17、死神の正体
ドラの音が鳴り響くと同時に、グレイクが駆け出した。
単調に前に真っ直ぐ進むだけ。けれどもそのスピードは速い。あっという間にサルーの大きな体の目の前に辿り着いてしまう。
「速い」
トールがそう言った。確かに速い。そのスピードはトールの最速には及ばないながらも結構なスピード。いきなり自身の最速スピードを出したのか、或いはもっと速く動く事が出来るのかは分からない。
「トールさんやアキラの方が速いと思うけど」
目は剣闘士達を追ったままでゴーシュが言った。
「私は加護を使っていますので」
そう言うトールに俺は驚いた。
あの速さは加護だったのか。知らなかった・・・。
「でも彼は加護無しの、自身のスピードです。それであのスピードはなかなか凄いと思います」
そのトールの声を聞きながら、俺は試合を見続けた。
グレイクはサルーの目前まで迫ると、残像を残して消えた。響めく客席を尻目に俺達は4人で上を見る。飛び上がったのを目で追えた者は少ない。サルーを含めて皆んながグレイクの姿を探しているのが分かった。
そんな中、
「サルー、上だ!頭上から来るぞ!」
客席の闘技場に近い位置から、そう叫ぶ声が響いた。それに反応して大剣を上に掲げるサルー。刹那、ガキーンという大きな金属音を響かせて大剣とサーベルがぶつかり合い、火花が飛び散った。
ニヤリと笑うサルー。その頭上でグレイクは苦笑いを浮かべた。
「何アレ、ズルくない?」
ノワが言った。確かにズルい。
「客席に味方を置くヤツや、大穴狙いをするヤツがいるのさ。コレもアリなんだ」
ゴーシュがそう説明してくれた。
「けど、何度もやるとグレイクのファンに潰される」
その言葉の通り、同じ様に残像を残して消えたグレイクの場所を教え続ける客のいる辺りで暴動が起こっていた。そういうヤツが側にいると、見てる方もなかなか大変そう。
グレイクの場所を教えてくれる客がやられると、サルーは何度か攻撃を喰らった。攻撃が決まる度に沸く客席。それに怒りを覚えたのだろう、サルーが残像に向かって突進した。
イノシシみたいに真っ直ぐに。
と、グレイクは空中で身を翻してサルーの背後を取った。そしてそのままサルーの尻を力一杯蹴飛ばして、観客に向けて拳を振り上げる。
「おおー!」
「おい、これって!」
観客が口々に驚きの声を上げながら、さも楽しそうに沸く。
蹴られたサルーが怒気を顕に振り返り、大剣を構えてグレイクを睨んだ。
対峙するグレイクはサーベルを構え向き合う。美しい装飾を施された柄が目立つように高く掲げてマントを翻すポーズをする。
「ははー、間違いねぇ、スレイのコピーだ!」
「いいね!混合戦に向けてのパフォーマンスか!」
観客はみんな一斉に飛び上がって声を張る。周囲の歓声が耳に痛いし、後ろの客が興奮して背中を殴ってきた。
痛い。
まだ勝敗が決まっていないの言うのに、花束や札束が投げ込まれて行く。
「何々?なんか凄いんだけど」
ノワが怯えながらそう言って俺にしがみついてきた。頭上を越えて投げ込まれるプレゼントやら花やらが時折頭にぶつかって来るのだ。俺も肩をすくめて頭を守る。
闘技場の中では、サルーが怒りに顔を真っ赤にしている。まだ終わっていないのに敗者扱いされているのだから怒って当然だろう。
サルーは、雄叫びを上げながらグレイクに襲い掛かった。大剣の剣先がグレイクの胴を狙う。
振りかぶって吸い込まれる様に腹を抉ろうとする大剣をグレイクはサーベルで受けた。そのまま受け流して、なんとサルーの頭に手を当て地面を蹴ってその上で倒立をし、弓形の美しい形を作って、その手でサルーの頭をトンと押して真上に飛び上がった。
最高点に達したグレイクが、加速しながら降りて来る。真下にはサルーの顔面。サーベルの先端を真下に向けて、重力のままに落ちて来る。刃を殺してあるとは言え、この勢いで落ちて来たらば刺さってしまうのではないだろうか。
恐らく、会場中の全員がサルーの無惨な死を想像しただろう。ある者は目を背け、ある者は手で目を覆いギュッと瞼を閉じた。
が、
そうはならなかった。
ガキンッと大きな音が響いたかと思うと、サルーが持っていた筈の大剣が弾き飛ばされ、回転しながら闘技場の角まで飛んで行き柵に刺さって止まった。
呆然と立ち尽くすサルーの背後に、少し距離を置いて降り立つグレイク。空中で一回転してからトンッと軽い音を立てて美しく着地を決めた。
一瞬沈黙が流れた。そしてすぐに歓声が広がる。安堵の吐息とグレイクの名を呼ぶ声と、高音の悲鳴が合わさって混ざり合う。
固まって動けないサルーを一度確認してから、グレイクが上を見上げた。VIP席のハゲたオッサンと目を合わせる。オッサンの横には扇で口元を覆ったエリスが青い花の様に座っていた。
オッサンがグレイクに向かって頷き、親指を立ててから下に向ける。それを確認して、グレイクがサルーに向き直った。
サルーが振り返ってグレイクを見た。2人の目が合った。
瞬間、温度が下がった気がした。
グレイクの放つ気配、と言うのだろうか、雰囲気がガラリと変わったのだ。
まるで今までは遊びだったとでも言うかのように、視線が鋭くなり、構えに無駄が無くなる。
グレイクがサーベルを握り直す。1歩2歩と足を出し、3歩目から駆け出す。
身構えるサルーだが、身構えた時にはもうグレイクが胸元を掴み上げていた。左手でグッと掴み上げた胸倉を引き倒してサルーを前に倒すと、腰を踏み付けて利き手である右腕を掴み上げる。
「痛ててててて!」
悲鳴の様な声を上げるサルーの首、頚動脈の横にサーベルの刃を当ててピタリと静止するグレイク。
そこでドラが鳴った。
勝敗あり、だ。
改めて上がる歓声。投げ込まれる花や金で視界が狭まる。祝福のシャワーの中で、俺はグレイクを凝視してしまった。
この人、強いや。
横では、トールが堅い顔をしている。見ると俺の視線に気付いたのか、俺を見て少し笑う。
「あの方は、どこかで剣術を学んでいますね」
そう言うトール。俺は黙ってその言葉に頷いた。
素人か、騎士や兵士の様に剣術をしっかり学んだ者かの見分けは付くようになっていた。構えや足運びが違うのだ。仕事として、職業としての戦闘か、そうでないか。その差はとても大きい。この世界に来たばかりの時には分からなかったそういう事が、今では簡単に見て取れる。
「剣術は子供の頃から習ってたと思うよ」
ノワが言った。
そう言えば、あの仮面のグレイクを知っているかもと言っていた。
「多分、いや絶対かな。僕、あの人知ってる」
そこまで言うと、ノワは声を顰めて俺達だけに聞こえる小声で言った。
「リグラン。リグラン・ド・マジール。マジール王国、国王セシル8世の弟だよ」




