16、仮面の剣闘士
「シージャック犯の目的地は闘技場。メインストリートの突き当たりの1番デカい建物だ」
道すがらゴーシュがそう言った。
「建物の裏に水路が引いてあって、荷物が運び込めるようになってる。水路入口で小型ボートに乗り換えて、そこで連絡船を破壊する予定だったらしい」
「乗客も道連れのつもりだったの?」
ノワが聞いた。それにゴーシュが頷きながら答える。
「ああ。酷い話だろ?」
「酷い上に粗が多いですね。実際に破壊するとなると、あれだけの大きさです。破壊し切るのは難しいですし、だとすれば多くの乗客が河へ飛び込んで助かる」
トールが言う。助かったらどうなるか、予想は簡単。保護された人達が洗いざらい話す。
「そしたらそこから足が付くよね?すぐ調べられて事件がまるっと明るみに出る」
俺は、トールに続けてそう言った。
すぐにバレるリスクが高過ぎる。なのに何でこんな事しようとしたんだろうか。
そう思っていると、ゴーシュが言った。
「ところがそうならないのがエデン・シティさ」
「どういう事?」
俺は首を傾げながら聞く。
「ねぇアキラ、さっきの馬宿の詐欺師と、ここに来る途中にいた泥棒、あの後どうなったと思う?」
逆にノワにそう聞かれた。
「え、捕まったんじゃ無いの?」
「誰に?」
追い詰められるように聞かれて、俺は口籠ってしまう。
誰に?って、警察とかじゃ・・・。
そう思いながら、俺はあの時の様子を思い出してみる。詐欺師は、本物の係員が取り押さえていたし、泥棒は、被害に遭った女性に引き渡されていた。
それから、どうなったんだ・・・?
『真ん中』では、騎士団所属の騎士か、各領の兵や捜査機関が犯罪者を取り締まっていたと思う。船の上で捕らえたシージャック犯は、マジールに着いてから警察に引き渡すと言っていた。だからマジールには警察がいるんだな、と思った記憶が新しい。
「エデンにも警察はいる。けど、形だけで仕事してないんだわこれが」
ゴーシュが言いながら肩をすくめた。
「じゃあ、どうなったの?」
そう聞くと、ノワとゴーシュが目を合わせる。そして口を開いたのはノワ。
「詐欺師は多分、そこで叱られて終わったかな」
俺は目を見開いて驚いた。
犯罪を犯しても逮捕されないだって?!
「泥棒の方は・・・、ケツ持ちって分かる?」
続くその言葉を聞いて、俺は更に驚く。
ケツ持ちってアレだろ?ヤクザがバックに着いて問題が起こったら解決する代わりに売り上げの何パーセントか取ってくってやつ。8歳児が使う言葉じゃ無い。
「すみません、良く分かりません」
そう言ったのはトール。優等生には関わり合いの無い世界の話だったようだ。
ゴーシュが咳払いをして、声のトーンを落として話し始めた。
「マジールの現国王、セシル8世が即位してから貴族制度が廃止され、身分の差と言うものが無くなったのは知ってるな?」
これに「はい」と答えるトール。
「そっから平民も貴族も万人が等しく庶民になった。とは言え平された訳じゃない。各々の財産はそのままだし、格差は埋まらないままだった」
そう言うゴーシュに続けてノワが言う。
「で、一部の財力のある者達は、その財を使って金融業を立ち上げた。民家の銀行だね。それによって『貸す』側と『借りる』側、線引きされて新しい形のカースト制度が生まれたって感じかな」
「都市部に限った事だがな。それが顕著に現れてるのがエデン・シティ。ここは元々ブリエヌっていう領で没落気味の領主が管理してたんだけど、そこにガティって言う商人の家が乗り込んで来たんだ。デカい銀行作って市民に金を貸しまくって、高い金利で荒稼ぎ。得た利益でカジノを作ってまた金を巻き上げた」
「錬金術ね」
「そうそう。初めての事業には国の規制が無いから、勝ち逃げ決め込んで稼ぎまくりよ」
「酷い話だ」
ノワがテンポ良く合いの手を入れる。
「ってな訳で、現在エデン・シティはガティ家が仕切ってる。ここで出してる店の裏には必ずガティ家がいて、売り上げの何割かを持っていく。代わりに何か問題が有れば解決して貰える、そういう仕組みだ。警察なんぞ入る隙間は無いのさ」
「捕まえた泥棒はガティ家に引き渡して処理して貰える?」
俺がそう言うと、ノワが「そうそう」と言って頷いた。
「船を盗んで荷物を運んで乗客ごと爆破しても、無かったことになる?」
これにはゴーシュが「そういう事」と言って頷いた。
「まぁ実際には派閥とかあって、単純では無いんだろうが。とりあえず見てみようや、着いたぞ」
ゴーシュが顎で示した。闘技場が目の前だった。
「本日最終戦『死神グレイク』対『火竜サルー』、もうすぐ締めるよ!」
「情報誌は要らんかー!過去3週分の対戦結果と裏情報満載だよ!」
スポーツの競技場みたいな門を入ると、中は色んな声で溢れていた。騒がしい。
「凄い熱気だねー」
ノワが楽しそうに言って周囲をキョロキョロ見ている。
「人生賭けてるヤツもいるから、目立つ事して問題起こすなよ」
はしゃいでるノワにゴーシュが注意をする。が、言われた側から余所見をして通行人にぶつかった。
「ってーな!おい小僧!」
「ひぇえ!」
怒鳴られて縮こまるノワの首根っこを、俺は慌てて掴んで引き寄せた。
