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どうせ異世界に来るのならもっと勉強しておけば良かったよ  作者: まゐ


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15/25

15、危険な街

 welcome to Eden city!!


 そう書かれた派手な看板が見えた時、俺は目を疑った。


「英語・・・」


 その文字は俺の知っている言語、英語に他ならない。


「英語もあれば他にも色々あるよ。勿論日本語も。マジールは転生者万歳だからね。文明を吸い上げて都市部はほぼ日本」


 ノワが横でそう説明してくれる。


「そう、なのか・・・」


 そう答えつつ、目でその看板の先に目を凝らす。


 街、いや市なのか。よく分からないが、その風景は確かに今迄見て来た『真ん中』のものとは違っていた。きちんと舗装された道、両脇に並ぶ商店は全て立派な構えで扱う商品のクオリティも高い。


「人も多いですね」


 トールが言った。


 言われた通り、道行く人の数は多かった。それも何か目的があって歩くのではなく、ブラブラと彷徨うような感じ。


 何と言うか、今迄に見て来た人達は、もっと生きる事に必死で、必要な事を済ませる為に頑張って歩いていたように感じられた。


 比べてこの街には、必死さが無くどことなく脱力感が漂っているように見える。


「トールも初めて?」


 俺は横にいるトールに聞いた。


「はい。マジールには一度来た事がありますが、港から王都への道と、王城と城下町しか行った事が有りません。エデン・シティは初めてです」


 聞いた俺に、トールは周囲に視線を配りながら答えた。その視線には緊張が見られる。初めての土地に浮かれている感じは無い。どちらかと言うと警戒心MAXだ。


 男女比は半々くらいだろうか。下は20代中盤から、上は50代前半くらいまで。老人と子供の姿は無い。表情は無気力半分、昂揚半分。その人々の妙な偏りから、前の世界の観光地とは違った印象を得る。何と無く、直視を憚られる雰囲気があった。


