14、2人の王者
熱気を帯びた闘技場の中で、スレイが華麗に身を翻すと、その残像の中に牛のような魔物が突進する。イノシシのように真っ直ぐに進んで行く魔物の背後を取ると、スレイはその尻を力一杯蹴飛ばして、観客に向けて拳を振り上げた。
湧き上がる観客。お決まりのパフォーマンスだ。
蹴られた魔物が怒気を顕に振り返り、角を光らせて前脚で地面を蹴り、背を丸くして体のバネを縮めた。
急突進の構え。
対峙するスレイはサーベルを構えた。
本来なら重量系の敵の場合はもっと太い両刃の剣の方が良いのだが、細身で少し湾曲したこの剣がスレイのトレードマークなのだ。通常よりも長いストラップで地面を引き摺るギリギリの長さの鞘から剣を抜き取ると、美しい装飾を施された柄が目立つように高く掲げてマントを翻す。
スレイが1番美しく見えるポージング。
観客は今日1番の盛り上がりを見せた。勝負が決まる前から全員総立ちで拍手喝采。四方八方から投げ込まれる花束や札束。
その煌びやかな様子に、魔物が余計に興奮した。
魔物は、目を光らせ、唾液を滴らせながらスレイに襲い掛かる。鋭い角がスレイの腹を狙って真っ直ぐな線を描いた。顎を引き勢いを付けて威嚇しつつ睨み上げて下から突き上げる。
急突進だ。
その急突進の角を、スレイは剣で受けた。受けつつ上手く流して、角と角の間に左手を着いて地面を蹴る。倒立するように一度魔物の頭の上で弓形になると、トスするようにトンと押し出して真上に飛び上がり、そしてそのまま自身の全体重を乗せて魔物の首に剣を突き立てた。
途端に苦しみ出す魔物。激しく首を振って暴れながら、最後の断末魔を響き渡らせてた。前進していた前脚は折れて地面をスライドし、やがて失速して止まる。
上手く急所を付いたのだろう。出血は少なく、且つ派手に土煙を上げてドシンと魔物は倒れた。
途切れる事なく沸き続ける観客の喝采に、ファンの女性達のスレイを呼ぶ悲鳴じみた声が沢山混ざっている。
スレイはそのまま空中で一回転してから美しく着地して、客席に笑顔を振り撒いて手を振った。
ほぼ完璧だ。
ほ・ぼ。
ゲートで一度振り返って、観客に礼をしてから俺の前まで戻って来るスレイ。
立ち止まってニッと笑うが、腕を組んで無表情の俺を見て笑みが苦笑いに変わった。
「体が重そうだな・・・」
俺は硬い声でそう言った。
蹴り上げた後宙に舞う体の動きが重かった。移動の速度もいつもよりも鈍くキレが無い。
「いや、そんな事は・・・」
視線を逸らして頭を掻くスレイ。
「何食った?」
回りくどい事は面倒だ。俺はダイレクトに聞く。
スレイは一瞬詰まるが、下手な誤魔化しが通用しないと察して観念する。
「昨日母ちゃんが来て・・・」
「サチさん来てたな、俺も会った。それで?」
サチさんというのはスレイの母親の名前だ。息子を溺愛しており、親友である俺にも良くしてくれる。
彼女は確かに昨日フラッとやって来て、挨拶をして行った。手土産に庭で取れたという柑橘類を渡してくれたが、もしやその後スレイに何かを渡したのだろうか。
そう考えている俺の耳に、信じられない単語が飛び込んで来た。
「・・・カツ丼」
「!」
スレイの発したその信じられない単語に、俺は卒倒しそうになってしまう。
『カツ丼』などという塩・糖・脂揃ったカロリー爆弾を、大事なシーズン中に口に入れるという暴挙を行ったのか、コイツは。
「バカか!」
急激な体重の増加は、感覚が鈍って大怪我に繋がる可能性がある。だからシーズン前から終了までの間の食事は完全に管理しているのだ。
これからすぐに増えた体重を戻し、また体力を落とさない為の食事とトレーニングのメニューを考え直さなければならない。その事実に、俺は頭を抱え込みたい気分になった。
ガクッと肩を落とし落ち込む俺を見て、スレイは申し訳無さそうに顔を覗き込んで来る。
「ゴメン。腹減ってるか?て聞かれて、正直に減ってるって答えたら買って来てくれたんだ。「これ好きよね?」って。分かってたんだ、食べちゃいけないって。でも、母ちゃんが俺の為に買って来てくれたって思ったら、断れなくて・・・」
