24、敵が味方か
直毛だが不揃いな青味を帯びた黒髪が、その顔面を覆う仮面の半分程を隠していた。首から下を覆い隠す黒いマントの隙間から覗く肌は恐ろしく白く、作り物みたいな印象を受けてしまう。
すぐ側で見る彼の背は高い。大体トールと同じくらい。体付きも同じ様な感じで、このシュッとした体がトールと同等の素早さで動き回るのかと思うと、少し恐ろしくなる。
その仮面の剣闘士、死神グレイクが今、俺達の目の前に居た。
食堂の入り口、扉を全開にしそこに立ち、目付きの悪い数人の男達を従えている。
「やぁイーサン。調子はどうだ」
グレイクは、そこから店主に向かってそう言った。
「これはこれはグレイク様、見回りご苦労様です。お陰様で今週も特に問題無く営業出来ました」
店主は、笑顔でそう言いながら押さえていたイールから手を離し、一度調理場へと引っ込んでから封筒に入った何かの分厚い包みを持って来る。そのままグレイクの前まで行くと、それを手渡した。
「今週の分です。お納め下さい」
軽く頭を下げる店主の手からその封筒を受け取ると、口を開けて中身を少しだけ出して確認するグレイク。
チラリと見えるそれは、思った通りに札束で、その厚みに俺は目を見開いてしまった。
これはアレか?ケツモチ料とか言うヤツなのか?
そう思って驚いている俺達の前で、グレイクは札束を封筒の中に戻して背後の目付きの悪い男の1人に渡した。頭を下げてそれを受け取る男に向かってグレイクは言った。
「ここで少し話してから行く。先に回っていてくれ」
了解の意を伝えてもう一度頭を下げて、男達は行ってしまった。「回る」と言うからには、次の店に「集金」に行くのだろう。
彼等が行ってしまうのを見届けると、グレイクは店主に向き直って言った。
「どうた?その後店は落ち着いたか?」
言われて店主は、少し視線を下に向けてから、再びグレイクの顔を見て言った。
「ええ、お陰様で。グレイク様には本当に良くして頂いて有り難い限りです。実は今日、知人のツテで若い従業員が2人増えましてね」
柔らかく話す店主の顔は笑顔。でもそれは、色んな感情を含んだ複雑な笑顔に見えた。グレイクの言った『その後』という言葉に何か意味があるのかも知れない。
グレイクは、店主の声に「ほう」と感嘆の声を上げる。
「今日グレイク様が来られるのでしたら紹介しておきたかったのですが、生憎とそのうちの1人が倒れてしまいまして」
その言葉を聞いて、グレイクの顔がキュッと引き締まった。
「それは、裏通りの惨状と関係があるのか?」
先程の『冥府の門』が現れた裏道の有様を見て来たのだろう。表情は引き締まったものの、そう聞いてくるグレイクの声色は変わらなかった。
「ああそうだ。オレとその倒れたコが突然地面に現れた穴に引き摺り込まれそうになったのさ」
トッドが説明をする。
「どうやら神様の仕業らしいっすよ。どこの神様だか知らんけど、相変わらず勝手っすよね」
「・・・そうだな」
グレイクは相槌を打ったが、前に少し間が空いた。そして、トッドから視線を移す。
ノワに。
ノワもグレイクの事を見ている。見つめ合う形になった2人は、暫くそのまま黙り込んでしまった。
何事か、と2人を交互に見る俺を含めるその場の全員。
闘技場でノワは、グレイクを見て、彼の事を知っていると言っていた。
『リグラン・ド・マジール。マジール王国、国王セシル8世の弟』
この国の王様の弟だと言っていた。
詳しい事は知らない。けれども、普通に道を歩いていて出会えるような人じゃ無い事くらいは分かる。
