演目13 これからの方針
結局、その夜はマイカのベッドで一緒に寝た。
やましいことなどは一切していない。傷心の少女に寄り添ってあげただけだ。
翌朝は一緒に起きて、一緒に簡単な朝食を作って食べ、制服に着替えて並んで登校した。
朝のホームルームになると、担任の夏目理恵先生が沈痛な面持ちでやって来て言った。
「皆さんに悲しいお知らせがあります。昨日、才川幸さんと鷹野遥さんがナイトメアに襲われ、死亡しました。遺体も無いということです」
死亡、遺体も無い……流石にナイトメアになりました、とは世間に言えないか。
そういうニュース聞いたこと無いし。
夏目先生は黙祷するように少し顔を下に向けて目を伏せていたが、やがて顔を上げるとパッと表情を変えた。
「はいっ、では、いつまでも悲しんではいられませんし、明るく笑顔で今日も過ごしましょう!」
……逞しいなこの人。
今日の連絡事項を伝え終えた夏目先生は、受け持っている授業に向けて去って行った。
それからマイカに付き合って午前の授業を大人しく受けていると、そのマイカから肩を叩かれた。振り向くと二つ折りした小さな紙を黙って差し出して来たので、受け取って中を確認する。
隅に苺が印字された可愛いメモ帳の紙には、大きくこう書かれていた。
『ブロンド先輩から連絡。昼休み、魔法少女活動室へ集合』
なんだろう? 昨日の反省会でもするのかな?
とりあえず了承する意味を込めて、マイカに向けて頷いておいた。
頷き返したマイカは前を向いて授業に集中し直した。
それから時間が経ち、二人で購買で弁当を買って魔法少女活動室に入る。
既にマコトとブロンドさんが自分の席に座っていた。席の上にはお弁当と飲み物が入ったビニール袋が置かれており、マコトは相変わらず執務机の上に足を投げ出してハーブシガーを吸っている。
「来たかお前ら。早速だがネロ、トコトークの交換をするぞ」
「あっはい」
そういえば三人とは連絡先交換してなかったな。
スマホを取り出して三人と連絡先を交換。
自分の席――マイカの隣に座ろうとしたところで、マコトから声が掛かった。
「ネロ、ちょっとこっち来い」
「はい」
執務机の前に来ると、マコトは足を下ろして立ち上がり、ジャケットの内ポケットから一枚のカードを取り出して差し出して来た。
「お前の魔法少女カードが届いた。身分証だから失くすなよ」
受け取って確認。
運転免許証みたいな見た目で分厚く硬いカードだ。協会職員であるアドさんが諸々の手続きの中で撮ってくれた顔写真が貼られているが、それよりも魔法少女ランク“F”という文字が大きくて目立っている。
この魔法少女ランクは、その魔法少女の実力を表している。最初は全員がFランクから始まるが、このランクは一つ違うだけで実力に大きな差があるんだとか。
大事な物なのでジャケットの内ポケットに仕舞い、席に着く。
「じゃあ、これからの方針の為に情報の共有を始めようか。ブロンド、任せた」
「分かった」
立ち上がったブロンドさんはこの部屋に置かれていたホワイトボードを引っ張って来て、俺とマイカの前に止めた。
以前はパッと見で気にしなかったが、新東京市におけるナイトメア発生のデータだ。少し書き加えられている気がする。
「これを見てくれたら分かる通り、ここ最近、新東京市におけるナイトメアの発生が非常に増えている。特に我々がいるこのエリアの発生件数は異常と言っていい。しかも、本来ならナイトメアの発生は夕方から夜に掛けて多い筈なのに、昼夜問わずだ。だが、昨日の夕方からその異常発生がピタリと止まった。どうやら今回の異常は死んだ筈の魔法少女、夢野マホロが生きていて、リリスとなって関わっているからだと判明した」
「マホロ先輩が……!」
マイカにとっては余程ショックだったらしい。目を見開き、口をポカンと開けて呆然としてしまった。
以前、このエリアの担当魔法少女が戦死したとか聞いた覚えがある。恐らくそれが夢野マホロという人なのだろう。
それより気になるワードがあったので手を挙げる。
「あの質問。リリスって何?」
