13、楽園へ
シージャック犯達が運ぼうとしていた荷物は、一辺が1mくらいの木箱だった。蓋を開けると大量の大鋸屑が詰まっていて、それを漁ると古紙で包まれた人の頭位の大きさの物体が出て来た。その数全部で12個、それが全て。
その物体が一体何だったかと言うと、ハッキリした事は誰にも分からなかった。
ただ、トールだけには思い当たる事があったらしく「もしかしたら」と話し始めた。
「先程倒した生体兵器ですが、未使用の状態だとこれに近い形をしています。発芽剤を注入する事で発芽するのですが、コレもそのような物かも知れません」
「発芽剤?」
「はい。生体兵器はこのような種床の状態で運び、戦場で発芽剤を注入して戦わせます」
成る程。確かにあんな魔物の状態で移動させるのは難しそうだ。
「実用化されたのはレニアシリーズだけでしたが、他にも多く試作品が制作されていた筈です。表には出回っていませんが、それらが秘密裏に流通しているのかも知れません。そもそもレニアシリーズ自体も使用流通が禁止されている物です」
「それでシージャックして密輸か」
トールの話に頷きながらゴーシュが言った。それに続けてナイルが言う。
「だったら作り手は『真ん中』、買い手がマジールだな。おい、船を乗っ取って犯人は何処を目指してたんだ?」
「目的地は楽園っす」
乗組員の1人がそう答えた。
「楽園?」
地名なのかどうなのか分からず俺は聞いた。それに答えたのはゴーシュ。
「娯楽の都、エデン・シティさ」
「エデンには闘技場があるの。獰猛な獣と人を戦わせて賭けたりする所もあるから高値で売れそう」
追加の説明をアンジェがしてくれた。
「悪いお金の匂いがプンプンするね」
ノワが言いながら口を尖らせる。
「取り敢えず、『真ん中』の騎士団とマジールの警察に通報だ。物はこのままマジール側で引き取って詳しく捜査して貰おう。それで良いな」
ナイルの言葉に、そこにいる全員が頷いた。
「アキラ、我々はどうしますか?」
トールが聞いてくる。
当然、このままにする訳には行かない。
「せっかくマジールに来たんだ。その密輸品の届け先に行って、俺達なりに調べたい」
言った俺にノワが頷いた。
「だったら俺も一緒に行くよ。案内出来る人間がいた方が良いだろ?」
間髪入れずにゴーシュがそう言って挙手する。
それを聞いて、トールがゴーシュを睨んだ。睨まれてもゴーシュは鼻で笑って受け流す。
俺は仲悪いなぁ、と思いつつ苦笑いをした。
その時、アンジェもゴーシュの横で手を上げる。
「え?じゃあ私も行くよ!」
「何言ってんだよ。2人も抜けたら船の警備が疎かになるだろ?お前は残れ」
ゴーシュに即止められるアンジェ。「えー!」と不満そうな声を上げるが、聞き入れてはもらえなそうだ。
その時、下の方から声が聞こえて来た。
「アンジェは仕事を頑張れ。代わりに俺が行こう」
見ると、そこには茶色いモコモコ。ジャッキーだ。
「えっ!」
驚いて声を上げた俺を見るジャッキー。さすらいの釣り師、自由人(?)の彼(?)を止める者はそこには居ない。
「エデンには大きな湖がある。そこで釣るのも良いしな」
1人納得して頷くぬいぐるみ。「よろしくな」と出された手を、思わず握って握手してしまった。モコモコの中に冷たい感触があるのは肉球だろうか。
握手する俺の手にノワの手が掛けられた。やんわりと外されて、ノワはジャッキーの手を両手で包み込むように握った。
「柔らかい・・・」
そう呟いたかと思うと、パッと手を離してジャッキーに抱き付く。
「うわぁ」
「モコモコ・・・」
驚くジャッキーをギュッとし、目を閉じて顔を擦り寄せるノワは幸せそうに見えた。
結局俺達は、ゴーシュとジャッキーを加えた5人(4人と1匹?1体?)でエデンに行く事になった。
移動手段は、バスのように決まったルートを巡回する相乗りの馬車か、レンタルサイクルのようにステーションで借りる馬の2択。俺達は馬を借りる事にした。
馬車はいいが、借馬の方は返さずそのままパクる人がいないのか?と心配になったのだが、それが出来ない仕組みがちゃんとあるのだと言う。