スレイは強い。強くて見た目も良くて、剣闘士として完璧な逸材だった。
けれども・・・。
意思が弱い。
そして頭も弱い。
「タクト、怒ってる?」
盛大にため息を吐く俺に向かってスレイがそう言った時だった。
「おい、終わったんなら道をあけろ。邪魔だ」
背後からそう怒鳴られた。振り向くと、そこには傷だらけの鍛え上げられたデカい体。次の剣闘士のツタだった。
肩に巨大な両手剣を担いだ姿は勇ましい。仲間ならばこれ程頼もしい存在は居ないだろう。
仲間ならば、だ。
残念ながら、ツタはライバルだった。
俺はスレイを連れて通路の脇にズレて道を譲る。声は掛けない。無言でガンを飛ばしながら。
連れられたスレイはツタに軽く会釈をした。謙虚な様子に内心舌打ちをする。他人に変に気を使い過ぎるのもスレイの良くない点だ。王者なのだからもっとドンと構えてもらいたい。
すれ違い様に、ツタは俺を見下したように鼻を鳴らして、そして言った。
「寄生者が」
カチンと来るが、顔を引き攣らせるだけで耐えた。
が、スレイが過剰に反応した。俺は、向かって行こうとするスレイの腕を掴んで止める。耳元で「よせ」と呟くと、壁際に唾を吐いて大人しくなった。
体重管理も大変だが、喧嘩の後始末はもっと厄介だ。
ツタが闘技場に出ると、会場の熱気が再び沸騰する。ゲートが閉まって次の試合が始まった。
「行くぞ」
俺は呟いて、闘技場に背を向けて歩き出した。
楽園の剣闘士には2種類あった。スレイやツタの様に魔物を相手に戦う闘魔士と、対人戦を専門とする闘人士だ。
闘魔士の戦いは大抵闘人士の試合の前座として行われるのだが、その戦いの見栄えの良さやパフォーマンスの難易度、観客の人気によってランク分けされていた。スレイもツタも最高位にランクされていて、中でも現在スレイがナンバーワンの王者だ。
大概はツタのように個人で登録しているが、少数だが、俺とスレイのようにトレーナー、もしくはマネージャーが連名で登録している場合もある。その場合の賞金は2人で折半になるのだが、個人で登録している者から見ると、戦わない方が賞金泥棒に見えるらしい。
そのせいで「寄生者」やら「脛齧り」やらと揶揄される事が多かった。
「あいつ、いつもタクトに喧嘩売ってくるのな。腹立つ」
「良いよ、言わせとけ。気にするな」
いちいち相手にしていたらキリが無い。
「そんな事よりも、今は大事な時だ。混合戦に向けて調整を間に合わせる事を考えろ」
スレイにそう言って、俺は頭を回転させた。
混合戦は3日後に行われる、闘人士と闘魔士の上位3名ずつ、そして一般参加の上位2名がトップを目指すトーナメントだった。年2回、春季と秋季に行われる恒例のイベントで、年間を通して賞金が最も高い。
このまま行けば、出場は堅い。が、優勝出来るかどうかは微妙な所だ。
出場が見込まれる闘魔士の他2人と、闘人士の2人は恐らく問題無い。ツタも出るだろうが、前回当たって勝利を収めてからこれといった変化は見られないのだから心配はしていなかった。ヤツはパワー系で、スレイのスピードには着いて来れないのだからハッキリ言って相手にならないのだ。
問題は、何が出て来るか未知の一般参加2名。それと闘人士の現ナンバーワンの王者、クレイグ。
グレイクはスレイと同じスピード系で、使う武器も同じ華のある剣闘士だ。ファンの数も多く、ぶつかる事になれば人気は2分され、会場を味方に付ける事も出来ないだろう。完全な実力勝負になるに違い無く、俺としても手を抜く事は出来なかった。
そんな時期にカツ丼とか、勘弁して欲しい。
今日の最終が、そのグレイクの試合だった。視察の為2人で観戦しようと思っていたのだが、スレイにはトレーニングをしていてもらった方が良さそうだった。
サボると洒落にならないから俺も付き合うしかないな。
そう思って、俺は特大の溜め息を吐いた。




