2、フラストレーション
「船の航行に関わる者、清掃等の雑務をする者等多種多様な業務を行う乗組員がいる中、警備を行う者もいます。過去に、件数は少ないですが船が襲われたり、また魔物が出た事もあります。それなりに腕の立つ者が何人か乗り合わせているのが常ですね」
大部屋に戻ってから、俺はゴーシュとナイルの事を2人に話した。ゴーシュにちょっかいを出された事も嫌だったし気にかかる事ではあったが、それよりもナイルの持っていたデカい斧の方が気になっていた。
「じゃあ、あの2人は雇われた傭兵みたいな感じなのかな」
「恐らくは」
俺の声に、そう言って頷くトール。
通りで。鍛えた体してるなと思ったのだ。
ふーん、と言いながら、俺は2人を思い浮かべる。俺に手を出した事を謝るゴーシュと、ゴーシュを叱るナイル。
「悪い奴等じゃ無さそうだったよ?」
ナイルは普通に強そうだし、しっかりと見回りをしていた様子だった。ゴーシュの方は、もしかしたらまた俺に寄ってくるかも知れないけど、強引にされるとは思えなかった。
「アキラは甘いですよ」
溜め息を吐きながらトールはガクッと肩を落とした。
「まぁ、とにかく休みましょう。ノワ様は具合が悪いので、私とアキラで交代で見張りをします。先にアキラから休んで下さい」
了解。そう頷いて、俺はグッタリしているノワの隣に寝転んだ。
「・・・うー、アキラ、気持ち悪い。寝れない・・・」
寝付いた所でノワに起こされた。俺は眠い目を擦って起き上がる。
「アキラ、私が・・・」
そう言うトールを無視して、俺の肩に捕まり擦り寄るノワ。うー、と唸るノワに俺は「吐きそう?」と聞く。首を左右に振ってノワは言った。
「外行きたい」
と。
窓の外を見ると、雨は弱まり振っているのかいないのか判断が付きにくい位になっていた。
「ちょっと、外の空気吸わせてくるよ。トール休んでて」
トールをその場で休ませてつつ、俺はノワを連れて甲板への出入り口まで移動した。
雨はほぼ上がり、雲も晴れ掛けて所々から星が見えた。月は弱く輝いていて朧。悪くない夜。
空気は湿っているものの冷たくて、頬に気持ち良かった。
壁や床には虫達が何匹か纏ってジッとしている。もう見慣れてあまり気色悪いとは思わなくなっていた。コイツらも雨宿りしたいだけなのだ。
「朝までさ、ここにいても良い?」
力無くそう言うノワの顔は相変わらず青ざめていて辛そう。俺は眠かったけど、その願いを叶えてあげたくて「良いよ」と言った。壁に身を預けてウトウトとするノワを横目に、俺は朝まで朧な月と数少ない星を見続けた。
翌朝、日が昇ると再び雨が強くなり始めた。
「もしかすると、到着までずっと雨かも知れませんね」
そう言うトールから俺は干し肉と団子を受け取った。懐から岩塩の塊を出して、ナイフで削ってそれらに少しずつ掛けて口の中に放り込む。塩分大事。
大部屋の窓際の定位置で、ノワは横になったままで何も食べられなかった。半分神様なので、多分何も食べなくても大丈夫(?)なのだろうが、水も飲まないので少し心配だ。
そして俺は、ほぼ寝ていないのでひたすら眠い。
「アキラも、少し休んで下さい」
トールが言った。
「でも、トールも殆ど寝てないんだろ?」
「私は慣れていますので」
確かにトールは、見た感じ眠そうには見えない。日頃から睡眠時間が少なくても大丈夫なように訓練されているのかも知れないが、船に乗る前日がそもそも徹夜だ(俺もだが)。疲労も溜まっているはずだしみんな辛いのは変わらないはず。
「交代で休むか。どうせ雨で何も出来ないし」
そう言う俺に、トールは少し笑って頷いた。
その時だった。
「おい、あれ」
大部屋の中の誰かがそう言った。見ると1人のおっさんが窓の外を指さしている。
俺とトールは窓の外を見た。というか声が大きかったので、大部屋中の全員が窓に視線を向けていた。
視線の先には船。見覚えのある形のそれは、以前見た時と逆の方向を向いている。
「え・・・」
俺は言葉を失った。船を見ている全員がそうだった。俺と同じく言葉を失っている。
「あ、あれ昨日見たお船だよね?お母さん」
隣の窓の所で子供がそう言った。けれども母親は答えられない。ただただ、窓の外を見詰めるだけ。
それは、昨日俺達が乗っている船とすれ違った、マジール王国産の大型船。すれ違って『真ん中』の国境港に着き、乗客と荷物を降ろして、代わりに新しい乗客と荷物を乗せて、そして出発したであろう船だった。
その船が今、俺達の乗る船の横にいて、そしてこの船を追い越そうとしている。
「おい何だよ。こっちの方が先に出たのに、あっちの方が先に到着するのか?」
「同じ金払ってるのに、ずるいじゃないか!」
叫ぶ様に聞こえる不満の声。
おまけにこっちは虫だらけだ!とも聞こえる。
その不満を、俺は当たり前だと思った。余りにも差があり過ぎる上に抜かれるとか正直有り得ない。流石に酷過ぎる。上がって当然の不満だ。
不満の声は止まず、大きくなり続けて、何人かが操縦室へと駆け込んで行った。
「ちょっと、マズいんじゃないか?」
俺はそう呟いた。
納得いかず苛立つのはよく分かる。だからといって操縦室に行って船長に苦情を言っても、何か改善するとは思えなかった。要求を聞き入れられるでもなく、更に不満が膨れ上がる様子が目に浮かんでしまう。
「ちきしょう!こんな虫なんて死んじまえ!」
誰かがそう言って床を踏み鳴らした。恐らく床にいる虫達を踏み潰しているのだろう。八つ当たりもいい所だ。
踏み鳴らす音が段々と広範囲になっていく。八つ当たりが伝染して行く。それと共に、大部屋に変な臭いが充満し始めた。
「臭!ウッ、オエ・・・」
ノワが臭いにやられてとうとう吐きそうになってしまう。
ああ、もう悪循環過ぎる!
