さまから言い聞かせられたので、仕方なく従いました。

 本当は主さまと片時も離れたくないのに。

 けれど私が抵抗することで主さまに何かあれば、とも思うのです。

 どこに連れて行かれるのか、と不安に思う中、どうやら来た道を戻されていることに途中で気づきました。

 ということは行き先は……あの荒れた庭園でした。

「精々逃げ回るんだな」

 どん、と突き飛ばされてよろめきます。

 男たちは、どれくらい持つかと下卑た嗤いを浮かべています。

 その意味が分からない私に、親切にも男の一人が教えてくれました。

「ここにはな、坊ちゃんの飼ってる魔獣が居るのさ」

「魔獣ですって……禁止されているはずじゃ、」

「あの頭が壊れた坊ちゃんには関係ないさ。その坊ちゃんのご命令だ。お前はここで魔獣の餌になれ、と」

「……っ」

 その言葉を最後に、彼らは屋敷の中へ戻りました。

 私が入れないように、鍵をかけて。

 何度か開けて、と扉を叩きましたが、これではこの庭に居るという魔獣に気づかれる、とはっと我に返りました。

 庭園を振り返り、まだ近くに何もいないことを確認し、私は駆け出しました。

 どこかへ出口があるかもしれない、と思いながら。

 途中、遠目ではありましたが、魔獣らしき生き物を見つけました。

 それは、一度見たことがある獅子よりも大きな身体をして、気味の悪い薄緑色を纏っていました。

「……っ」

 気づかれないよう、何度か足を止めながらそれでも必死に庭を駆け回りましたが、とうとう出口は見つけられませんでした。

 そして、代わりにあの魔獣の子どもらしき魔獣を見つけてしまいました。


「ひ……っ」


 子どもとは言っても、大型犬以上ある大きさです。

 恐ろしさに足を止め、魔獣と目が一瞬合いました。

 けれどあまりの怖さに思わず目を逸らすと、魔獣は咆哮を上げ、私に襲いかかってきました。

 恐怖のあまり尻餅をついたことで、その一撃は交わすことはできましたが、もう動くことはできません。 

「いやっ、来ないで!」 

 悲鳴を上げて、私に狙いを定める魔獣に首を振りました。

 心の中では、別れたばかりの主さまと――――彼の姿を思い浮かべ。

 ぎゅっと目を閉じたときでした。

 私の耳に、醜い嘆きの声が聞こえたのは。


「……メレディスさま?」


 恐々と目を開けてみると、そこには首と胴体が真っ二つになった魔獣と、剣を手にした彼の姿がありました。

 彼は、私の呼びかけに振り返り、安堵のため息をつきました。

「間に合ってよかった。怪我はありませんか、シャーリー」

「……え、ええ。あの、どうしてここに?」

「妃殿下とあなたが攫われたのを見た、という侍女が訓練場に駆け込んできたのですよ。初めは殿下も半信半疑でしたが、蓮の宮に戻っていないことを確認すると、急いでここまで馬で駆けてきたのです」

 確かに、あそこは人気がないとはいえ誰に目撃されてもおかしくはないかもしれない。 

 杜撰な計画で助かったのだわ、と私は思わず彼らに感謝をささげたくらいでした。

 それにしても彼は絶妙な間の良さでした。

 もしやどこかで見ていたのでは、と疑いたくもなりましたかまさか助けてくれた人を責めることもできません。

「しかし、ミストラ公爵家では以前から魔獣を飼っているとの噂があったのですが、本当だったとは……。高い塀と樹木で目隠しをし、それから異を唱える者は葬ってきたのでしょうね」

