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どうせ異世界に来るのならもっと勉強しておけば良かったよ  作者: まゐ


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20/53

20、ユリアとライサ

「ねぇ、ユリアちゃんも入れて上げて?」


 私よりも半年早く産まれた隣の家の娘。彼女は何かと私の面倒を見た。遊びの輪に入らない私を言葉巧みに誘い出し無理矢理一緒に遊ばせ、欲しくも無い雑草の花を髪に飾り付けてきて、必要の無い菓子や飲み物を与えてきた、


 面倒をひとつ見る度に私の顔色を伺う。仕方が無い、と、ぎこちなく作る私の笑顔に満足して笑う。その隣の家の娘の満面の笑みを見て、うちの親は嬉しそうに笑い、隣の家の親も同じ顔で笑った。


 正直私は、何も楽しく無かったし、何も嬉しく無かった。楽しくは無かったが、物心ついた頃からその笑顔に囲まれる事が当たり前になっていて、逆に周囲の人々に不安や不満を含んだ表情を浮かべさせる事が怖かった。


 何故だかは分からない。


 分からないが相手の表情が歪みそうになると、必死に取り繕った。


 まるで、そうしていないと世界が終わってしまうとでも言うかのように。


 常に『笑顔』に囲まれるように。


 己の本心は隠して周りの機嫌を取り、『笑顔』という報酬を得る為だけに尽くす。そんな毎日。


 だからだと思う。私は、周囲の同年代の子達から下に見られる事が多かった。


 大切な物を取られ、隠され、壊される。押される、蹴られる、足を掛けられて転ばされる。あからさまな悪意を浴びせられた。


 でも泣かない。不愉快そうな顔はしない。


 どんな嫌がらせを受けてもヘラヘラと作り笑いを浮かべる私を見て、みんなは顔を合わせて笑った。


 嫌な気分だった。でもそれで良かった。みんなが『笑顔』だから。


 それなのに、そんな私の事を隣の娘はいちいち助けた。そしてその後、必ず感謝の言葉を要求してくるのだった。


「ありがとうは?」


 そして、要求が通るまで『ムッ』とする。私はその『ムッ』が怖い。だから「ありがとう」を言う。


 『ムッ』を無くす為に。


 感謝の気持ちなんて微塵も無かった。ただ怖いから「ありがとう」と言い、嫌だから「ありがとう」と言う。


 そのうちに「ありがとうは?」と聞かれなくても言うタイミングがわかるようになり、『ムッ』を見ないで回避出来るようになったのだった。




 10歳を超える年頃になると、異性を意識する子が多くなってきた。男女で分かれて遊ぶようになり、周りの女の子達は「誰がカッコいい」とか、「誰が好き」とか、そういう恋愛話をするようになってきた。


「ユリアちゃんは、好きな人いる?」


 隣の娘と2人きりの時、そう聞かれた。兄が結婚したばかりの時だったと思う。相手は近所に住む、兄と歳の近い娘だった。兄夫婦は敷地内に新たに増設した離れに住み始めて、日々両親と共に畑を耕していた。この先兄夫婦が、両親の後を継いでうちの畑を耕し続けるのだろうという事が子供ながらに分かっていた。


 長男もしくは長女、その家の1番上の子が、嫁または婿を娶って家を継ぐ。


 2番目以降の子は、他の家の1番上の子に嫁いで共にその家を継ぐか、そうで無ければ男子なら領主の元で兵役に付くか村の外へ出て行く。女子ならば貴族様の愛人になるか、2番目以降の男子と結婚して村外で家を借り細々と暮らすか、そのまま家に残って一生を終える。


 それがこの村で暮らす人々の行く末だった。


 隣の娘には歳の離れた姉が居た。とっくに結婚して家で2人の赤ん坊を育てている。つまり、私達は家を継げない。


 そんなタイミングで、かつ2人きりの時にそんな事を聞かれたと言う意味を、その時の私は重く考えた。


 当時は、カッコいいと騒がれている男の子もいたし、大きな畑のある家の1番上の男の子もいた。


 けれども、ここで彼等の名を挙げてはいけない。そういう質問では無い筈だ、と。


『あんたは将来どうするつもりなの?』


 そういう問い掛けだ、と受け取ったのだ。


 私は「そういうの、まだよくわからない」と、無難に答えたのを覚えている。


 その答えを聞いて、隣の娘は満足げに頷いて「私も」と答えていた。それを聞いて、私はホッと息を吐いたのだった。


 私のその答えは()()だったのだ。


 隣の娘以外とも、時折恋愛の話はした。けれども、私は恋愛に興味のないフリをし続けていた。その方が無難で、変に恨まれる事が無いだろうと思っての事だった。


 とは言うものの、全く関心がない訳ではなかった。時折村にやって来る騎士様を、他の娘等と遠巻きに眺めて胸を高鳴らせる事もあったし、収穫した麦を買い付けに来た仲卸の青年とうっかりぶつかって顔を赤らめた事なんかもあった。


 そんな日々を過ごしていたある日の事。14歳になってしばらく経った頃だった。




「ユリア、ちょっといい?」


 2つ年上の、斜向かいに住む家の三男にそう声を掛けられて少し離れた丘の上の大木に連れて行かれた。


 そこは、若い男女が意中の人を呼び出して想いを伝える場所として有名だった。


 三男は、私を連れて丘の上の大木の所まで登ると、人里から見えない反対側へと導いてそこで立ち止まった。


 三男は背が高かった。顔の造形も良く、領主の元で剣を習っている事もあってか体付きもガッシリとしていて逞しかった。村の女の子達からカッコいいと騒がれている1人である。その三男が私を見下ろして、何かを言いたげにあちこちに視線を巡らせている。


