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神の娘  作者: くま
シャーリー
6/12

私と変態2

 主さまが嫁がれた王子は、現王にとって二番目の王妃の子に当たります。

 最初の王妃さまは、他国から嫁がれた方で、王女らしく気位の高い方だったようであまり評判のよくない方のようです。

 聡明な陛下は決して彼女のことを悪く言ったり不仲だったとも口にせず、王妃との間にできた第一王子を大事にされています。

 最初の王妃が亡くなったのは、第一王子が五歳の頃、死因は病死だったようです。

 それから二年後に陛下は、貴族の中から一人の女性を王妃として選びました。

 これが第二王子、第一王女の生母となられる現王妃陛下です。

 穏やかで控えめな彼女は、王太子となった第一王子の養育にも携わり、第二王子を産んだ後も王太子を差し置いて息子を、という考えを全く持たなかったそうです。

 そのため王太子も王妃を母と慕い、異母弟妹たちを大切にしているとか。

 弟王子がアルフェッカに所属すると決まったときも、王太子は誰よりも反対したそうです。

 そのような危ない隊に入る必要などない、命を落としたらどうする、と。

 これって……主さま、神殿に就職したの意味ないんじゃ。

 何せ王子が職を失ったときに、自分が養って差し上げるのだと燃えに燃えて神殿に勤めるようになられたのです。

 王太子と王子がこれほど仲が良いのならば、将来絶対に安泰ですよね。

 思わず、


「なぜもっとそれを早くに言わなかったのですか!」


 と情報を提供してくれた変態に八つ当たりで足蹴にして。

 でもこれも変態を喜ばせたのも言うまでもありませんね。

 そうそう、あの変態には一月経っても付きまとわれていますよ。

 初めは殴るたびに公爵家の二男にやばいかもしれない、と思いましたが一月も経てば慣れたものです。

 というかここ最近、自分が乱暴になってきたようで困っています。

 私の性格を変えるなんて、恐るべし変態。  

 ……でも、一度だけ、


「いい加減にしてくれませんか? 私はあなたとお付き合いする気などさらさらありません。そもそも私はあなたと付き合えるような身分でもありませんし」


 きっぱりと言ったことがあるのです。

 そのときの彼は、それまでのだらしない笑顔を引っ込めて、真顔で首を振ったのです。

「身分など関係ありません。私はあなただから、付き合いたいと思っているのです」

「……身分など関係ない、ですか。それを言えるのは本当に身分ある、恵まれた方のみでしょうね。身分卑しい私には、」

「―――――シャーリー。己を貶めるのはやめなさい。それはあなただけではなく、あなたが仕える妃殿下をも貶めることになるのですよ」

「……っ」

 静かにたしなまれ、私は恥ずかしくなりました。

 言葉を失い、顔を赤くする私に彼はため息をつきました。

「どう言えば、あなたに伝わるのでしょうか」

「……あなたの想いなど、私には伝わりませんよ」

「なぜですか」

「なぜって………だって、あなたはただ私があなたを罵るから、殴ったりするから好きだと言うのでしょう? それは言い換えれば、自分を罵ってくれたり殴ってくれる人なら誰でも、」

 いいと言うことなんでしょう、と言いかけて私はやめました。

 だってこれではまるで、『誰でもいい』そんな理由ではなく、『私自身を見て欲しい』と言っているみたいです。

 この人相手にそんなことを思うはずがない、と私は、混乱して相手から背を向けようとして、腕を掴まれました。

 ぐいっと引っ張られ、飛び込んだのは相手の腕の中。

 近づく距離に、私はかっと赤くなりました。

「離して!」

「――――シャーリー。私は、あなたに罵られるのは、とても好きですよ。それはね、あなたの怒った顔を見るのが好きだからです」

「………」

 やっぱり、何でこの人こんなに変態なの。

 容姿は極上なのに、中身がどうしてこんななのと思わず遠い目をしてしまいましたよ。


「ねえシャーリー、知っていますか。笑顔って人間にしか浮かべることができないんですよ。動物や魔獣には笑顔を浮かべることができない」

「……それが?」

「それから人間って嘘を吐く生き物です。けれど動物や魔獣は嘘を吐かない」

「……」

「だから私は時々思うのですよ――――人間は嘘を吐くために、笑顔を覚えたんじゃないかって」


 いつもの彼の戯言だと、そう思います。

 いつものくだらないことを言っている、と。 

 けれどどうしてかこのときは、笑い飛ばすことも蹴飛ばすこともできなかったのです。

 黙り込む私の頬を彼は、指でなぞりました。


「だから私は、人の怒った顔が好きなのです。その人の『本当』が見える気がして」


 頬を撫でられても私は動くことができませんでした。

 青い瞳があまりにも真剣だったからでしょうか。 

「あなたが私を最初に罵ったとき、その顔に浮かんでいたのは『嫌悪』でしたね」

「………」

「罵られることは苦しいと思うのに、同時に喜びも湧き起ったのです。もし、あなたが嫌悪から私に『本当の好意』を抱いたとき、どんな表情を浮かべてくれるのだろうか、と想像して」

 息を、のみました。

 彼は最初から気づいていたのです。

 私が偽物の好意を張り付けて近づいたことに。

 羞恥と屈辱に唇を震わせる私に、彼は囁きます。


「あなたが好きですよ、シャーリー。誰よりも何よりも、ね」


 ……それは、何と甘美な毒でしょうか。

 幼い頃に諦めた、唯一。

 この人はそれを与えてくれると言うのですから。

 けれど、だけど……。


「……私は、あなたのことなど、嫌いです」


 唇は、気が付けばそう紡いでいました。

 目の前の瞳に悲しそうな色が宿るのが見えて―――――手を振り払い、逃げ出していました。

 この前のように蓮の宮まで逃げ帰って、それでやっと安心するのです。 

 ―――――私の居場所は、ここだけです。

 主さまの傍だけ、と言い聞かせて。

 だってきっと……裏切られるの。

 また捨てられて、要らないって言われるのよ。

 きっと一時のことだから。

 そう言い聞かせなければ、そうしなければ、いずれは彼の手を取ってしまいそうな気がするの……。 

 それが、私は怖い。





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