廻りゆく季節の中で
しばらく説明文が続きます。
「今までありがとうございました」
「・・・・ラミア」
「それでは失礼致します」
私が顔を上げると目の前の男は顔を歪ませ、怒っているような・・・いや、この顔の時はとても辛い時だ。
私も辛くて悲しいけれどこれが最後の別れになるなら、悲しい顔よりも笑った顔を覚えていてほしくて、無理にでも笑った。
凄く滑稽な顔かもしれないけど、それでも私は笑った。
別れの挨拶は短く、そして私は慣れ親しんだ部屋を出て、ひっそりと16歳から住んでいた王城を出た。
私の愛しい人。今も愛してる気持ちはあの頃と変わりはありません。
けれど、今日でお別れです。今まで本当にありがとうございました。
少しは王妃として妻としてあなたの役に立てたでしょうか・・・色々あったけれど傍にいれて幸せでした。
馬車に乗る前に王城をもう1度振り返り、深くお辞儀をする。
どこかでシュリ・・・いいえ、陛下が見ているような気がして無意識にしていた。
中々馬車に乗らない私に焦ったのか女官が目で合図をしてくる。
気づかれないように溜息を付きながら、私はそっと馬車に乗る。
すると待ってましたとばかりに馬車は動き出し、無情にも城からどんどん離れて行った。
私は城を見ることなく、ただひたすら前を見ていた。
無意識に扇が悲鳴を上げそうなくらい、握りしめていることにも気づかずに。
別れは、20歳の冬だった。
********
今にして思えば・・・自分の人生で一番幸せだったのは、結婚した16歳から18歳の始め頃だった。
私の実家はそれなりに血筋も良い由緒ある家系だったけれど、王妃になるほど強くはなく陛下とは本来縁があるはずなかった。
それが神様の悪戯か分からないけれど、陛下がまだ殿下だった頃にお忍びで来られたパーティに私がいて見染められた。
そのパーティは私の社交界デビューでもあり、私にとっては大変重要なものだった。
初めての事に翻弄されてばかりで、正直優雅さにはほど遠かっただろう私のどこが良かったのか未だに分からない。
けれどあっという間に外堀から埋められ、やっと気がついた時には両親から殿下を紹介されていた。
「私の婚約者殿」だと。
それから目まぐるしく日常は変わり、殿下の婚約者と公に発表されてから私を見る周りの目が変わった。
ある人は媚を売るように近づいてきて、またある人は見下すように見てくる。
周りの目が怖くてビクビクしていると、それはそれで情けないと評価される。
自分から望んでこの立場になった訳ではないのに、と理不尽な思いばかりした。
次世代を担う者としてその頃20歳の殿下は、少しずつ大きな公務を任されていた。
その忙しい合間に会いに来てくれているとは分かっても、最初は頑なに拒んだ。
会っても義務的な返事ばかりする私に早々に飽きるのではないか、という打算もあった。
けれど何故かそれでもめげずに会いに来てくれ、可笑しな人と思うようになり――――――いつの間にか好きになっていた。
この人となら生きていけると思い始めてから、私は驚くほど変わった。
以前の私はどちらかというと内気でビクビクしてばかりだったけれど、それでは殿下妃としてはやっていけない。
だから人前ではハキハキと話すようになり明るく振る舞う。
勿論元からの性格はなかなか治るものではなかったから、あくまで人前でだけだけど。
生まれた頃より礼儀作法面は叩きこまれていたのでそちらの面は改めて覚える必要はなく、その分政治・経済面など殿下妃として必要なことを覚えた。
私の成長に一番喜んでくれたのも殿下で、一番悲しそうにしていたのも殿下だった。
私を変えてしまった・・・と顔を歪ませてた殿下に私はやっと気持ちを伝えることができた。
「愛してますから辛くないです」と。
それを聞いた殿下は目を大きく見開いて、花が綻ぶようにとても嬉しそうに笑ってくれた。
男の人には失礼だけど、笑顔が綺麗だと思ったのは内緒だ。
初めて殿下と会ってから約1年後、16歳の春に私は殿下と結婚した。
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結婚してからの1年は本当にあっという間だった。
やはり机の上で学んだものと現実は違った。
実際起こることに的確に対応する難しさを感じ、戸惑う私を余所に目まぐるしく日々は過ぎていく。
それでも私には殿下―――――シュリがいた。1人で落ち込んでいる時もそっと後ろから抱きしめてくれて、言葉はなくてもただそれだけで良かった。