 胸が高鳴った。鼓動が速くなって、心臓が飛び出して来てしまいそうだった。心臓が出て来ないように両手で胸を押さえて、私は三男の言葉を待った。緊張して瞬きを忘れた。その所為で目が乾き、私は俯いて瞬きを3回した。


「あのさ」


 頭上から三男の声が降り注いだ。私は顔を上げて三男を見る。表情が堅い。緊張しているのが分かった。


「受け取って欲しい物があって」


 そう言って、三男が懐に手を入れた。その時だった。


「ユリアちゃん!」


 突然、本当に突然。私は後ろから両肩を引っ張られて、三男から引き離された。


 驚いて後ろを向くと、隣の娘がいた。彼女は、驚いて固まる私を押し退けて、三男との間に無理矢理入り込む。私を三男から庇うようにして前に立ちはだかった。そして手を伸ばし、三男が懐から取り出した物を奪い取ると、一旦目の前に掲げてじっくりと見てから三男の足元に叩き付けたのだ。


 キラリと輝く軌跡を描いて、地面にぶつかって砂埃が舞い上がった。舞い上がった砂埃が弱い風に攫われると、叩きつけられたものの正体が分かる。


 それは、綺麗な石の付いたペンダントだった。


「ライサ、何するんだ」


 三男はそう言って隣の娘を責めた。そしてしゃがんでペンダントを拾うと、着いてしまった砂埃を丁寧に払う。


 彼のそんな様子を見ながら隣の娘は言った。


「そんな使()()()()、ユリアちゃんに渡さないでくれる?」


 大きな声でそう言うと、隣の娘は私を振り返って、私に言い聞かせるように両肩を掴んで言う。


「ユリアちゃん、こいつはね、さっきモナちゃんに告白して断られたところなの。このペンダントもその時渡そうとして突き返されたのよ」


 モナちゃんと言うのは、私よりひとつ年上の女の子だった。長い髪が綺麗で大人しく、可愛らしい顔立ちの女の子。


「何言ってんだよ、やめろよ!」


 隣の娘の言葉を妨げるようにして三男が叫んだ。叫んで隣の娘の肩に手を掛けてグッと引く。隣の娘はその手を振り払うと、一度三男を睨み付けてから再び私に向き直り、言う。


「ねぇ、この意味分かる?つまりこいつは誰でも良いのよ」


「そんな事ない!」


「そんな事なくない!なら何でフラれたすぐ後にユリアちゃんを呼び出すの?何で突き返されたペンダントを渡そうとするの?あんたなんかとユリアちゃんは一緒にならないわ!告白したってね、お断りなんだから!」


 そう言い放って、隣の娘は振り返り、私の肩を抱いて家に向かって歩き始めた。無理矢理に。


 引き摺られるみたいに連れられて行く私。転びそうになりながら背後を振り返ると、変わらぬ場所に呆然と立ち尽くす三男の姿が見えた。


 ・・・これは、何だ・・・?一体、何が起こったと言うの・・・?


「ユリアちゃん、大丈夫?」


 そう優しく私の耳元で囁く隣の娘。その、悲しそうな不安そうな表情。


 そんな顔をされてしまったら、私は言わなければならない。


「うん、大丈夫。・・・ありがとう・・・」


 小声で呟いて、そしてグッと両手を握り締めた。そこに込められたのは怒りなのか、悲しみなのか。自分でもよく分からなかった。


 告白されたのは、いや、告白されそうになったのは私。私なのに、なぜ隣の娘が断るのだろう?告白されたなら、私は断るつもりなんて無かったのに。三男の事は素敵だと思っていた。良くは知らないけど嫌いじゃ無いし、カッコいいとも思っていた。


 綺麗な石の着いたペンダントも欲しかった。


 あれを首に掛けてもらいたかったのに。


 体が震えた。手を握り締めただけでは感情を抑えきれない。体がどんどん冷たくなって行くのを感じる。


 その私の震える体を、必死にさすってくる隣の娘。


 お前なんか、いなければ良かったのに・・・!


 そう思いながら、その時の私は目から涙を流した。




 その後、三男は別の女の子にそのペンダントを渡した。


 翌日から本格的に領主の元で兵士となる事が決まっていたらしい。「いつ大怪我をするか分からない。すぐに死んでしまうかも知れない。それでも良ければ、戻って来た時、結婚を前提として付き合って貰えないだろうか?」と。そう告げられたのだと、その女の子は言っていた。


 自分が魔物や他領の兵士と戦っている間、無事を祈って欲しいと、そう伝えたらしかった。


 素敵な告白だ。


 あの時の三男の事を思い出す。私を見下ろして、何かを言いたげにあちこちに視線を巡らせていた。少し震えた手。その震えの意味を、その時の私は単なる緊張だと思っていた。けれども、思っていたよりもずっと、重たい意味が込められていたのかも知れない。


 彼はきっと、待っていて欲しかったのだ。


 待っている人が居る。その事実で強くなろうとしていたのだ。


 受け手として私は相応しく無かったかも知れない。でも、その女の子よりも、私の方が先にその告白を受け、ペンダントを渡される筈だったのに。


 1人残されたその子の、嬉しそうな心配そうな顔を見る度に、私はやるせない気持ちになる。


 この気持ちを誰にぶつける事もできずに、私は隣の娘と共に、1年後村を出る事になるのだった。

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