「すいません、コイツ初めてで浮かれてるんスよ。言い聞かせますんで許してやって下さい」
ゴーシュが間に入って謝ってくれる。
「ったく、気を付けろよな!」
通行人はそう言い捨てて去って行った。
「怖いオッサン多いから、冗談抜きで気を付けてね」
「うぅ、はい・・・」
猫みたいに首根っこを掴まれたままで項垂れるノワ。こういう所は8歳児だ。
「ねぇ、賭けたい」
掴まれながらそう言うノワ。
「やめとけ。グレイク戦は倍率が低過ぎるから殆ど稼げん」
「そうなんだ」
ゴーシュの説明にそう答えながら、ずいぶんと詳しいなと思った。
「慣れてますね」
同じ様に思ったのだろう、横でトールがそう言う。
「まぁね。つーかヤツだけは有名なんだよ。負け知らずの強者だから」
その時、鐘の音が響き渡った。
「お、始まるぞ」
周囲の人達が同じ方向に移動し始める。
「俺らも行こう」
ゴーシュに続いて、俺達も人波に乗って移動した。
すり鉢状の会場はほぼ満員。一応腰掛けられるように板を並べただけのベンチが用意してあったが、誰も座ってはいなかった。みんな立ち上がって身を乗り出し、手を挙げて口々に叫んでいる。
「倍率低いのに凄い熱気」
ノワが言う。
確かに。大金が賭かっているのなら分かるが、大した利益も無いのにこんなに盛り上がるというのが不思議に感じる。
「みんな、グレイクを観に来てるんだ。強いヤツが敵をこてんぱんにやっつけるのは、見てて爽快なのさ。金なんて賭けなくても十分興奮する」
格闘技を観る感覚なのだろう。そう思うと、周りの人達の熱気も理解出来た。たとえ賭けていなくても試合が楽しみになってくる。
「ルールはあるんですか?」
トールが聞いた。
「武器は自由だが、刃は落としてある。急所に刃を当て行動の自由を奪うか、相手を気絶させれば勝ちだ。後は最上階に一応審判がいる」
ゴーシュが言って、すり鉢状の客席の上部を見上げる。視線の先にはVIP席みたいなゾーンがあって、中央にある豪華な椅子にハゲたオッサンが座っていた。
「ガティの幹部だ。この闘技場はアイツが仕切ってる。アイツが止めれば試合はそこまで。勝敗もアイツが決める」
「って事は、アイツが荷物の受取人?」
俺はその爺さんを見ながら言った。
「その可能性は高いな」
答えるゴーシュ。
見ていると、オッサンが横から声を掛けられて立ち上がるのが見えた。
突然、会場がワッと沸いた。中央の闘技場の左のゲートから男が登場したのだ。
みんなが中央に注目する中で、俺は何だか気になってそのオッサンを見続けた。
すると、オッサンの視線の先、VIP席の入り口から入ってくる人影が見える。
目に鮮やかなマリンブルーのドレスを身に纏った女性。気の強そうな眉の上で一直線に前髪を切り揃えた特徴的な髪型。
「エリス・・・!」
思わずそう声を上げた俺だったが、その声は周囲の歓声にかき消されてしまった。
横や背後から腕を振り上げて興奮する観客達の勢いに飲まれて転びそうになる。同じ様に転びそうになっていたノワと支え合いながら耐えた。
「余所見してると危ないよ」
ノワが俺にそう言った。自分も転びそうになっていたのに、だ。
「ノワも、な」
お互い様だろ、と目で訴えながらそう言った。
視線を戻すと、エリスはオッサンの横に座ってオペラグラスを手渡されて中央を見ていた。しきりに話し掛けるオッサンの言葉に相槌を打ちながら時々目を合わせて笑い合っている。
その楽しそうな様子に俺は苛立ちを感じ、チッと舌打ちをして視線を逸らし、中央に視線を戻した。
浅黒い肌に金髪、顔の真ん中に派手な傷のある大男。大振りな両刃の剣を構える、いかにもな剣闘士が姿を現した所だった。
「挑戦者、『火竜サルー』!」
名をコールされると、場内にブーイングの嵐が吹き荒れる。
「うわ、人気無い」
ノワが哀れんだ。
が、次の瞬間、歓喜の声が沸き上がった。反対側、右のゲートからもう1人別の男が登場したのだ。
ノワみたいな黒いマントで頭から覆われていて顔は見えない。
「グレイク!グレイク!」
会場中がグレイクの名を呼び始める。踏み鳴らす足音とその声が同調して、ひとつの大きなうねりとなった。
「王者、『死神グレイク』!」
名をコールされると、グレイクは片腕を挙げた。青みを帯びた黒髪に白い肌。シュッとした長身の全貌が払われた黒いマントの中から現れる。
その顔には、鼻まで隠れる仮面が付けられていた。
腰元に覗くのは細身の剣。鞘先が地面スレスレを移動する程に剣身が長い。高身長で手脚も長いから、そのリーチの長さは驚異的だ。
「何だか雰囲気がノワに似てるな」
盛り上がりを見せる会場の熱気の中、俺はそう言ってノワを見た。黒髪に色白、マントで身を覆っている所がそっくりだった。
おまけに『死神』だ。
「・・・リー・・・?」
視線の先でノワがそう呟いた。その表情は驚きに満ちていて、俺の声なんて聞こえていないみたいだった。
「え?何?どした?」
不思議に思ってそう聞いた俺の腕をノワがギュッと握ってきた。
「僕、あの人知ってるかも。でも、何で・・・?」
そのノワの声を打ち消すようにして、ドラを打つ音が鳴り響いた。
試合が、始まる。