グレイクの仮面を見る。一般的なハーフフェイスガードの逆で、その碧い目と鼻より下の部分のみが見えるその仮面は、黒を基調とした流線的なデザイン。所々に青く光る透明な小粒の宝石があしらわれていて、それ自体も安くはなさそうだった。
「バレてるよな?」
先に口を開いたのはグレイクだった。
「・・・そっちにもバレてるよね?」
ノワがそう言い返した。深々とマントのフードを被ったノワの顔は殆ど見えない。
再び落ちる沈黙。
「・・・ちょっと顔貸せ」
グレイクはそう言い、身を翻して店から出た。
ノワが俺の服の袖を引っ張った。
「付き合って。多分色々と分かると思うから」
耳打ちして来たその声は、いつに無く真剣。
俺は頷いてトールを見、頷き合ってからグレイクの後に続いた。
行き先は、そう離れていない所に建つ建物の2階。外付けの階段を登ると厳つい男が2人見張りに立っていた。2人はグレイクを確認すると、背筋を伸ばして頭を下げる。
「お疲れ様です」
うち1人がそう挨拶をした。グレイクはそれに頷いて答えて、そして俺達を振り返って見ながら言った。
「ちょっとコイツらと話をする。暫く誰も入れるな」
「はい」と返事をする2人は、左右に分かれて扉を開けた。中に入るグレイクに続いて入って行く俺達をすれ違い様に見る。目が合うが、そのまま睨むでも無く逸らすでも無く、ただ顔を見られた。
中に入ると、そこには向こうの世界にある応接セットみたいなロウテーブルとソファが置かれていて、それらと床の間にはフカフカのラグが引かれていた。テーブルの方は大木の一枚板を丁寧に磨け上げた、見るからに高そうな物。ソファは黒い革張りで、その上には何らかの動物の毛皮が掛けられている。
壁面はくすんだ白い壁紙が張り巡らされていて、窓には磨りガラス、枠は木製だが一直線で歪みが無い。
一瞬、ここが違う世界だという事を忘れてしまった。余りにもあちらの世界に近い印象だったから。
驚き、固まってしまう俺をスルーして、グレイクは「まぁ座れ」と言って自分もドカッと座った。
全員が座ると、グレイクがノワを見て言う。
「お前は全部聞くまで何度でもしつこく聞いてくるだろうから全て話す。が、連れの2人は何者だ?場合によっては外に出て貰う」
それにノワは答えた。
「それはそれはご親切に。じゃあ紹介するね。こちらはトール、元『真ん中』の近衛騎士。今は訳あって退職中だけど、辞める前からその横にいるアキラの護衛をしてる」
紹介されて軽く頭を下げるトール。グレイクを見続けるトールの顔には何の感情も見えない。完全に仕事中の顔だ。
「で、こっちはアキラ。いわゆる『異界の勇者様』ってやつだよ。最初はトールともう1人別の近衛騎士が護衛をしてたんだけど、訳あって僕が代わりに護衛を引き継いでるんだ」
続けて紹介されて、俺も軽く頭を下げた。そして改めてグレイクを正面から見る。
口元と目しか見えないが、青味掛かった黒い直毛と、真っ直ぐ見て来る瞳孔の大きな青い瞳と、そして血の気の無い作り物みたいな白い肌。俺は『死神』と言うよりかは『人喰いザメ』みたいな印象を受けた。
光の加減で青く見える、夜の海。そこに潜む危険な生物。そんな感じだ。
「先に色々説明しちゃおうかな」
ノワはそう言って、聞かれてもいないのに今迄の経緯をグレイクに聞かせた。
セーライ神殿で異世界召喚が行われて俺ともう1人の異世界人がやって来た事、『真ん中』での魔物活性化の異変、女性誘拐事件からセーライ神殿での2度目の異世界召喚と、それにまつわるセーライ・アラベルの末路、そして連絡船での生体兵器事件まで。
「興味深い話だな」
ひと通り黙って聞いたグレイクは、一言そう言って腕を組んだ。そして、その後の言葉に俺達は驚く。
「で、お前達3人はマジールに渡って来て、地面に穴を開け人を落とそうとしたのか?」