「金と愛憎の街だよ、ここは」


 ゴーシュが前を向いたままそう言った。


「成功と破滅が隣り合わせの、危険で魅力的な街さ」


 続けてジャッキーが言った。


 馬を進めて街に入る。外壁も無く、ただ派手なゲートがあるだけの入り口。


 そのゲートを潜り抜けると、ハッキリと空気が変わった。


 酒とタバコの匂いがする。屋外なのに埃臭くて鉄臭く、消毒液みたいな匂いもした。


 俺は思わず手で鼻を覆った。


「そうそう、この匂い。大丈夫、半日で慣れる」


 言いながらゴーシュが慣れた感じで先に進んだ。少し行った所に馬宿があり、前で待ち構えるように立つ係員に一瞬目を細めて、そして苦笑いをしながら借りた馬を返した。


「ようこそエデンへ。運命の女神があなたに微笑み掛けますように」


 係員はそう言って手綱を受け取る。


 俺は、ゴーシュが何でそんな顔したのか気になった。それと、運命の女神という言葉にも引っ掛かる。


 不思議に思って係員の顔を見た。これと言って特徴の無い顔立ちの男と目が合うと、笑顔を返された。


「そういう神様がいるわけじゃ無いよ?」


 俺の肩に手と顎を乗せながらノワがそう言ってきた。


「good luckって意味」


 幸運を祈られた訳か。


「街全体がカジノみたいなもんなんだよ」


「競馬、闘技場、カード、ゲームで賭けたり賭けられたり。賞金貰えるのもある」


 付け加える様にしてジャッキーが言った。


「上手く行けば一晩で億万長者だ」


 成る程、それで金と愛憎、成功と破滅か。


「稼いだ金を使う店も揃ってるし、宿泊施設もピンからキリまで」


 聞きながら俺は、改めて街を見回した。通り過ぎて行く人々の表情の理由が分かった。単純に勝って喜んでる人と、負けてガッカリしてる人が入り混じっているのだ。


 懐事情の暖かい人を呼び込もうとする客引きの声が響く。昼過ぎで明るいというのに、何故だかいかがわしいものを見ている気分になってしまう。


「1200ヤンになります」


 係員がそう言った。ヤンというのは、マジールの通貨の単位だった。それを聞いてトールが財布を取り出した。トールは俺達の財布だ。


 その様子を見ながら、俺は「あれ?」と思った。


 馬を借りる時に利用料は払ったのではなかっただろうか。決まった時間を過ぎたら追加料金が発生すると言うのなら分かるが、借りてから半日程度しか経っていない。


 そう思って俺は聞いた。


「ねえ、何の料金?」


 俺の声を聞いて、ゴーシュとジャッキー、そしてノワが目を合わせて笑った。笑った顔のままノールックで係員の手首を取り、背中側で捻りあげるゴーシュ。


「あいたたたたた!」


 悲鳴を上げて苦しみ出す係員。それを見ながらジャッキーが馬宿の中に向かって大きめの声を掛ける。


「おい、詐欺られてるぞ」


 それに反応して中から2人、同じ装いの男が駆け出して来た。口元にソースやら飯粒が付いている所を見ると食事中だったらしい。


「あ、こいつまた!」


「お前何度もしつこいんだよ!」


 出て来た男達は口々にそう言いながら、ゴーシュが締め上げる係員の()()をした男を受け取り、代わって締め上げながら言った。


「すいません。こいつ、エデンに慣れてない客からここで係員のフリして手数料を騙し取る常習犯なんスよ。お客さん達が気付いてくれて良かった」


 本物の係員が偽物を締め上げる様子を見ながら、ノワがトールの肩を背後から叩いて言った。


「はい雷神不合格。こんな感じで、この街にはカモを待ち構える犯罪者が普通にいーっぱいいるからね。気を付けるんだよー」


 直立不動で目を丸くしたトールは、開き掛けた財布を持ったまま固まって何も言えなくなっていた。


「アキラは合格。()()()育ちはやっぱりしっかりしてるね」


 そう言って俺を見てニッと笑うノワ。


「財布アキラが持った方がいんじゃないの?」


 ゴーシュがトールの傷を抉るように言った。


 いやいや・・・。


 俺は苦笑いを浮かべて乾いた笑い声を上げる事しか出来なかった。


 エデンは、危険な街だ。


「じゃあ、洗礼を受けた所で俺は行くよ。日が高いうちにひと釣りして来る。宿はマヤの所で良いな」


 そう言って、ジャッキーは今潜ったばかりのゲートから出て行ってしまった。


 見送りながら「マヤの所って?」と俺はノワに聞く。聞かれたノワはそのまま視線をゴーシュに向けて、ゴーシュが答えてくれた。


「この街で1番古くて1番デカい宿さ」


 そう言って、先陣を切って歩き始める。それに続くノワは「ゴーシュは慣れてるね、もしやギャンブラー?」と聞いていた。


「マジールに船が停泊してるうちにちょくちょくね。俺はこの街の雰囲気が好きなんだよ」


「生まれは『真ん中』でしょ?」


「ああ。『真ん中』生まれの『真ん中』育ちよ?」


 そんな2人の会話が遠ざかって行く。


 俺も着いて行こうと一歩を踏み出して、ふとトールを振り返った。


 見ると、財布を持ったままの姿勢で固まったままだ。


 ・・・。


 大分ショックが大きいらしい。


 俺はトールの所まで引き返して、トールの手を取り、財布を閉めさせて懐に仕舞わせた。


「・・・私は・・・」


 前を見たままでトールが言った。


「ん?」


 聞き返す俺。


「いえっ」


 言い掛けた言葉を飲み込むトール。下を向いて一瞬両手を握り締めて、そして顔を上げた時にはもういつものトールだった。


「行きましょう」


 言いながら俺を見る目は、優しいいつものトール。


 『悪い』事を知らない田舎者・・・。


 ふとその言葉が頭に浮かんだ。


 それは、この世界で出会った『転生者』の少女の言葉。彼女は『真ん中』の国民性をそう表していた。


 トールと一緒に先行く2人を追いながら、俺は考えてしまう。


 生きる事に必死な『真ん中』の国民達。する事、すべき事がハッキリしていて、迷い無く日々を真っ当に生きている。ある者は親の後を継ぎ、ある者は欠員を補う職に着く。決まったレールの上を間違う事無く進んで行けば、何一つ困る事はない。


 けれども。


 彼等は、知らないのではないだろうか。


 自分の中にある『可能性』を。


 もっと便利で、もっと楽しい事があるという事を。


「誰か!そいつ捕まえて!泥棒だよ!」


 突然、女性の甲高い声が響き渡った。


 周囲の人がざわめき始める。そのざわめきの中、人を掻き分けてこちらへと掛けて来る者がいた。俺と同じくらいの歳の少年だ。


 胸に抱えた汚れた袋から、キラリと輝く何かが見える。アクセサリーか、それとも真新しい硬貨か。


 少年は、人垣から出て来た足に躓いてその場に倒れ込む。バッと現れた屈強な男達に取り押さえられ、観念したのか袋を投げ出した。顔を上げる。その目が俺を見た。


 感情の無い、濁った目。


 少年は立たされて、甲高い声を上げた女性の元へと引き立てられる。拾われた袋が女性に渡ると、女性はその中から硬貨を取り出し、袋を渡してくれた人と少年を捕らえた人に数枚渡して少年を受け取った。


 騒然となった人通りが、すぐさま元通りの状態に戻る。


 何事も無かったみたいに。


 きっと、これがこの街の日常なんだ。呼吸するみたいに犯罪が起こり、解決する。その繰り返し。


 成功と破滅。その極端さ。


 『真ん中』の国民は、あんな濁った目はしていない。破滅も滅多に無い。


 代わりに、成功を知らない。


 どちらが、良いのだろうか・・・。


「おーい」


 ノワが振り返って呼びかけて来るのが見えた。


 それに手を挙げて答えながら、俺は考え続けた。

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