家臣の前では出来るだけ威厳ある態度を取ろうとしていたけど、それは元々私の性格には合わなかった。
自分なりに日々奮闘し、私なりの理想とする殿下妃を目指した。
そのおかげか最初の頃よりも格段に味方が増え、ますます王城生活が楽しくなっていく。
陛下も王妃様も私に優しく、特に王妃様は私のことを娘のように可愛がって下さり、本当に嬉しかった。
2年目には上手に息を抜くタイミングも覚え、周囲を心配させることも少なくなっていた。
17歳の頃は王城内だけでなく、外に出ることも増えシュリと一緒に公務が出来る喜びも覚えた。
実際実家にいた頃は、城下町に行くことはおろか15歳の社交デビューまでほとんど家の中にいた私には外での様子をこの目で見れることが嬉しく、あまりに過剰反応するのでシュリにも呆れられてしまったぐらいだ。
勿論公務中はしっかり対応したので、そこは勘違いしないで欲しい。休憩中や馬車で移動中の話である。
あまりにも私が喜ぶので、お忍びで城下町に1回連れて行ってくれたことは誰にも秘密で――――――私の大切な思い出の1つである。
この時買ってもらった青い小さな石の付いた指輪は私の宝物だ。
幸せな17歳の夏のことだった。
********
陰りが見え始めたのはいつからだろうか?そう思う度に思い出すのは、あの頃だ。
充実した日々を送り2年が経ち、シュリが22歳私が18歳の頃だった。
以前から言われていたのだが、私にはなかなか子どもが出来なかった。
それでも神からの授かりものだから―――――とシュリを始め陛下も王妃様も私を責めることはなく、実際王妃様もシュリしか生めずそれも妊娠するまで4年かかったらしいので、だからこそ焦らなくて良いと言われ、私は本当に安心したのを覚えている。
陛下と同じく側室を持たないシュリの子を産むのは私しかいなかったから、周りが過剰反応するのも分かった。
けれど、陛下からのお達しで無理なことをしたら余計に殿下妃に負担がかかる、と言ってくれてから大分周りも落ち着いてきたのに―――――――ある日突然悲劇はやってきた。
陛下が突然亡くなられたのだ。国内を巡遊中に・・・・落馬が原因らしいと連絡がきた。
けれど、馬術にも長けていた陛下が落馬なんて最初は信じることができず、王妃様直々に命を下し事故の原因を探した。
それなのに出た答えは無情にも最初と同じで―――――――やはり落馬が原因だった。
事故当日は天候も悪く、足場も非常に悪かったらしい。
それなのにどうして陛下が馬に乗っていたかというと、巡遊中にある村で非常事態が起こり、偶々近くにいた陛下が向かっている道中に事故が起きたと報告書があがった。
突然の訃報に民は嘆き、陛下を心から愛していた王妃様の悲しみは深かった。
あれだけ明るかった方が無表情で窓の外をただ眺めている姿を見るのは、こちらも非常に辛かった。
義理の娘であるのに何も出来ず、シュリが陛下となり新しい体制を整えるための準備に追われ、私もシュリも王妃様に付いてあげることが出来なかった。
実の父親が亡くなってもシュリは私の前でさえ泣くことはなかった。国を担う者として余計泣けなかったのだろう。
私の前でぐらい泣いて良いのに・・・そんなシュリの姿を見るのもまた辛いかった。
陛下の葬式後少し経った頃だが、何故かぽっかり時間が空いた。
今思えば時間が空いたのなら王妃様に付いてあげれば良かったのだが、私自身も疲れていたのか寝室で暫く1人ボーっとしていた。
ボーっとしながらも、思い出すのは亡き陛下のことだった。
私よりも断然多忙な方だったので、会える時間も話す機会もそう多くはなかったが、私のことを優しく時に厳しく接して下さりとても素敵な方だった。
もっと色々お話をしたかった。もっと教えて頂きたいこともたくさんあった。もっと・・・と考えれば考えるほど辛くなる。
自分で機会を作れば幾らでも会えたり話すことは出来た筈なのに、そうしなかった。
後悔ばかりが募り、涙で視界が見えなくなる。
シュリが泣かないのに私が泣くわけにはいかないとずっと我慢していたが、思わず零れ落ちた涙は次から次へと溢れだし、止めることが出来なかった。
そんな時突然後ろから誰かに突然抱きしめられた。
急なことで驚いたがすぐにシュリだと分かり、後ろから時折漏れる嗚咽に泣いてることが分かって・・・僅かに震えるシュリの手を握り締め一緒に泣いた。
私でさえこんなに辛く悲しいのに、息子であるシュリの気持ちはどれほど辛いのだろうか?