「首にチョーカーが付いてるだろ?これで馬の居場所が分かるんだ。時間になっても帰って来ない場合にはお迎えが来るんだよ」
ゴーシュがそう説明してくれる。
GPSみたいな物だろうか。見た感じ普通の革製品。ベルトみたいにバックルで貯めてあるだけなので簡単に取れてしまいそうだけど。
「勝手に外そうとすると警報が鳴ります。馬が驚き暴れて危険ですので、決して外そうとはしないで下さいね」
思っていると貸し出しの係の人がそう言って笑った。
「へぇー・・・」
俺は感心して、借りた馬の、そのチョーカーが付いた首を軽く叩いた。答えるように鼻を鳴らす馬は機嫌が良さそうだった。
『真ん中』では近衛騎士のトールが一緒にいたから、騎士団の馬を借り放題だった。どの街や村でも馬番が駐在しており、そこで好きに貸し借りが可能だった。
けれども『真ん中』の民間の人(平民?)達が馬に乗る場合は、自分で飼うか知り合いに借りるしか無い。その所為か騎士や兵以外で馬に乗る人は見なかったし、強いて言えばナバラ領で領主の奥さんと娘のマージュが馬車に乗っているのを見たくらいだった。
比べると、マジールは移動手段が発展している。効率よく人が動ける仕組みが出来上がっている。
道の舗装も、色んな形の石を敷き詰めただけの『真ん中』とは違って、サイズの同じレンガを等間隔で並べてある。なので歩きやすいし、排水溝もあるから水捌けも良く、悪天候の日も困らないだろう。
それに、道の脇には等間隔に街灯がある。最初、一つ一つに火を灯して回るのかと思ったのだが、コードが引かれて地中に潜っている所を見るにガス灯か、或いは電気が通っているのかも知れない(『真ん中』にはガスも電気も無かった)。
道行く人の服装も、『真ん中』のように布を巻き付けた感じでは無くて、それぞれが好きなデザインの規制の服を選んで買っている事が分かる。カラフルだしオシャレだ。建物も煉瓦造りだったり漆喰だったり、どうしても生活レベルの差を感じてしまう。
「なんか、都会だな」
俺は言葉を選んでそう言った。選びはしたが、どう言っても『真ん中』を低く言ってしまう事には変わりは無い。
「エデンはもっと凄いんだぜ」
得意げに言うゴーシュ。
「へぇ、見るのが楽しみだ」
俺以外は、全員マジールに来た事があるらしく、新鮮な反応を見て楽しんでいる様子が伺えた。
俺自身は決して田舎者では無いと思うのだが、何となく悔しく思って苦笑いを浮かべてしまう。そして、2国間の発展の差とその原因を思って、複雑な心境になってしまうのだった。
「南の方には割と多くいるんだ」
ノワが乗る馬に抱き抱えられるようにして相乗りするジャッキーは、そう説明し始めた。
ノワはジャッキーが気に入ったらしく、ずっと離そうとしない。なのでそのまま一緒に移動してもらうことになった(ジャッキーもそういうのに慣れているらしく、嫌がる様子はなかった)。
「『獣人族』と呼ばれている。俺達はお前達の方を『無毛族』と呼んでいるがな」
『獣人族』なんてファンタジーな言葉が飛び出してきて俺はちょっと驚いた。
「大体みんな、南の方から出てくる事は無いよな。ジャッキー以外の『獣人族』を他の国で見掛ける事無いし」
ゴーシュが言って、ノワが頷きながら言う。
「僕、こんな可愛い生き物初めて見たよ。家に持って帰る」
「やめてくれ」
拒絶されても「えー」と言いながら毛に顔を埋めるノワ。
「基本的に『獣人族』は寒がりだから温暖な南の国から出て来ようとはしないのさ。出歩いてるのは俺くらいだ」
南の方が温かいなんて、向こうの世界の北半球みたいだ。それに毛が生えてるのに寒がりなんて、ギャップが凄い。
そんな事を考えた時、ふと思い付いた。
「世界中を釣り歩いてるって事は、あちこち見てるんだよな?」
「ああ。ひと通り行ける所は大体行ったぞ。まだ行った事が無いのは、行くのが困難な端っこの方だけだな。極北、極東、極西とか。機会があったら行きたいとは思っている」
「なら、各地の魔物の様子に変化があるか分かる?」
広い範囲を移動しているのならば、この世界の変化について詳しく知っているかもしれない。それを聞く事が出来るなら、これから向かうべき場所の目星が付きそうだ。
