20、ユリアとライサ
「ユリアちゃんも入れて上げて?」
私よりも半年早く産まれた隣の家の娘は、何かと私の面倒を見てくれた。遊びの輪に入らない私を言葉巧みに誘い出し無理矢理一緒に遊び、欲しくも無い雑草の花を髪に飾り付けてくれて、必要無いのに菓子や飲み物を与えてくれた。
面倒をひとつ見る度にこちらの顔色を伺い、ぎこちない私の笑顔に満足して笑う。その満面の笑みを見て、うちの親は嬉しそうに笑い、隣の家の親も同じ顔で笑った。
正直、何も楽しく無かったし、何も嬉しく無かった。けれども、物心ついた頃から私はその笑顔を見る事が当たり前になっていて、逆に周囲の人に不安や不満を含んだ表情を浮かべさせる事に恐怖を覚えた。何故だかは分からない。けれども、相手の表情が歪みそうになると必死に取り繕うようになって行ったのだ。
本心は隠して周りの機嫌を取り、笑顔という報酬を得る為だけに尽くす。そんな毎日だった。
そんな私は、当然かも知れないが下に見られる事が多かった。同年代の近所の子等に大切な物を取られ、隠され、壊される。でも泣かない。ヘラヘラと作り笑いを浮かべる私を見て、みんなは顔を合わせて笑った。嫌な気分だった。でもそれで良かった。みんなが笑っているから。
それなのに、そんな私の事を隣の娘はいちいち助ける。そしてその後、感謝の言葉を要求してくる。
「ありがとうは?」
言うまでムッとする。私はそのムッが怖い。だから「ありがとう」を言う。
ムッを無くす為に。
感謝の気持ちなんて微塵も無い。ただ怖いから。嫌だから。
そのうちに「ありがとうは?」と聞かれなくても言うタイミングがわかるようになり、ムッを見ないで回避出来るようになった。
10歳を超える年頃になると、異性を意識する子が多くなってきた。男女で分かれて遊ぶようになり、周りの女の子達は、誰がカッコいいとか、誰が好きとか、そういう恋愛話をするようになってきたのだ。
「ユリアちゃんは、好きな人いる?」
隣の娘と2人きりの時、そう聞かれた。兄が結婚したばかりの時だったと思う。相手は、近所に住む兄と歳の近い娘だった。新たに増設した離れに兄と一緒に住み始めて、両親と共に畑を耕していた。この先、兄夫婦が両親の後を継いで畑を耕すのだろうという事が子供ながらに分かった。
その家の1番上の子供と結婚した夫婦が家を継ぐ。2番目以降の子供は、他の家の1番上の子供と結婚してその家を継ぐか、そうで無ければ男子なら領主の元で兵役に付くか村の外へ出稼ぎに行く、女子ならば貴族様の愛人になるかそのまま家に残って一生を終える。
それがこの村で暮らす人々の行く末だった。
隣の娘には歳の離れた姉が居た。とっくに結婚して2人の赤ん坊を育てている。つまり、私達は家を継げない。
2人きりの時にそんな事を聞かれたと言う意味を、その時の私は重く考えた。
『あんたは将来どうするつもりなの?』
そういう問い掛けだ、と受け取ったのだ。
当時は、カッコいいと騒がれている男の子もいたし、大きな畑のある家の1番上の男子もいた。けれども、ここで彼等の名を挙げてはいけない。何となくそう思った私は「そういうの、よくわからない」と、無難に答えたのを覚えている。
その答えを聞いて、隣の娘は満足げに頷いて「私も」と答えていた。それを聞いて、私はホッと息を吐いたのだった。
恋愛に興味のないフリをしてはいたが、全く関心がない訳ではなかった。時折村にやって来る騎士様を、他の娘等と遠巻きに眺めて胸を高鳴らせる事もあったし、収穫した麦を買い付けに来た仲卸の青年とうっかりぶつかって顔を赤らめた事もあった。
そんな日々を過ごしていたある日の事。14歳になってしばらく経った頃だった。
「ユリア、ちょっといい?」
2つ年上の斜向かいに住む家の3男にそう声を掛けられて、少し離れた丘の上の大木に連れて行かれた。
そこは、若い男女が意中の人を呼び出して想いを伝える場所だった。3男は私を連れて丘の上まで登ると、人里から見えない反対側へと導いて、そこで立ち止まった。
3男は背が高かった。顔の造形も良く、領主の元で剣を習っている事もあってか体付きもガッシリとしていて逞しい。村の女子達からカッコいいと騒がれている1人だった。
その3男が私を見下ろして、何かを言いたげにあちこちに視線を巡らせている。
胸が高鳴った。鼓動が速くなって、心臓が飛び出して来てしまいそうだった。心臓が出て来ないように両手で胸を押さえて、私は3男の言葉を待った。