けれど、今まで泣かなかったシュリがやっと私の前で泣いてくれる。この事実は嬉しいものであった。
2人で泣くために急に時間が空いたのだと思った。
言葉を交わさなくてもこの時ほど心が通じたと感じたことはない。
漸く新体制も整い落ち着いてきた頃、王妃様が療養のため別荘に行くことになった。
止めることも出来たが、陛下と思い出の残る王城にいるのも辛いだろうし、2人で見送ることになった。
遠ざかる馬車を見つめ・・・また再び会えることを願った。
王妃様が王城から出て数週間が経った頃、沈静化していた子どもの問題が再浮上した。
今までシュリが殿下という立場だったのと、陛下や王妃様がいたおかげで何とか免れていたが、今回ばかりはもう避けられなかった。
シュリは国を背負う陛下となり、血筋を絶やさないためにも子どもは必要不可欠だ。
シュリも時期尚早だと言ったり、私を擁護する人も何人かいたようだが・・・・・とうとう側室をとることになった。
相手は私よりも身分の高く、私よりも年若い公爵令嬢だった。
側室――――――公爵令嬢ジェシカ様との初夜。
シュリのいない寝室に1人いることに耐えられなかった私は肌寒い夜だというのに、外に出て庭を一晩中眺めていた。
明け方ウトウトしているとそっと抱きしめられたのに気づき、目を開けるとシュリがいた。
初夜なのに朝までいなくて良いのか、という私の問いに一言シュリは言った。
「義務は果たした。もう2度と行かない」と。
喜んではいけないのに私の心は歓喜に震え、泣きながらシュリに口づけをした。
愛してる。私があなたの子を産むから・・・だからジェシカ様の元に行かないで!と心からそう思った。
側室を娶った時からシュリは私だけの夫ではないのに、そう思ってしまったのだ。
言葉にせずともシュリにも伝わったのだろう。より一層私を抱きしめる力が強くなり、少し痛かったがその痛みがまた嬉しいものであった。
それから本当に言葉の通り、シュリはジェシカ様の元へは行かなかった。
そのことを本来なら咎めるべきなのに、私は夜毎いつものように来てくれるシュリを出迎えた。
そんな私を神様は許さず―――――――2ヶ月後ジェシカ様は懐妊した。
たった1回の行為で授かったというのだ。
その事実を私がどうして受け止められるのだろう。
懐妊したと聞いた日、私はどう過ごしたか覚えていない。
気がついた時は夜になっており、寝室で私を抱きしめるシュリに気づいて、とうとう私は言ってしまったのだ。
「子どもが出来なくて・・・・ごめんなさい」
そんなことを言ったらシュリも辛いのに、私は自分の弱さで言ってしまった。
その言葉を聞いてもシュリは何も言わず、ただ抱きしめる腕の力だけが強くなった。
その腕の中にいつまでも感じたいと強く思ったのに、それすらも許されないと予感がしたのはこの時だ。
それから城内にジェシカ様の懐妊のことが知らされ、皆喜び大騒ぎになり私の立場はどんどんなくなっていた。
シュリの公務での手助けは私がしているのに、王妃として頑張っているのに・・・ただ子どもが出来ないということだけで私を見る目が変わっていく。
もちろん私のことを擁護してくれる人もいるが、辛い日々が続いた。
ある日私はシュリにも内緒で、表向きは実家の用事として数年ぶりに実家に帰った。
本当の目的は医者に検査してもらい、子どもが出来ない原因を解明するためだった。
ジェシカ様に子どもが出来たというなら、子どもができない原因は私にあることはもう分かっていた。
怖くて今まで逃げていたが・・・やはりこのままではいけないと思い、検査することを決意した。
側室に子どもが出来て王妃に出来ないのは、この国では許されないのだ。
恐怖に震え、引き返そうとする足をなんとか奮い立たせ、私は医者の元へ行った。
私が部屋に入るとすでに医者がいて、人好きのする顔でニッコリと出迎えてくれた。
高齢の男性でどこか亡くなった祖父に似ていて親しみが持てた。
頼みます、と一言声をかけ検査が始まり、淡々と時間が過ぎていった。
結果が出たのは次の日の夕方だった。
私は子どもが出来にくい身体で―――――――懐妊する確率も低いと説明された。
結果を聞きながらやはりそうなのか、と自嘲する。
医者が何か言ってくれている気がしたが、その時の私はそれ以上聞くことが出来なかった。
その晩自室でベッドに横になっても眠れないので、椅子に座り窓から星を眺めていた。
子どもが出来ない、または確率が低いことが分かったら、決めていたことがあった。
このことを自分の口から言いたくはないが、自分が言わなければいけないことで・・・・・それが王妃としての最後の責任だ。
そう決心した時、部屋に誰かが入ってきた。