「……」

 いくつもあった人骨を思い出し、私は身震いをしました。

 もしも彼が遅れていたら、自分もああなる運命だったのですから。

 彼の手を借りて立ち上がると、その手はそのまま囲われてしまいました。


「あなたが無事でよかった」


 もう一度ささやかれると、抵抗する気もなくなりました。

 本当に安堵したように、大事なものを取り返したかのような態度に心が揺らぎます。

「あなたに何かあれば、私はもう耐えられない」

「……嘘ばかり。私のことなんて、」

「シャーリー。どうでも良いと思う人なら、助けになんて来ませんよ」

「………」

 吐息交じりに呟かれ、唇をとがらせてうつむきました。

 私だって、分かっています。

 彼がどれほど心配をして、駆けてきてくれたか。

 そうでなければ、この広い庭園で私を見つけるなど不可能に近いのですから。

「シャーリー?」

 分かっています――――もう、どう足掻いたって無駄なのでしょう。


「……助けにきてくれて、ありがとうございました」


 目の前の身体に手を伸ばし、抱きつきました。

 え、と慌てたような声を無視して、ぎゅうっと抱きつきます。

「もう、駄目だと思いました。もう、死んじゃうんだって」

「……シャーリー」

 背中に腕が回り、安心させるように撫でてくれます。

 その仕草にほっとして、息を吐きました。


「そうしたら、あなたの顔が浮かびました。あなたにもう一度会いたいって」


 顔を上げると、彼は信じられないものを見るかのような顔をしていました。

 シャーリー、と呟くと恐る恐る彼が私の頬を撫でて。

 それでも私が逃げないことを知ると、顔を寄せてきました。

 私も受け入れるつもりで目を閉じようとしました―――――けれど。


「クインティアさま……?」


 はっと我に返りました。

「シャーリー?」

「今、クインティアさまの声が聞こえたわ。間違いない」

「……妃殿下なら、殿下が助けられると思います」

 諦め悪く彼が呟きましたが、私は無視して駆け出していました。

 それはない、と嘆きながら彼が後を追ってきますが、もう構いません。

 なぜ忘れることができたのでしょう。

 とにかく無事を確かめねば、と走る私に三人の人影が見えました。

 尻餅をついているのが、恐らくは今回の首謀者でしょう。

 主さまの無事な姿が見えてほっとしましたが……なぜ王子と対峙するように向かい合っているのでしょうか。

 そして、


「大嫌い――――――――――っ!」


 大絶叫。

 ……状況がよく分かりませんが、周囲が固まる中、とりあえず私は主さまの元へ走り寄りました。

 途端に縋りつかれ、主さまは泣きながらもう嫌なの、帰りたいのとまるで子供のように駄々をこねました。

 それは別に良いのですが、主さまの背後に見える王子の視線の強さが尋常ではありません。

 もしも、もしも主さまの帰りたいのが『スコーピオウ』だった場合、命を奪われるのでは、と思うほどでした。

 息をのみながら、

「あの……蓮の宮に帰る、ということですね?」

 問いかけると、主さまは一瞬、本当に一瞬ですが、

「…そうよ」

 躊躇いの後、頷いてくれました。

 これで命の危機は脱したようなものです。

 分かりました、と頷くと縋りつく主さまの手を引いて、彼に馬車の手配をお願いして、庭園の外へと連れ出しました。

 しかし蓮の宮に帰った後も主さまのご機嫌は直らず、王子を拒否し始めました。

 事情は主さまから聞きましたが、あまり長く拒否すると問題にもなりかねません。

 そう気を揉んでいたのですが、二日後にはそれも杞憂だったと分かりました。

 王子と仲直りされて、寝台にぐったりされている主さまはどこか幸せそうで。

「仲直りができてよかったですね」

 と言ってしまったほどです。

 主さまはそんなことはない、と何か言っていましたが、相手にするまでもありません。

 それから程なくしてやめていた訓練場通いも再開し、主さまは本当に幸せそうです。

 たとえ、


「あなたは、私のものよ」


 主さまの執着、それが最早後戻りできないまでに強まっていたとしても。

 王子も幸せそうなので、それで良いのではないかと思うのです。

 もちろん、主さまを悲しませるようなことがあれば、絶対に許しませんけど。

 でも……これもきっと杞憂に終わるのでしょうが。



 その通り、幸せを得た主さまは程なくして第一子を身籠られ。

 まあ、その……何と言いましょうか私まで同じ時期に妊娠が発覚し。

 のらりくらりと時には蹴りを織り交ぜながら交わしていた、求婚にとうとう頷いたのは、私たちがリブラにやってきて季節が二巡りした頃のことでした。 



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