◆1◆出会い
ぜひ読んでってください!!
「あいつ、かわいくね?」
男子たちの、あたしへの視線。
そして、その男子たちを嫌な目で見つめるあたしを除く女子たち。
1−B組。新学期。
入りたての新しい教室は、まだ馴染みのない変な匂いがする。
固い教科書達。山積みのプリント。
しわひとつない制服に履き慣れない上履き。何もかもがキラキラして見える。
あたしは、20××年4月にこの日下高校へ入学した。
あたしは、最初からこの高校に来たかったわけじゃない。こんな学校、あたしには絶対合わないはずなんだけど。
自分に自信がない。
自分にとってレベルの高いことに挑戦するのが、なによりあたしにとっての苦痛だ。
教室。あたしへの視線が痛い。
人と関わるのが苦手なあたしには、しつこい視線なんて最高にストレスだ。
さらにあたしに対しての悪口やつぶやき。
逃げたいけれど、逃げれない。
出来るなら、机の中へ入ってしまいたい。
あたしは、つぶやき達から完全にバリアをし、本を読み続けた。
――『数学検定完全解説本』
あたしには、勉強しかないんだ。
今回の高校のことで、母が脱落してしまった。
―あんなに努力し続けたのに
―あなたなら出来たのに
でももう仕方ないんだ。
あたしは本のページをめくりながら、ノートを執る。
ペンをにぎりすぎてぺんだこができた。
痛かった。でももう慣れた。
ふいに目の前が影で埋め尽くされた。
反射的に、顔を上げた。
「――っ!」
声にならぬ声で叫んでしまった。
その影の正体はひとりの男だった。
「工藤…玲奈さん…だよね?」
男は、木崎翔というクラスメイトだった。
まだ話したことも名前もうろ覚えだったが、急に話しかけられた驚きを抑えながら、微かにうなずく。
すると、木崎は無邪気に笑った。
「やっぱり。木坂中だったでしょ。噂、聞いたことある。可愛いってさ」
木崎はあたしの机の前に座ると、机に腕を乗せながら顔をじろじろ見てくる。
なにしてるの?関わりたくない。
あたしは木崎を睨みつけた。
木崎は少し困った顔をしたが、まだすぐ笑顔に変わった。
「あんまり睨まないでよ。怖いからさ」
だからチャラい人は嫌なの。気軽に話しかけてくるし、めんどうだし。
でもなんで?
木崎っていうヤツから目が離せない。
その無邪気な笑顔が、白く輝く歯が、いっそうこいつを引き立たせてる。
他のチャラ男とは、どこか違うように感じたのはあたしだけなの…?
でも所詮コイツもあたしをからかって遊んでるのよ。放っておくべき。
木崎は本を見つめるあたしを不思議な顔で見ていたが、突然本を取り上げられた。
木崎があたしの本を宙ぶらりんに持ちながら立ち上がった。あたしは微動だにせず立ち上がった木崎を座ったまま睨んだ。
「なにすんのよ」
あたしが冷たく言ったにも関わらず、木崎が笑顔を見せる。
「入学早々、本なんか読むなって。楽しくないじゃんか。」
楽しい?新しい学校生活のどこが楽しいっていうの?女子は女子同士、変にヘコヘコばっかしてお世辞とか偽りの顔を見せているみたいだけど。
あたしは睨みづつけた。
でも、まだ木崎はニヤニヤしながら本を宙ぶらりんに持っている。
これじゃ話しにならないか、らあたしは本を取り返そうと立ち上がって、背の高い木崎が持っている本に手をのばした。
でも、あたしは空気をつかんだだけだった。「取れるもんなら取ってみろってんだ」
木崎は目を細くして、白い歯を出している。そんな顔が余計に憎たらしくなった。
「ちょ、返してっ」
木崎は、軽々とあたしから本をよけて、逃げている。
あたしが何度も手を伸ばしても、本は逃げるばかりだった。
木崎は、あたしが手を伸ばして追いかけてくるのを楽しんでいるみたいだ。
「かっ、返して!」
まわりのみんながいっせいにこっちを見た。男子はニヤニヤ笑ってたり、ケラケラ笑ってるし、女子は獣のような目つきでこっちを睨んでくる。
…あたし何やってんの?
もう、こんな恥ずかしいこと、嫌!
もう追いかけるなんて、やめた!こんなの普通のかわいこぶってる女じゃん!
それか。あたしからかわれてんの?
あたしが地味だから、何も言わないから?
まわりの視線を浴びながら、あたしは立ち尽くしてしまった。なんだか自分が、すっごく間抜けみたいに感じて。
木崎は笑顔のまま動きを止めた。立ち尽くして複雑な表情をしているあたしを見て、笑顔を無くしてしまった。
さすがにやばかったかな?なんて思ってるの?
それからは、ケラケラ笑う男子も、睨みつけてくる女子も、静まり返ってみんなあたしに注目。
嫌、嫌!ここから逃げ出したい。もういなくなりたい!
ねぇ、みんな何を考えてるの!?
あたしがノリの悪いことした、なんて思ってる?