夜に幾ら実家であっても、王妃である部屋に私の許可なく入れる人は――――――シュリしかいない。
どうしてこの人は私が辛い時、いつも来てくれるのだろうか。
溢れそうになる涙を抑えながら、椅子からおりてシュリに駆け寄る。
伸ばした手を取り抱きしめてくれるこの腕も、シュリの何もかもがすべて愛おしい。
この腕を放したくないのに、放さなくてはいけないのだ。
私が身分の柵もないただの女で、シュリもただの男なら良かったのに・・・けれどそれだと出会えたのだろうか。
そんな馬鹿なことばかり考える私を叱って欲しい。けれど今だけはただ何も聞かず、抱きしめて欲しい。
苦しいほど抱きしめてくれるシュリに心の中で何度も愛してる、と叫んだ。
2人でベッドに移動し、抱き合う。
この日ほど朝が来ることを拒んだ日はなかった。
悲しい事実が分かり、決意を固めた18歳の秋だった。
********
翌朝からシュリと話し合いをしたが、何も解決しないまま月日は流れた。
医者からの結果を見せ、子どもが出来にくい身体であると話をした。
私は王妃として相応しくないので離縁して欲しい、との願いにシュリは即座に却下した。
確率は低いが、絶対ではないのだから諦めない―――――――そう言われた。
どうしてそう言うのか私には分からない。いや分かろうとしなかった。
あの祖父に似た親しみやすい医者にまで、絶対子どもは無理だと何故言ってくれなかったのか、と恨んでしまった。
そうであったら、僅かな望みを持たずにいれたのに・・・と。
ある時シュリから提案をされた。
「母上も懐妊するまで4年かかったのだから、あと1年と少し時間がある。それまで待って欲しい。もしそれでも出来ないのであれば・・・・・離縁しよう」
そう言われた時、私は悲しくなった。
今すぐ離縁が出来ない事実とシュリの口から離縁という言葉が出たことに。
勝手すぎる自分に腹が立ったが、それを何とか隠し了承した。
顔を背けて返事をしたのでシュリの表情は分からなかったが、どんな表情をしてたのだろうか?
あれほど頑なに拒んでいたシュリが離縁に承諾したのは、私の体調が悪くなっていたからだろう。
公務には出席しているが、公務外では体調を崩すことが多くなっていた。
そんな私に容赦なく降り注ぐ非難と蔑む眼差し―――――。
あれだけ居心地の良い空間だった王城は、今ではただ苦痛しか私には与えなかった。
それでもなんとか暮してこれたのは、シュリがいたからだ。
離縁を口にしながら、暖かい腕を求めてしまう自分。
けれど王妃として役に立たない私では無理なのだ。
公務は出来ても子を産めない王妃では意味がない。
本能ではシュリを求めていても、理性で最後は押しとどめてしまう。
心から懐妊を待っていたが――――――19歳になっても20歳になっても授かることはなかった。
その間ジェシカ様は姫君を産んだ。世継ぎの男児ではなかったが、それでも生まれた子にたくさんの祝福が送られ国は盛大に祝った。
子を産めない王妃はもう不要であった。
そして約束の時期が過ぎ、私は王城から出た。
********
王城から出て実家に身を寄せていたが、居心地はけして良くはなかった。
私にどう接していいか分からないようで、腫れ物扱いが続いた。
小さい頃から親しんだ別荘に行くことを決意するのに時間はかからず、数人の気の知れた供と一緒に自然溢れる別荘に着いたのは決意してわずか2日後であった。
そしてそのまま半年が経ち、冬から春へさらに初夏へ季節は移り変わった。
誕生日も過ぎ21歳になった頃から、以前よりは笑顔も増え穏やかな日々が続いていた。
1人で縫物をしたり本を読み、ただ淡々と毎日が過ぎる。
けれどゆっくり過ごすことは結婚してからあまりなかったので、逆にそれが良かったのかもしれない。
そしてここは人の目を気にすることなく、過ごすことができる。
それに―――――――と左手の薬指を見る。
小さな青い石がついた指輪を私は王城から出た後つけている。
シュリから贈られた物はほとんど置いてきたが、これだけはどうしても決心がつかず持ってきた物だ。
これは以前まだ私が心から幸せだった頃に、城下町でシュリに買って貰った物である。
この青い石はシュリの瞳の色と同じで―――――まるでシュリが近くにいるようで愛おしく感じる。
指輪に触れるだけで、笑顔がこぼれる。私の元気の源だ。
ただ1つだけ、不思議に思っていることがある。
私が王城から出た後、新たな王妃が決まったという噂を聞かないのだ。
幾らここが田舎であってもさすがに噂は入ってくるはずなのに。
私が去った後、大臣や貴族達は自分の娘や孫を王妃に推薦し、候補ぐらいはすぐに決まり、噂が流れると思ったのだが。
次期を見計らってるのだろうか?それとも自分がついた最後の我儘のせいだろうか?