一瞬理解が追いつかずに黙ってしまう。が、すぐに分かった。
グレイクは、さっきの『冥府の門』が、俺達の所為だと思っている。
「違うよ!」
ノワが慌てて否定する。
「しかし、さっきの男が言っていたではないか。神の御技だと。そしてここに『神』が居る。半分だが」
言ってノワを指差すグレイク。
「僕じゃ無いよ!もう、僕にあんな事出来る訳無いって分かってて言ってるよね?リーの意地悪!」
大きな声でそう言って、プイッと横を向いてしまうノワ。その様子を見て、グレイクは噴き出した。
「冗談だ」
プリプリと怒るノワと、それを見てゲラゲラと笑うグレイク。2人の関係性がよく分からなくて、俺は聞いた。
「あのさ、2人仲良さそうだけどどう言う関係なの?」
グレイクが俺を見た。
「蚊帳の外にして済まない。話をしても問題無さそうだ」
言って一度ノワを見るグレイク。視線に気付いたノワがそのまま無視して目を背けるのを見て、肩をすくめてグレイクは話し始めた。
「私の素性は既に知っていると思って良いのか?」
それにトールが答える。
「セシル8世の弟君だと伺っております」
グレイクは頷いて、続きを話す。
「リグラン・ド・マジール、又の名を死神グレイク、グレイク・ガティだ」
「!」
俺は驚いて息を呑んだ。
ガティっていうのは、このエデン・シティを仕切っている富豪の名前だった筈だ。
王弟が身分を隠して、1人の富豪として一つの都市を仕切ると言うのは、色々と問題がある気がするのだが。
そう思う俺の前で、グレイクは言う。
「私が『ガティ』だと言う事は公にはなっていない。皆、剣闘士の『死神グレイク』だと思っているから『ガティ』の名で呼ばないで貰いたい」
そうだろうと思いつつ、言われて俺は頷いた。横ではトールも同じ様に頷く。ノワはまだ顔を背けたままだが、しっかりと聞いているみたいだった。
「兄上が即位してまもなく、身分制度が廃止された。それは知っているか?」
「ああ、さっき聞いた」
頷きながら俺は答えた。それを見て自分も頷くグレイク。
「貴族達は爵位を剥奪されて、皆等しく平民となった。が、現状どうなっているかと言うと、資産を蓄えていた貴族達がその財力で人々を支配し、財産を蓄えていた商人達もまた人々を支配している」
「結局、上に立つ者が貴族から金持ちに変わったってだけで大した変化はなかったって事?」
そう聞いた俺に、グレイクは軽く首を振った。
「そうでも無いんだ。まあ、そういう所も無くは無いが、多くの場所では新たな事業が立ち上がり、雇用が生まれ、それによる賃金を得た者達がまた事業を起こす、という『良いスパイラル』が出来上がりつつある。自分達が頑張れば、頑張った部分だけ暮らしが楽になる。そういう世の中へと変わって行っている」
「それは、良い事ですね」
トールが感心したようにそう言った。
頷くグレイクだが、すぐに困り顔で口を開く。
「だが、それを面白く無いと思う者も居た。資産も事業を起こす才も無い輩、領民から利を巻き上げるしか脳の無い貴族達だ」
身分と言う肩書しか持っていなかった貴族って事だろう。日本という国で生まれ育った俺には今ひとつピンと来ないが、恐らく、何の才能も無い子孫でも幸せに暮らして行ける様に、と、先祖達によって練りに練られた道楽システムに甘えるだけだった貴族達なのでは無いだろうか。人の上に立つという事が当たり前になっていた者達にとって、下の者達と同じ所に立たされるのはどれだけ屈辱的だろうか。
「そういう輩が私に近付いて来たんだ。私こそが王位を継ぐのに相応しい。王にしてやるから、身分制度を復活させろ、とな」