「魔法少女がナイトメアに堕ちた存在のことだ。世間一般には公表されていない、ランクの低い魔法少女は接触禁止指定の強力なナイトメアでもある。魔法少女用のナイトメア図鑑がアプリとしてスマホに入っているだろうから、後で調べるといい」
「分かりました」
「話を戻すぞ。マイカも気持ちは分かるがシャキッとしろ。そんな状態では死ぬぞ」
「……はい」
「それでだ、ナイトメアの異常発生の原因はリリスとなったマホロが『幻を見せる』能力を使い、人々の不安を煽り見たくない光景を見せ、ナイトメアを人為的に生み出す実験をしていたからだと推測している。発生場所に規則性が無いことから、私とマコトはそう判断した。今は異常発生が止まっているが、それは人為的な夢境の発生に成功し、内部で出現するナイトメアの選別も可能となったことで、実験が一区切りついたからだろう。それに生まれたばかりのサキュバス二体の育成も必要となり、次の行動には少しばかり時間的猶予があるだろうと見ている」
確かにあの二人は素人丸出しの戦い方だった。育成して強くなるのだとしたら、今の状態では太刀打ち出来なくなる。
「ネロ」
「はい」
「本当はもっとじっくりと鍛えていくつもりだったが、状況が状況だ。最低でもサキュバスと戦って死なない程度に訓練を詰め込むことになる。覚悟してくれ」
「……はい」
俺の奇術師生活はもう少し先になりそうだ。
それに《《倒せる》》じゃなくて《《死なない程度》》っていうのが、サキュバスの脅威を物語っている。
俺に言うことが終わったのか、ブロンドさんの顔が隣にいるマイカに向いた。
「マイカ」
「はい」
「君もこの際だから詰め込んで鍛える。もしマホロと対峙したら、今だと良くて死、最悪ナイトメアの仲間入りもあり得るから」
「……分かりました」
「マコト、君から何か言うことは?」
「無い。でも確認が一つ。その訓練の間は私一人でナイトメア退治しないと駄目か?」
「頼んだぞ」
と、ブロンドさんがいい笑顔で返すと、マコトは溜息を吐いた。
「……あいよ」
「最後に質問はあるか?」
聞きたいことがあるので、俺は手を挙げる。
「あのブロンドさん、夢野マホロってどんな魔法少女だったんですか?」
「彼女は長年私とマコトと一緒に活動していたベテラン魔法少女だ。固有の能力は幻を見せること。『幻想演義のマホロ』という二つ名で呼ばれ、ナイトメアの発生を抑制する為に、人々に楽しい幻を見せたりしていた立派な人だったよ」
「そうですか」
秘かにやろうと考えてるマジックショーは二番煎じになるな。
でも幻か……あっ、あの時遭遇した女が夢野マホロか?
「他に質問は?」
「ブロンドさん、質問じゃないけど一つ報告。夢境が発生する直前、黒いフード付きコートを羽織った女に遭遇したんですよ。それで目の前で幻のように消えたんですけど……あれって夢野マホロじゃないかと思うんですけど、どうです?」
「っ、ブロンド!」
「分かってる!」
椅子を跳ね退けて立ち上がったマコトが強く呼び掛け、ブロンドさんは返事をしてすぐさま魔法を使った。足元に魔法陣が出来たかと思うと、本人を中心にして薄い膜が一気に広がった。でもそれだけ。特に体の変化とかは感じない。
ただ、何故かマイカが俺の手を掴んで立ち上がっており、もう片手には屋内でも使いやすい短刀が握られて構えて警戒していた。
何この状況?
「あの、今のは?」
「私の結界だ。探知魔法が仕組まれていて、ナイトメアが内部にいた場合は特定する機能が付与されている」
そんなこと出来るんだ。
「マコト、どうやらマホロやナイトメアが潜伏している様子はない」
「……そりゃ良かった。最悪の事態は避けられたわけだ」
安堵した様子で椅子に座り直したマコトは、短くなったハーブシガーを灰皿ですり潰して消火した。
「だがどうする? 狙いはネロの可能性が高い。別の狙いを隠す為のブラフの可能性もあるが」
「どうもしない。予定通り事を進める」
「分かった」
「話しは終わりってことで。飯にしよう」
マコトはビニール袋から弁当とお茶を取り出し、手を合わせて「いただきます」と小さく言ってさっさと食べ始めた。