私は離縁してもらう時に1つだけ願いを言った。
それはジェシカ様だけは王妃にしないで欲しい―――――と。
シュリの子どもを産んだ唯1人の女性なので嫉妬もあるが、それだけではない。
彼女では王妃として無理だと思うからだった。
話したことはほんの僅かだが、それでもその時感じた印象で――――――失礼な話ではあるのは重々承知しているが、そう判断した。
自分自身立派な王妃ではなかったのであまり偉そうには言えないが、私はこの国が好きで民の生活を守ろうと努力していた。
それだけは数少ない、私の王妃としてやってきたことの中で誇れることだ。
次期王妃には、シュリを愛してくれることと同じぐらいこの国や民を愛して欲しい。
その願いをシュリに話した。
だからそれが原因でなかなか王妃が決めれないのなら、申し訳ない。
それでも承諾してくれたシュリに感謝し、私はこの国がより一層幸せになれるよう祈る。
最近は近くにある湖に涼みに、散歩をするのが日課になっていた。
所有地なので危険もなく、今日も1人散歩を楽しむ。
女性があまり日に当たるのを良しとしないので、日傘付ではあるが。
今日もいつものように湖に来た。
湖があまりにもキラキラと輝き綺麗だったので、しゃがみ右手で触れる。
水は冷たく、初夏の日差しに火照った身体には丁度良かった。
少し悪戯心が出てきてしまい、辺りをキョロキョロして誰もいないのを確認し靴を脱ぐ。
淑女として恥ずべき行為だが、今日は何故か無性に湖に入りたくなった。
スカートを持ち上げ、右足をまず水につける。
やはり思った通り気持ち良かったので、続いて左足をつけて少し歩く。
今の状況を王城の人達が見たらなんて言うのか、と考えると笑いが出てくる。
はしたないとか王妃としての自覚が薄いとか言うのだろう。
でも――――――今はそういうことを言う人は誰もいない。
それが何故か少し寂しかった。
そんな自分の考えに馬鹿馬鹿しくなり、慌てて首を振る。
寂しいなんて可笑しいことだ。あれだけ辛かったのに。それすらも懐かしく感じる自分は弱いのだろうか。
溜息をつきながら、ふと水面を見ると異様に光っている場所があった。
光の反射でそこだけ光っているのかもしれないが、妙に気になる。
少し遠いが歩いていけそうなところだったので、私はさらにスカートを持ち上げ、歩いて行こうとした。
数歩歩いた時に、後ろから声が聞こえる。
叫び声だ。いや怒鳴っているに近い?
そう思って振り返ろうとした時に暖かい腕が私を包み込んだ。
この腕の感触だけで誰かが分かったが、それでも信じることが出来ずそっと顔を見る。
―――――――間違いなくシュリだった。
いつも私を見る時は優しい笑顔が多いが、今は別れの時・・・・いやそれ以上に眉間に皺を寄せ怒っている。
けれど、ここにいるはずがない人なのに何故?
