8、白い影
レニアⅤとは違う形の蔓が俺に襲い掛かって来た。生え際から伸びてくる今までの蔓とは違い、二又に分かれた先端からどんどん伸びて行き、その先がまた二又に分かれ、また分かれと、まるで増殖して行く菌やウイルスみたいに先から伸びていく。それが、空間を這うようにして、俺に迫って来た。
ちょっとゾッとする。世界が培養液で埋め尽くされたと錯覚してしまいそうだ。
切ったらどうなるんだ、てかこれ切って大丈夫なんだろうか。
そう思いながらも、試しに少し切ってみる事にした。
背後に一歩下がりながら、その先端を切り落とす。すると、切り離された先が床に落ちて茶色く枯れ細り、そのまま動かなくなった。
「Ⅷは、切り落とされたらもう動きません。代わりにどんどん伸びて来ます。倒すには本体の中にある核を破壊する必要があります。屋外での戦闘時は大概、本体が地中深くに埋まっているのですが・・・」
「なるほど」
俺の分かっていなそうな様子を見て、トールが説明してくれた。
それならばと俺は、伸びてくる蔓をどんどん切り落とし続ける。
屋外で地中にいるって事は、船の中ならどこにいるんだ?
考えながら一歩、また一歩と前に進んで行った。進めば進む程核に近付く、そう思って。
「アキラ、あまり前に出ないで下さい」
同じように蔓を切り落とし続けていたトールが、前進する俺を見てそう言った。
「誘い込まれると、一気に囲まれてしまいます」
そうか。罠なのか。
ヒヤッと汗をかきながら、俺は一歩引いた。
と、罠に気付かれた事を察したのか、蔓の増加が急激に加速した。そのまま俺の両腕と両脚に絡み付こうとしてくる。
俺は焦って飛び退き、間一髪流れる。危ない。
「ねぇ、こっちどうしよう」
ノワが2体のⅤを締め上げながら聞いてくる。鎖でぐるぐる巻きになっている所為で、切り裂く事が出来なくなっているのだ。
そこへ、箱の前で何かを取り出しながらゴーシュが大声で聞いてくる。
「なぁ、見た感じ植物だけど、燃やしたらどうなる?」
それにノワが答えた。
「火には弱いよ。燃やせば倒せる。でもさ、湿ってるから燃えるかなぁ」
空を見上げれば、雨は止みつつある。どんよりと薄暗い雲に覆われた空の一画が、心なしか明るい。けれども霧雨状の雨は今も降り続いていて、レニアⅤにもしっかりと降り注いでいる。
「これくらいの雨だったら、アンジェの『火』ならいけるかも知れない。この鎖は火付けてもいいのか?」
言いながらゴーシュは、細長い棒を取り出して組み立てて行く。
「僕の鎖は熔岩に突っ込んでも燃えないよ」
ノワが言うと「なら良いな」とナイルが言って、ゴーシュが組み立てた棒を受け取った。
それは、『真ん中』の船でゴーシュがレニアⅤと1人で戦っていた時に振り回していた物。
ナイルは片方のレニアⅤに先端を向けて、カチッと音を立てて捻るような動作をする。と、ゴーッという轟音が辺りに響き渡った。例えるならば、ジェットエンジンの騒音。
「出力は5から徐々に上げて、最大にはしないで。最高でも9まで。10はまだテストしてないんだ」
その音に負けない大声でアンジェが叫んだ。
「分かった」
ナイルが叫ぶように返事をし、そのすぐ後だった。凄い勢いで棒からレニアⅤに向けて青い線が走る。走った先が当たった所からブワッと煙が噴き出して、少しすると橙色の光が現れた。燃え始めたのだ。
それはまるで、巨大なガスバーナー。爆音を伴う炎の武器。
ゴーシュが休む事なく箱からもう一組のバーナーを取り出して組み立てていく。完成すると、燃え始めたレニアⅤに援護する様に噴射し始めた。
2本の青い光に襲われて濛々と煙に包まれ、燃えて行くレニアⅤ。今は燻っているものの火力が半端ないからじきに焼け落ちるだろう。蔓を全部切り落として裂いていくよりも余程早い。
あちらは任せていても大丈夫そうだ。
ならばこちらは。
俺は襲い来るⅧの方に向き合う。
伸びて来る蔓は増え続け、切り落としても一向に減らない。減らない上に油断すると腕や脚を取られそうになる。
避けて切る、避けて切る。繰り返しで終わりが全く見えない。
横ではトールが俺と同じ様な動きをしながら渋い顔をしている。多分、良くない状況なんだ。
本体の核を破壊しなければならないのに、離れた場所で足止めされている。恐らく今はそういう状況。
もしⅧにもⅤのような根があるとするならば、そこに人間が囚われている可能性もある。こうして俺達が蔓を切り落として消耗させる事が、そのまま囚われた人間を消耗させる事に直結しているのかも知れない。
良くない。と言うかかなり悪い。
なんとかしなくては・・・。
「あ、起きた・・・?」
アンジェの声が聞こえた。2体のレニアⅤの根から助け出した人達を介抱している。その人達の意識が戻ったのかも知れない。
考えて、そして思い浮かんだ打開策。
俺は、助けられてグッタリしているその4人を見た。見て、そして意識を集中させる。
見せてくれ。この船で何が起こったのかを。
