18、混合戦に参加するのは
興奮して大声で叫ぶ者、側にいる見知らぬ者と抱き合って喜ぶ者、必死に手を伸ばし花を捧げる者。会場中の熱気が冷めない中で、カンカンカンッと、木と木がぶつかり合う高い音が響き渡った。
熱気はそのままに静寂だけが訪れる。
誰に合図された訳でも無く、そこに居る全員が上を向いた。例のガティの幹部を注視する。
ガティの幹部は立ち上がり、会場を見回して口を開いた。
「今日の最終試合、楽しんで貰えただろうか」
良く通る低い声が響き渡った。
その声に応えるように、会場から「最高だったぜ!」「楽しかったわ!」等の感想を伝える叫びが上がった。それらの声が増えていき再び騒がしくなりそうになると、ガティの幹部が両手で抑える動きをする。会場が静まると、再び口を開いた。
「明日と明後日、2日間、試合は無い。何故だか分かるか?」
会場に向かって問い掛ける。それに答える誰か。
「混合戦の準備だ!」
答えた者の方向を指差して、ガティの幹部は「そうだ!」と声を張った。
「待ちに待った混合戦を、3日後に行う!」
盛り上がる会場。
「混合戦って何?」
ノワがゴーシュに聞いた。
「春と秋、年に2回やる特殊なトーナメント戦だ。剣闘士には今みたいな対人戦をやる剣人士と、魔物や獣と戦う剣魔士と2種類いるんだが、その上位3人ずつと一般参加の剣士2人、合計8人でやるのさ。賞金がデカいもんだから、毎回お祭り騒ぎになる。そうか、それが3日後か」
説明しながら思案顔になるゴーシュ。俺は、そんな物が開催されるのかと思いつつ、もしかしたらそのタイミングを狙っての密輸だったのではないだろうか?と考えた。
多くの人が集まって騒ぎ、注意が隅々まで行き届かなくなる所を狙って、生体兵器のような物が現れたとしたらどうなるか・・・。
考えていると、ガティの幹部が出場者を発表していった。
「剣魔士は、ランキング上位3名がそのまま出場する。つまり、スレイ、ツタ、ゴーランだ」
それを聞いて再び騒ぎ出す観客達。
きっとそのトーナメントでも賭けは行われるのだろう。誰に賭けるか、応援している剣士が出るのか。会場中がその話題で持ちきりになっていった。
「剣人士は、」
ガティの幹部の声がそこで一度途切れる。次の言葉を待ってシンと静まり返る会場。静寂の中、ガティの幹部が続きを言った。
「グレイク」
1人目は、今勝利を収めた『死神グレイク』の名が呼ばれた。ワッと湧き上がる会場。騒ぎが大きくなる前に、2人目が呼び上げられる。
「ワッツ」
知らない名だったが、それを聞いた周囲の観客が少しザワついた。「ワッツは3位だろ?」「ヤンはどうした?飛ばされた?」と小声で囁き合っている。どうやら番狂せがあったようだ。
「そして、」
ガティの幹部は、勿体ぶってそこで言葉を切ると、横を向いてエリスを立たせた。
「あ、あの女。何であんな所にいるんだ?」
青いドレス姿のエリスを見てノワが不機嫌そうにそう言う。
エリスの存在に反応したのはノワだけでは無かった。会場中のほぼ全員が彼女に注目する。
顔しか見えていなかった彼女の体が見えるようになる。くびれたウエスト、大きな胸、ほっそりとした腕。全てが完璧で、いつにも増して綺麗に見える。
「綺麗な人ね」
そんな声が前の方から聞こえた。後方からは生唾を飲み込む音も聞こえてくる。
注目を集めているのを確認した上で、だろう。ガティの幹部は一瞬含む様に笑ってから、エリスの腰に手を回して抱き寄せた。
瞬間俺は、体温が下がるのを感じた。
あんなハゲたオッサンの手がエリスに触れるなんて・・・。近い。離れろ!