私は白昼夢でも見ているのだろうか?それにしてはかなりリアルな感触である。
茫然としながらも目の前の人に恐る恐る声をかける。
「・・・・・・シュリ?」
「そうだ」
「どうしてここに・・・いるんですか?」
「それはこっちが聞きたい。今何をしようとしてたんだ!」
「そっそれは・・・異様に光っているところがあったので、みっ見に行こうとしてました・・・」
「はっ?そうなのか?」
「はい」
「そうか。俺はてっきり・・・いや何でもない」
何でもないように見えない上に、そのまま水の中にしゃがみこんだシュリに私の方が慌てる。
「シュリ!濡れちゃいますよ」
「いまさら無駄だ。そなたも俺も」
そう言ってシュリは交互に私と自分を指さす。
自分の姿を確認すると確かにずぶ濡れで、シュリの言うとおりいまさらであった。
いつの間にか持ち上げていたスカートは水につかり、水分を含んでかなり重たくなっている。
胸元も水がところどころ染み込み、ベタベタして気持ちが悪い。
下半身がぼったり濡れているシュリよりはマシだろうが。
それでも季節は初夏であるが、まだ水は冷たい。
このままだと2人とも風邪を引いてしまう。
私はかまわないが、シュリはこの国になくてはならない人だ。
風邪を引いたら・・・とそこまで考えた時に、私はハッとした。
幾ら元妻とはいえ、シュリと呼び捨てにしていたことに気がついた。
シュリ――――――いえ、陛下は気にしないと思うが、私はもう関わりはないのだ。
そのことに寂しさを覚えながらも私はシュリと距離を置き、頭を下げた。
「慣れ慣れしい態度と言葉遣い大変失礼いたしました。お許し下さい、陛下」
「ラミア?」
久しぶりに私の名前を呼ぶ声は、戸惑いと苛立ちが込められていた。
気づかない振りをして私は話続ける。
「つい以前のように陛下の名前を呼んでしまいました。申し訳ございません」
「・・・・・ラミア」
顔を上げ陛下の顔を見る。記憶の中よりも幾分痩せているようで心配になる。
「このままでは風邪を引いてしまいます。私の別荘が近くにありますので、ご案内致します」
「ラミア」
「早く身体を温めないといけませんね。早く行きましょう」
「ラミア!」
陛下の私を呼ぶ声をあえて無視し話を続けていたら、とうとう大声で呼ばれる。
横を通り過ぎようとしていたが、腕を掴まれ動くことが出来ない。
少し息を吐いて振り返る。
「はい、何でしょうか?」
「何故以前のように俺の名を呼ばぬ!先ほど呼んでいたではないか!」
「そっ、それは・・・気が動転してつい言ってしまいました。けれど、離縁した者が陛下の名を呼んではいけないでしょう?」
そう陛下に向けて言っているが、自分にも言い聞かせるようにゆっくりと言う。
私は離縁したのだ、と。馴れ馴れしくしたらいけないのだ。
「そのことは心配するな。俺とラミアは離縁していない。今も夫婦である」
「・・・・・・・・・えっ?」
シュリの爆弾発言に理解できるまで時間がかかった。
離縁していない・・・離縁していない・・・離縁していない!?
「そんな、嘘です!」
「嘘ではない。事実だ」
「だって、私書類にサインしました」
「あれは偽物だ」
「えぇっ?」
口をパクパクさせながら、陛下を見るがその顔は嘘をついているようには見えず、余計パニックになった。
思わず身体から力が抜けるが、腕を掴まれていたので湖に倒れることはなかった。
が、せっかく離れていた距離が近くなり、ほとんど抱きしめられている状態になってしまう。
「ここで話していたらラミアの身体が冷える。とりあえず後で話をするから別荘へ行くぞ」
「・・・・・」
返事をする気力もなく、そのまま抱き上げられても抵抗することが出来ず、気がついた時には着替えもすべて終わっており、別荘の自室にソファーに陛下と2人座っていた。
それから漸く私の思考回路が戻り、すべて陛下から話を聞いた。
簡単にまとめると陛下は離縁をする気は最初からなく、しかし私の体調が心配だったので一旦療養という形で王城から私を出したというわけだ。
強情な私を納得させるために、偽の書類まで用意して。
その間にもう一度私が懐妊出来ない原因も調べていたというのだ。
次から次へと出てくる驚愕の事実に私はただ唖然としていた。