「返してくれないなら、いい。」
あたしは木崎を睨みながら一言言うと、走って教室を出た。
出たあと、教室は振り返らなかった。木崎がどんな反応してるのか、クラスのみんなが何を話してるのか、見たくなかった。あたしの頭の中には恥ずかしいことしかなかった。
でも、"可愛らしい恥ずかしい"じゃなくて、"情けない恥ずかしい"なの。
顔が火照っているのがわかった。
入学早々、変人決定じゃない。
……―――
天気の良い春。春の暖かくて優しい風があたしの頬にぶつかる。
屋上――
誰から見られることもないし、来る人もいない。ここがあたしの唯一の居場所なのかな。静かな学校。HRを行っているのであろう。
学校のまわりに立ち並ぶ住宅街から、子供の声や車の走る音が微かに聞こえてくる。
かなり向こうにたくさんのビル。高いものから低いものまである。
さっきのことがあってから、クラスの人には会っていない。合わせる顔もないし。
どうしてあたしはこんな人間なんだろう…?辛くなるのは自分なのに自分を責める。
こんなに心が弱い人は、みんなの前にいる資格なんてない。
あたしを認めてくれる人間なんていない。
でももう慣れた。人と関わらないこと。
…さっきのはハプニングだけど。
あたしはついつい屋上のど真ん中に寝転がった。
気づいたときには、もう昼の12時を過ぎていた。屋上に仰向けになって寝転がってそのままうとうとしてたみたいだ。
しかし空気の温度は変わりなくぽかぽか暖かかった。春の香りがあたしを心地よくしてくれる。
相変わらず周りは物音ひとつ無かった。
さっきまで聞こえていた住宅街の車や人々の声も今はもう聞こえていない。
あたしの耳に伝わるのは自分の心臓の音と暖かい春の風の音。
――なんて幸せなんだろう。
あたしの脳内はほかほかしてて幸せな気分だった。
屋上の固い地面が、雲の上のような気がした。
自然ってほんとにすごい。こんなにも人を幸せにしてくれる…
ほんとに素晴らしい!この時間が一生続けばいいのに…
静かに目を閉じ、大きく深呼吸をする。身体がすっきりする。
あたしは神聖な気持ちで溢れかえっていた。しかしその瞬間、その時間は消え去っていった。
――バタン!
思わず目を見開く。
「っ!?」
あたしは反射的にドアのほうを見たけど、それを見ると心がいっきに冷めた。
「あっ、いた!」
よけいな奴が来た。
木崎翔。あたしに恥をかかせた奴!
「探したんだよ。ずっと教室帰ってこないし…」
木崎は不安なのか嬉しいのかわからないような複雑な表情を浮かべながら、あたしを見つめた。
「別に探されても困る。」
あたしはツンとしながら目を伏せた。
せっかく幸せな気分だったのに。あたしを探してた木崎のせいで取り消されたんだよ?
「お前…さっきすっげー怒ってたからさ。俺のせいで…。だから、謝りたくてさ。」
あたしが怒ってた…?
あたしが顔を上げて木崎を見ると、木崎は頭をかきながらぎこちない笑顔を見せた。
ううん、あたしは怒ってたわけじゃない。ただ惨め臭かっただけ。
「ほんとに…さっきはごめん!」
爽やかで明るい笑顔。こんなんじゃ、モテるのは当たり前だと思う。
あたしはそのままうつむいた。見つめられてる気がして、恥ずかしかったから。
木崎は手を顔の前で合わせたまま、動かなかった。あたしの反応を待っているのだ。
あたしはゆっくり顔を上げた。
木崎が不安そうな顔をしてあたしを見つめている。
「…うん」
この返事はあたしにとっての"大丈夫だよ"。長い言葉を言いたくない。
いち早くこの状況から逃れたくて、あたしは回れ右をして屋上を囲うフェンスに手をかけ、景色を見つめた。
それに応えるように。
――キーンコーンカーンコーン…
学校の授業が終わる合図だ。
しばらくすると、学校から次々と1年の生徒たちが出てくる。
集団で固まり歩いてくる女子達や、何が嬉しいのかじゃれあい走り回る男子たちまで。 あたしはただそれをボーっと見つめた。
静まり返った屋上。
木崎はもう帰ったようだ。いつの間に?
――あたしは単なる1つの人間。
誰かに必要とされるわけでもなく、こんにちはもさよならも言われない、ただ立ち尽くす人間なんだ――
これからの学校生活が不安。でもあたしには自分を変える力なんて当たり前に無かった。不安な気持ちを胸に抱えたまま、そろそろ帰ろうかと後ろを振り向いた。
次に目に入った光景に、あたしは呼吸が一瞬止まった。
「あ…。」
ついつい口から出てしまった声に反応するように、目の前に立つ木崎が笑った。
「なにぼーっとしてんだよ。大丈夫か?また明日学校で。じゃあな!」
そう言い残すと、手を振りながら屋上から出て行った。
鼓動が大きく揺れている。
帰ったんじゃ…なかったの?
静まり返ったと思ってたあたしの背後に、ずっと木崎がいたらしい。
驚きと恥ずかしさで、あたしはその場から動けないでいた。
あたしに…じゃあなって言ってくれた?
初めて言われたさよなら。
それにあんな優しい笑顔で。
さっきまで考えていたことが、嘘のように感じた。
あたしは…単なる1つの人間じゃないのかな。
帰り道。ついつい動いてしまう足がスキップを作り出していた。
――木崎翔。
あたしは木崎になにかを感じていた。
惹かれてるのかな。
顔を火照らせながら、暖かい風を受け自宅へ向け進み続けた。
――あたしの心は、嬉しさで溢れかえっていた。
評価お願いしまーすm(_ _)m