4話
「アリア、あなたすごくもったいない事したわね。」
ランはお菓子を食べる手を休めずに私に言った。
「どうしてよ?ルイリエン・インブレンバートほど、厄介な奴はいないじゃない。」
「アリア、そんなこと他で言っちゃだめよ。この国での平穏な生活をなくすことになるわよ。」
「そんな、大袈裟な。」
ちょっと考えた後に、ランの言葉を否定して私はけらけらと笑った。
ランはさらにクッキーを口に運びながら私に視線を向けて、しばらく私を見ると小さくため息をつく。
「だいたいインブレンバート家の長男から求婚されて、それを面倒事に分類して、お断りするなんて、きっとアリアくらいよ。」
「そうかな?私には面倒事としか思えなかった。」
ランはクッキーをまた口に運ぶ。
私はゆっくり紅茶を飲む。
「ルイリエン・インブレンバート・Sって言ったら、侍女の中でも有名よ?あの中性的な整った顔立ちに、インブレンバート家の跡取りで若くして実力を認められて第1武の責任官。これ以上の好条件ないでしょ。」
ランがさっき食べたクッキーを横取りして口に運ぶ。
クッキーの控えめな甘さが口の中に広がる。
ランは私の幼なじみで、親友。
今はこの城で侍女見習いをしている。
今いるのはランの部屋で、狭いのだが日当たりがすごくいいから晴れた日はよくお茶をする。
強い風が部屋に入り込む。
ランは立ち上がると、窓を閉めようとする。
私はランの背中を見ながら、クッキーをもう一つ口に運ぶ。
「見て、アリア。あの人だかり。」
ランは外を見たまま、後ろにいる私に声をかける。
立ち上がって、ランに近づきランと同じように窓の外を眺める。
「…何かあったのかな?」
私は目を凝らして人だかりの中心を見た。
本人たちはたぶんうまく隠れていると思っているのだろうか?いや、彼女たちはきっと彼を見ているということが本人にばれてもいいのだ。
一応隠れているが、完全には隠れきれていない複数の女性たち。
そしてその女性たちの視線の先にいるのは目が覚めるような美女と、変な男であると認識している男であった。
「噂のルイリエン第1武責任官様。横にいるのが副官のサラリラ・サラサ様。隠れてこそこそしてるのが、ルイリエン第1武責任官のおっかけ。」
「おっかけ?」
「そう。第1武責任官様はおもてになるから。」
私は「ふぅん」と頷き、ランの次の言葉を待った。
「どこにでもいるようなアリアのどこがいいのかしら。」
ランは失礼なことをサラっと言った。
だけど私も同じようなことを自分でも思っていたから、何の言葉も返さなかった。
私は女性たちの視線の中心にいる男を観察する。
気のせいだろうか、人だかりの中心にいる男、ルイリエンは先ほど近くでみた彼とは纏う雰囲気が違うような気がした。
先ほどはなんというか、能天気で話が通じない金持ちの坊ちゃんかと思っていたが、中庭にいるルイリエンは不機嫌そうというか、冷たいというか。表情があまり顔に出ていなかったような気がする。
彼、もしかして
「…機嫌悪いのかな?」
私は小さく呟いた。
私の呟きを聞いたランは不思議そうに、でも何か含みがあるように
「ルイリエン様はだいたいいつもあんなもんでしょ。」
と呟くと、私を探るように見つめてきた。
「…いつも?」
「ええ、いつも。冷たい印象がまたいいんだって侍女見習いの友達が言ってた。」
「冷たい…。」
さっきはそんな風には感じなかった。
先ほどの彼と、今の彼はどうしてこんなに雰囲気が違うんだろうと思った。