いつものように私を後ろから抱き締める腕の暖かさに、そのまま寄りかかりたくなる気持ちを抑え、僅かな距離を取り私は口を開く。
「酷いです。私がどんな気持ちで別れを決意し、王城から出たのか・・・・陛下ならご存じでしょう?それが嘘だなんて」
「それは本当に申し訳ない。しかしあの時はそれが一番だと思った。ラミアの為に」
「・・・・陛下」
「それに俺だって離れるのは一時的でも辛かったぞ。ラミアが戻って来るのが何時になるか分からない状態だった上に、ラミアは俺と離縁していると思ったままにしていくのは本当に参った・・・」
耳元で話かけてくる声は悲痛に満ちていて、それ以上怒ることが出来なかった。
「けれど陛下私の懐妊出来ない原因は、もう分かっているはずです。調べてくれたのは嬉しいですが・・・」
「それも原因が分かった」
「えっ?」
驚いて身体ごと動かし陛下の方へ向く。
私の身体が原因ではないの?検査してもらって原因が分かってるはずなのに。
「ラミア・・・・そなたの食事に毎回避妊薬が入っていたのだ」
「えっ・・・・・?」
「すべて公爵の指示だった」
「公爵・・・・あっ、ジェシカ様のご実家ですね?」
恐る恐る言うと陛下は怒りに顔を歪ませながら頷く。
怒りが私に向けられているわけではないのに、あまりの迫力に身体は少し震える。
ここまで怒りを露わにした陛下を私は見たことがない。それほどまでに・・・怒っているのだ。
「隠密に結婚当初から指示を出していたようだ。王族にそのようなことをすれば重罪だと知っていただろうに。公爵に対して地位と爵位を没収し、辺境の地へ行かせた。無論監察付きだ。側室は本当に知らなかったようだ。大人しくするというのを条件にそのままにしている。姫君もいるからな」
「・・・・・・・」
「それに今まで気づけず、本当にラミアには申し訳ない。辛い思いをたくさんさせた。」
「いいえっ!陛下が謝ることは何もありません。でも医者に見てもらって結果が出てるのですが・・・・それも嘘ですか?」
祖父に似ていた人好きのする笑みを浮かべる医者を思い出す。あの人が嘘を言うとは思えないのだが。
「いや調べたが、医者の出した結果は間違っていない」
「そうですか」
ホッとすると共にやはり子どもは出来にくいのだ、という事実は少々辛い。
「だがなラミアが懐妊出来ないのは、薬のせいだと医者は言っていた。薬の影響がなければ懐妊出来る可能性も高くなると言っていたぞ」
「そ、それは陛下の子を私が授かれるのですか?」
「可能性は十分ある。希望を持とう。・・・・それに俺はラミアには悪いが、子は出来ぬとも良いと思っている」
陛下の言葉に私は驚いた。子が出来なくても良い?そんなことは許されないのに。
「ラミア睨むな。軽い気持ちで言っているのではないぞ」
どうやら無意識に睨んでしまったようだ。もちろん陛下が軽々しく言ってるわけはないと思うが、それでも懐妊することを望んでいた身としては、その言葉にムッとしてしまった。
「・・・・すみません。ですが、陛下には世継ぎが必要です。それはどうするのですか?」
「そのことは議会で了承を得ている。万が一王妃が懐妊出来ない場合は、伯父上の子を後継ぎにすることが決まった」
「えっ?亡き陛下の弟君の子、ですか?」
「そうだ。そもそも伯父上も王族である。その子が後継ぎになって何が可笑しいのか。年齢もまだ若いが聡明な子だ。俺よりも立派にこの国を守ってくれるだろう。だから戻ってきてくれ」
私がいない間に随分話を進めたようだ。
私が戻ってきても辛くないように色々手を打ってくれたようだが・・・・・。
「申し訳ありません。私は一度偽の書類とはいえ王妃から降りた身。それなのに今さら戻ることは出来ません」
そう言って陛下に頭を下げる。
本音を言えば戻りたい。けれど、悩みに悩んで出した結果を捨て、今さら戻ることなど自分が許せない。
もしかしたら諦めていた子を授かれるかもしれない。それを聞いた時、本当に嬉しかった。
でも・・・・もう遅いのだ。
頭を上げ陛下の顔を見ると、ニヤッと笑っていた。
私がこう言い出すのを、予想していたのだろう。焦りも驚きもなかった。
「だが、ラミアは言っただろう。次の王妃になる者は俺を愛し、国を愛して欲しいと」