俺は、彼等を通じて、この船の『過去』を見た。
白い肌に白い髪。浮世離れした、人間じゃ無いみたいに綺麗な女。その人を、俺は見た事があった。
セーライの記憶の中で見た、アラベルの姉。
そして、若い女性の連続失踪事件の犯人を唆した『白い女』、それもこの女なのでは無いかと思う。
そいつがいた。
場所は、マジールの船に乗り込む『真ん中』の国の桟橋の上だ。酷い雨の中、黒のワントーンコーデの男の集団に何かを渡す。
「強い武器よ。これを使えば脅しには充分でしょう」
そう言って口を麻紐で固く縛った布の袋を手渡す。
「5つ入っているわ。1番小さいのがリーダー。他のはリーダーの言う事を聞くようになってる」
そして、布の袋を渡すのと反対側の手を掲げた。チリンという音が響く。
それを見て、俺はビクッとなった。
見覚えがある。
『魔鈴』だ。
「これを持っている人の言う事を聞くようになっているの。無くさず、上手く使いなさい」
そう言って、白い女は去って行った。
出航してすぐ黒のワントーンコーデ集団は、豪雨の中甲板に集まった。そして布の袋の紐を解き、5体の生体兵器を解き放つ。そのまま操縦室を占拠し、乗客を最下層の大部屋に押し込み、航路を変更させた。
シージャックだ。
脅された船長は、集団に言われるままに予定するマジール王国の港よりも上流を目指す。
が、乗り込んでいた組合所属の警備員が抵抗を始めた。集団の隙をついて勇敢に立ち向かい、ワントーンコーデを3人河に突き落とす。残るはワントーンコーデ3人と生体兵器5体。途中先行する『真ん中』の船に追い付いて、並走するうちに運悪く生体兵器1体が向こうの船に乗り移ってしまった。
船はそのままスピードを緩めず進み、争ううちに警備員はレニアⅤに囚われ、ワントーンコーデの1人ももう1体のレニアⅤに囚われた。悪天候は更に酷くなり、船は激しく揺れて、そして、
『魔鈴』が河に落ちた。
コントロールの効かなくなった生体兵器は暴走。レニアⅧは残るワントーンコーデ2人を捕らえて操縦室に籠り、逃げ出した操縦士他の船員を追ってリーダーの生体兵器も操縦室を出た。
俺は、クラッとする頭を振って『今』に帰って来た。
『過去』を見ていたのは一瞬。時間が途切れる事なく続いて行くのを感じる。
段々『過去』を見る感覚を掴めてきた気がする。自分の中にある代償分の未来、その使い方を俺が好きに決められる。それが感覚として分かった。
目の前の蔓を切り落としながらトールに向かって叫んだ。
「操縦室だ。レニアⅧの核は操縦室にある」
場所は上部。甲板からも見える、前面に張り出す広いガラス窓の内側。
トールがすぐ側のマストに飛び付いた。そこからスルスルと登ってガラス窓より少し高い所まで行く。
俺は、トールを追い掛ける蔓を切り落として防いだ。
トールがガラス窓に飛び移る。磨かれていない曇った隅のガラス窓を割って室内へと消えて行った。
俺は、祈る様な気持ちで目の前の蔓の処理を続けた。
甲板の端ではレニアⅤが1体燃え尽き、2体目を焼き始めている。
上手く行くか・・・。
そう思った時、目の前の蔓が急に勢いを失って、一気に枯れて床に落ちた。
核が死んだのだ。
「やった」
俺は拳を握り、小さくガッツポーズを取る。
が、喜ぶのは早かった。
生体兵器は5体。Ⅴ3体とⅧ1体は倒した。
では、残り1体は?
操縦士と船員を追って操縦室から出て行った『リーダー』、そいつがまだ野放しだ。
背筋にゾワリと嫌な感覚が流れた。
「!」
同じ感覚をノワも感じたのか、俺と2人でほぼ同時に顔を上げた。目線の先は操縦室の割れた窓。
見上げると、人影が一つ。背の高い均整の取れた体付き、強い癖毛を後ろで一つに纏めたその姿はどう見てもトールのもの。
なのに、その影がとてつもなく、怖い・・・。
「アキラ、やばいかも・・・」
ノワがそう呟いた。
ほぼ同じタイミングで2体目のレニアⅤが燃え尽きた。ゆっくりと闇色の鎖をしまうノワが、両手で頬を覆って操縦室の窓から距離を取り始める。
「レニアⅩⅢ、も、いた・・・?」
呟くノワの声が震えている。
「生体兵器は全部で5体いたみたいだ。Ⅴが3体とⅧが1体、あと1体は別のやつだった」
過去を思い出しながら俺はそう言った。他の4体と比べて小さな体のリーダー。
「実用化されてる生体兵器は3種類なんだ。ⅤでもⅧでもないなら、ⅩⅢだね・・・」
ノワが喋ってる途中で、トールが操縦室から飛び降りて来た。割れ残ったガラスが一緒に落ちて来て床の上でバリンと音を立てる。
床に片膝を付いた状態で降りたトールが、ゆっくりと立ち上がった。背筋に流れる嫌な感覚が強くなる。
その感覚に、覚えがある。
シンと対峙した時に感じた、思わず逃げ出したくなる嫌な感覚。
『殺気』だ。
「トール、何が・・・」
何があった?
そう聞こうとした。でも出来なかった。言葉は飲み込まれる。
トールの両手がクロスして、両脇の剣の柄を掴む。
「ⅩⅢは、人間を『操る』・・・」
トールの目が、俺を無表情に見た。