緊張して瞬きを忘れた。その所為で目が乾き、私は俯いて瞬きを3回した。
「あのさ」
頭上から3男の声が降り注いだ。私は顔を上げて3男を見る。表情が堅い。緊張しているのが分かった。
「受け取って欲しい物があって」
そう言って、3男が懐に手を入れた時だった。
「ユリアちゃん!」
突然だった。突然、本当に突然。私は後ろから両肩を引っ張られて、3男から引き離された。驚いて後ろを向くと、そこには隣の娘がいた。彼女は私と3男の間に無理矢理入り込むと、まるで私を3男から庇うようにして前に立ちはだかった。そして、3男が懐から取り出した物を奪い取ると、一旦目の前に掲げてじっくりと見てから3男の足元に叩き付ける。
それは、綺麗な石の付いたペンダントだった。
「ライサ、何するんだ」
3男はそう言って隣の娘を責めた。そしてしゃがんでペンダントを拾うと、着いてしまった土を丁寧に払う。
彼のそんな様子を見ながら隣の娘は言った。
「そんな使い回し、ユリアちゃんに渡さないでくれる?」
大きな声でそう言うと、隣の娘は私を振り返って、私に言い聞かせるように両肩を掴んで言った。
「ユリアちゃん、こいつはね、さっきモナちゃんに告白して断られたところなの。このペンダントも渡そうとして突き返されたのよ」
モナちゃんと言うのは、私よりひとつ年上の女の子だ。長い髪が綺麗で大人しく、可愛らしい顔立ちの子だった。
「何言ってんだ、やめろよ!」
隣の娘の言葉を妨げるようにして3男が叫んだ。叫んで隣の娘の肩に手を掛けてグッと引く。その手を振り払うと隣の娘は、一度3男を睨み付けてから再び私に向き直り言う。
「ねぇ、この意味分かる?つまりこいつは誰でも良いのよ」
「そんな事ない!」
「そんな事なくない!なら何でフラれたすぐ後にユリアちゃんを呼び出すの?何で突き返されたペンダントを渡そうとするの?あんたなんかと、ユリアちゃんは一緒にならないわ!告白したってね、お断りなんだから!」
そう言い放って振り返ると、隣の娘は私の肩を抱いて家に向かって歩き始めた。
後には、呆然と立ち尽くす3男が残される。
・・・これは、何だ・・・?一体、何が起こったと言うのだ・・・?
「ユリアちゃん、大丈夫?」
そう優しく私の耳元で囁く隣の娘。その、悲しそうな不安そうな表情。そんな顔をされてしまったら、私は言わなければならない。
「うん、大丈夫。・・・ありがとう・・・」
小声で呟いて、そしてグッと両手を握り締めた。そこに込められたのは怒りなのか、悲しみなのか、情けなさなのか、その全部なのか。自分でもよく分からなくなってしまった。
告白されたのは、いや、告白されそうになったのは私なのに、なぜ隣の娘が断るのだ?告白されたなら、私は断るつもりなんて無かったのに。3男の事は素敵だと思っていた。嫌いじゃ無いし、カッコいいとも思っていた。綺麗な石の着いたペンダントも欲しかった。
あれを首に掛けてもらいたかったのに。
体が震えた。手を握っただけでは感情を抑えきれない。体がどんどん冷たくなって行くのを感じた。
その私の震える体を必死にさすってくる隣の娘。
お前なんか、いなければ良かったのに・・・!
そう思いながら、その時の私は目から涙を流した。
その後、3男は別の女の子にそのペンダントを渡した。翌日から本格的に領主の元で兵士となる事が決まっていたらしい。自分が魔物や他領の兵士と戦っている間、無事を祈って欲しいと、そう伝えたらしかった。
あまり話した事は無いが、好ましいと思っていた。いつ大怪我をするか分からない。すぐに死んでしまうかも知れない。それでも良ければ、戻って来た時、結婚を前提として付き合って貰えないだろうか?と。そう告げられたのだと、その女の子は言っていた。
素敵な告白だ。
あの時の3男の手の震えの意味を、目の当たりにしたその時の私は誤解していたのかも知れない。思っていたよりもずっと、重たい意味がこもっていたようだった。
受け手として私は相応しく無かったかも知れない。でも、その女の子よりも、私の方が先にその告白を受け、ペンダントを渡される筈だったのに。
その子の、嬉しそうな、心配そうな顔を見る度に、私はやるせない気持ちになる。
この気持ちを誰にぶつける事もできずに、私は隣の娘と共に、1年後村を出る事になるのだった。