「はい。言いました」
「ならばラミアが戻ってくるしかない。ラミア以上に俺を愛し、国を愛する者などいないからだ」
「そっ、それは・・・!」
「嘘をつくのか?」
「!!」
やられた、と思った。
急いで次の言葉を言おうとしたら、それを許さず陛下が私に口づけをしてきた。
抵抗しようにも両手は抑えられ、顔を動かそうにも後頭部を抑えられ逃げれない。
久しぶりのことで息も出来ないぐらい苦しい。与えられる熱にただ翻弄される。
このままだと窒息死してしまう、というところで口づけは終わり、肩で息をしている私とは逆に陛下は涼しい顔をしていた。
それが妙に悔しい。自分ばかりが翻弄されているようだ。
キッと睨むと、陛下はやれやれと言った風に首を動かし、私の髪を優しく撫でる。
「俺は式を挙げた時心に誓ったのだ。この先伴侶はラミアだけだと。・・・だが側室を持ちそれは出来なかった。だが、心はそなただけの物だ。俺をこれ以上情けない男にしないでくれ。ラミアが必要なのだ」
「・・・・・・」
私はどうしたら良いのだろうか。
戻りたい。戻りたい。けれど、私自身が許せない。
もっと自分のことばかりでなく、陛下のことを考えれなかったのだろうか。
こんなに私のことを思ってくれる人を置いて、1人逃げ出してしまって。
沈黙の後、出た答えはやはりNOだった。
「陛下申し訳ございません。私はやはり戻ることは・・・・」
「ではこれは何なのだ」
その言葉とと共に左手を掴まれる。これと言われた物は、薬指にある青い石のついた指輪だった。
「こ、これは」
「俺が城下町で買って送ったものだ。つけているということが何よりの証拠だ。変に考えなくて良い。正直な気持ちを教えてくれ」
悲痛な面持ちで見られ、私はもう誤魔化すことが出来なかった。
変に考えなくて良いの?素直になって良いの?
「わ、私は・・・・戻りたいです。戻れるならもう一度陛下の傍に」
居させて下さい、と言おうとしたが陛下が覆いかぶさって来たので言えなくなった。
陛下の心の内を露わしているようで、先ほどよりも口づけが激しい。
暫く翻弄されていると、急に抱き上げられる。
「きゃぁ!」
悲鳴を上げ、陛下に思わず抱きつく。
それがお気に召したようで、ニコリと笑われ陛下はこう言った。
「寝室はどっちだ?」
「はっ?」
「別にラミアがこのままソファーで良いなら、構わないが」
「し、寝室はあっちです!」
右手で寝室の方へ慌てて指で示す。
陛下の長い足だとあっという間に寝室に着き、ベッドに降ろされる。
「俺は子が欲しいからラミアを抱くのではない。ラミアが欲しいから抱くのだ」
「私も陛下が欲しいです。でも・・・・子も欲しいです。薬の影響はなくても難しいかもしれませんが、そんな私で良いですか?」
「当り前だ。それとな先ほどから気になっているのだが」
「はい」
「いい加減名で呼んでくれないか?」
陛下――――――シュリの言葉に慌てる。最初は意識して呼んでいたが、今は自然とそう呼んでいたから気付かなかった。
寂しそうな表情をしているシュリは、年上なのに思わず可愛いと思ってしまったが、名を急いで呼ぶ。
「もう一度。もう一度呼んでくれ」
「シュリ・・・・」
「っ、ありがとう・・・・」
この「ありがとう」は様々な意味が込められているのだろう。
だから私も色んな思いを込めて、返した。
「私のセリフですよ。――――――シュリありがとうございます・・・・」
もう一度私を迎えに来てくれてありがとう。
愛してくれてありがとう。
これからも隣に居させてくれてありがとう。
本当に――――――――ありがとう。
そしてそのまま愛を確かめ合い、後日私は王城へ戻った。
思いのほか暖かく迎え入れられ、私は新たな気持ちで王妃として妻としてシュリの傍にいた。
なかなか子は出来ず苦しんだが、今度はシュリにもきちんと話し合い2人で乗り越えた。
懐妊したのはそれから2年後のこと。シュリも私も喜び、民もそれを喜んだ。
おとぎ話の様に結婚したら幸せばかりではない。
苦しいこと、悲しいこともたくさんあったが、それは私にとって必要な試練だったように思える。
今の私は――――――――幸せである。
幸せに満ち溢れている22歳の初夏だった。