「魔王の復活で活性化しているという噂があるな」
「そうそう。それについて俺達調べてるんだけど、実際どうなのかな?と思って」
「ふむ。活性化は以前からちょくちょく起こっているのを見聞きするが、近年それが増えたという印象は無い」
思ってたのと違う答えが返って来て、俺を含め皆んなが一瞬シンとなった。
「そう、なの?」
ノワが埋めた顔を引いて聞く。
「全体的に見たら、だ。でも『真ん中』はちょっと変な感じだ」
「・・・変?」
変とは、どういう事だろうか。
「ああ、変だ。意図的に誰かが魔物を活性化させているみたいに見える」
「活性化の件数は確実に増加していますよ。騎士の派遣が間に合っていませんから。今まではそこまでではありませんでした」
トールがそう言った。確かに『真ん中』にいた時は人手が足りないからといって、俺の保護・警護をしていたトール達も対応に駆り出されて、俺も付き合わされた。
「トーニャ、クワルダ、レデル、サラディ、そしてナバラ。北から順番に一直線に魔物の活性化の事件が起こっただろ?それも徐々に被害が大きくなっていった」
ジャッキーの言葉に頷くトール。
聞き慣れない単語は、多分『真ん中』の領の名前。ナバラだけは行った所だから分かった。
「それと、プィプ、ヤマナ渓谷、王都、ニナン。こっちは大街道沿いに等間隔」
トールが馬を横付けして来て「ニナンとはモグラと蛾の魔物が出た所です」と説明をしてくれた。
「2つの線が見える。例えばこう、元凶となる何かが移動しながら魔物を活性化をさせて行ったとか。それが2本あったと考えると分かりやすい」
「成る程、確かに今上げた順に活性化が起こっていますね」
トールが言い、一度言葉を切ってから続ける。
「先の線はナバラで止まり、後の線はニナンで止まった。そして、若い女性の誘拐失踪事件が起こり、セーライ神殿での件が起こった」
「順番に見るとそうだな。ナバラ以来『真ん中』で変な魔物の事件は起こってない」
それは初耳だった。
「そうなの?」
ノワも知らなかったのかそう聞いた。
「ああ。ピタリと止まったぞ」
「アキラが関わったら止まった?」
言いながら俺を見るノワ。
「・・・」
俺は何も言えなかった。
「そうなのか?それは知らんが、この魔物事件の線、進むに連れてそれぞれ変化をしていっていたらしい。先の、北からの線の方は魔物の数が多くなり、後の、街道沿いの線の方は複雑な襲い方をするようになっていったそうだ」
「随分と詳しいね」
ゴーシュが聞くと「独り旅をしてるんだ。自分の身を守る為には色んな情報を入れとかないと危ないのさ」と肩をすくめるようにして答えるジャッキー。
「俺は、何らかの実験をしてたんじゃ無いか?と思うんだ。十分な結果が得られたから終わりにした、という感じに見える」
ジャッキーはそこで一度言葉を切ると、俺を見詰めて言った。
「アキラと言ったか。もしかしてあんたが噂の『異界の勇者』か?」
「あ、うん。そう呼ばれてるみたい。でも、普通の人間だよ」
聞かれてそう答えた。
「やっぱりそうなんだ。もしかしたらそうかな?って思ってはいたんだ」
ヒュー、と口笛を鳴らしながらそう言うゴーシュ。
「あんまり言いふらさないでね」
そう言ったのはノワ。それに深く頷きながらトールが付け加える。
「むしろ口外しないで下さい」
その視線は真剣そのもの。ゴーシュとジャッキーは一度目を合わせた。そして、ゴーシュが言う。
「訳あり?」
それに対して、今度は俺とトールとノワが目を合わせる。
「訳あり」
ノワが答えた。
「どんな『訳』?」
と、ゴーシュが詳しく聞き出そうとして来たが、誤魔化すでもなくトールが言った。
「すぐに分かりますよ」
「エデンに着いた頃には分かるような気がする」
ノワが補足する。
セーライ神殿での事件の犯人になっているかも知れない。なっていないかも知れない。
どう転ぶか、今の時点ではまだ分からない。
だから、俺が『異界の勇者』と呼ばれる存在である事は、周囲に知られない方が都合が良いのだ。