どうにもならなくって俺自身も苛つき始めた時だった。周囲に広がり行く変な臭いの他に、漂い始めるモノが目に映ったのだ。
黒い、モヤ・・・。
「あー・・・ヤバいよ、トール。嫌な予感しかしない」
そう思って、俺は腰に下げた剣の柄に手を掛けた。
その時、甲板の方からデカい音が聞こえて来た。同時に船全体が揺れる。何か重くて大きなモノをぶつけたみたいな感じだった。
ハッとなった瞬間だった。大部屋のあちこちで、何かが盛り上がる様にして膨らんで大きくなる。
途端に響き渡る悲鳴。我先にと逃げ出す足音と、転ぶ音、起き上がれずもがく音。狭い出口に殺到して、邪魔をし合い殴り合う音。罵声、泣き声。
一瞬でパニックが出来上がってしまった。
虫達が、活性化したのだ。
「トール、出口で誘導を・・・」
俺がそう言い掛けた時、出口から喧騒よりも大きな通る声が響いた。
「おい静まれお前ら!」
見ると、出口の所にナイルがいた。
ナイルは小さな女の子を肩の上に担ぎ上げて、そして大部屋の中に向かって大声を張っている。
「順番に出ないと余計時間が掛かるんだよ!落ち着いて前のヤツに続け!それからな、自分の周りにガキがいたら担ぎ上げろ!ガキってのはな、何よりも大事なもんなんだ!潰したら承知しねーぞ!」
とんでもないダミ声で、凄く良いことを言う。第一印象のまま変わらず、やっぱりナイルは良い奴だと思った。
出口に殺到していた乗客達に落ち着きが広がり始めた。押し合わず順々に、前へと続いて進んで行く。所々で小さな子供達が背の高い男性の肩に担ぎ上げられていった。見通しが良くなって嬉しいのか、子供達はみんなキャッキャとはしゃぎ始める。その明るい声の影響でか、人々の刺々しい空気が和んでいった。
「あちらは大丈夫そうですね」
トールが言った。
俺は頷いて、そしてノワを見る。窓に寄り掛かって瀕死だ。とてもだけどこれだけの数の魔物の活性化を解くのは無理そうだ。
「ノワには頼れない。トール、2人で活性化した魔物を倒そう」
頷くトールと共に、俺は魔物に向かって走り出した。
魔物の数は多かった。多い上に、倒しても倒しても次々活性化してしまう。仲間を踏み潰された怨みが強いのかも知れない。
罪悪感はあるが、だからと言ってそのままほっとく訳にもいかない。
迫り来る魔物を斬り捨てる。モヤを出しながら元の大きさに戻る魔物達。右から左から次々襲いかかって来るそいつらを、ひたすら斬り続けた。
数が多過ぎる。そろそろ剣の切れ味が落ちそうだ。
横に目を向ければ、凄いスピードでトールが走り回っている。斬っては走り、走っては斬る。2本の剣で俺の5〜6倍のペースで斬り続けるものの、それでも数は減らなかった。
暫くすると、何とか乗客が全て大部屋から出る事が出来た。そうすると、ナイルも参戦した。
ナイルは凄かった。背負ったデカい斧を振り回し、時には自分ごと回転しながら魔物を切り裂き、飛び上がって全体重と勢いとを掛け合わせて上から強襲する。
「すご・・・」
思わず声を漏らす俺に向かって、「そっちもな」と返して来るナイル。
なんか、良い奴だ。
「他の部屋に魔物は出てない。室内ではここだけだ!」
ナイルは『室内』を強調して言った。と言う事は部屋の外にはいるのだ。
「他はどこにいるんだ?」
俺はそう聞いた。
「甲板に1匹いる。今ゴーシュが相手をしてるんだが、ちとデカい」
さっきの大きな音の正体なのだろう。きっとボス的な奴だ。
早くここを片付けて向かった方が良いのかも知れない。でも、どうやって・・・。
その時、突然ノワが立ち上がったのが見えた。
「あーもう、ほんと、臭いんだけど!」
急に、急にだ。ブチ切れしてそう叫んで、そして突然窓を開けたのだ。
「な、何してんだよノワ!」
開いた窓からは、強い風に煽られて多量の雨が吹き込んでくる。一瞬でびしょ濡れになるノワ。
びしょ濡れでも空気が入れ替わって臭いが飛んだのだろう。顔は晴れやかだった。
一つの窓だけでは気が済まないのか、ノワは隣も、その隣もとどんどん窓を開けて行く。それに連れて吹き込んでくる雨の量が増えていく。
すると、虫達の活性化が止まった。黒いモヤが見えなくなり、そして虫達が窓から離れる様にして逃げ出したのだ。
「そうか、コイツら雨が嫌いなんだ」
そっからは簡単。既に活性化してしまっていた魔物達を倒して、大部屋の中は静かになったのだった。