そう思って両手を強く握り締める。
そんな俺の思いに構う事なく、ガティの幹部は言った。
「こちらのエリス嬢が今の試合に大変興味を持たれたそうだ。もう一度、今の2人が戦う姿が見たいと。よって、3人目はサルーとする」
その宣言に、観客達は再びザワつき始める。その反応は様々だった。
予想し易いと歓迎する者、不公平だと反対する者。またエロオヤジの我儘かと呆れる者等々。
だが、ここの主であるあの男に逆らう者は居なかった。
ガティの幹部は、エリスの腰を抱きながら続ける。
「今から明日正午迄の間、一般参加者の受付を行う。我こそはと思う者は名乗り出てくれ。優勝者には500万ヤンの賞金と、そして」
一旦言葉を切ってエリスの顔を見るガティの幹部。そして、首を傾げるエリスを見つめながら信じられない事を言い放ったのだ。
「エリス嬢からの口付けを与える」
ワッと湧き上がる会場。その浮足立った喧騒が、遠くから聞こえて来るように感じた。
「何、言ってんだ・・・?」
そう呟いた声は俺の物。けど、自分が発したとは思えない程に遠く聞こえた。
視線の先、遠くの方では、驚いてポカンと口を開けるエリスが見えた。今初めて聞いた、そんな風に見える。そのエリスの耳元で何事かを囁くガティの幹部。エリスはそれに答えるようにして相手の耳元に口を寄せて囁き返した。そしてしばし見詰め合って、2人はそのまま腕を組んで退室して行く。
2人の後ろ姿を、俺は穴が開くほどに見詰めた。
周囲の観客達も2人を目で追っていた。2人、と言うかエリスを見ている人の方が多い気がしてしまう。
何をする事も出来ずに2人を見送る俺。見送りながらも、何度も何度も思い出す。
彼女の大きな胸を。勝者に与えられる唇を。背を向ければ、そのくびれたウエストを。その下の形の良いヒップを。
それを見ていたのは、俺。でも、俺から見えていたものは、周りの人からも見えていた訳だ。
隠したかった。
叶うならば今すぐあのVIP席までワープして、彼女の体に俺の上着を掛けたかった。誰からも見えなくして、あの男の汚い手を外し、代わって俺が彼女の横に立っていたかった。あの細い腰を抱き寄せて、あの耳に囁き掛けるのは、俺が良い。
彼女の声を、耳元で聞きたい・・・。
「アキラ、ねえ聞いてる?」
突然横から声を掛けられた。それはノワの声で、同時に腕を引っ張って来る。
「あ、ああ、うん。・・・ナニ?」
見るとノワは、フードを摘んで少し上げて、俺の顔を覗き込んでくる。細めた目で俺を睨みながら。
「そんなにあの女が気になる?何だか嫌んなっちゃうな」
そう言って頬を膨らませて口を尖らせる。ノワはエリスが絡むと常に不機嫌な気がする。
「ゴメン・・・」
何となく謝って、俺は再びVIP席を見上げた。けれども、もうそこには誰もいない。無人のガランとした空間がただあるだけだ。
「一般参加、しようぜって話」
上を見る俺にゴーシュが言った。
「申し込みをすると、明日の午後から予選が始まるそうです。予選会場では闘技場の関係者と話をする機会もあると思いますので、例の荷物に付いて何か分かるかも知れません」
トールがそう説明してくれた。
成る程、事件解明の取っ掛かりになるって訳だ。それに、4人で参加すればきっと誰かが優勝して、知らない奴へとエリスの口付けを防ぐ事が出来るはずだ。
そう思って、俺は「よし、行こう」と言って歩き出した。
「待て待て、待って!」
進み始める俺の腕を慌てて引いて、そう言いながらノワが止めてきた。
「言っとくけど、僕は参加しないからね」
胸を張ってそう断言するノワ。予想外の言葉に俺は驚いて言った。
「は?何で?4人で参加した方が優勝する確率上がるじゃん」
それに、呆れ顔で応えるノワ。
「優勝?なに?アキラ優勝するつもりなの?」
「別に優勝までしなくても良いのですよ。4人のうち誰か1人でも参加すれば、中に入って関係者と話す事が出来ます」
補足するみたいにトールがそう言う。続けてゴーシュも肩をすくめながら言った。
「あくまでも目的は調査なんだろ?俺も参加はやめとくよ。怪我でもしたらナイルとアンジェに怒られるからな」
俺はビックリして言った。
「そんな。俺ら以外が優勝したら、そいつとエリスがキスしちゃうじゃないか!」
誰だか分からないヤツとエリスがキスする所を一瞬想像してしまって、俺は再び体が冷たくなるのを感じた。
ダメだ。そんな事は絶対に許せない。
俺が力一杯そう言うと、3人は一瞬固まって静かになった。その一瞬の後に3人同時に動き出して、口々に別の事を喋り始める。
「はぁ!?ちょっと、そんなのどうでも良いじゃんか!」
とノワ。
「女の方!?金が欲しいんじゃ無いのか!?」
とゴーシュ。
「確かに、先程のエリスさんには戸惑っている様子がありましたね。無理矢理だったら可哀想かも知れません」
とトール。
4人で目を合わせて黙り込み、結局俺とトールの2人が申し込みをする事にまとまったのだった。




