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2-2.食事、住居、それと制服

「「「ごちそうさまー!」」」

 英介、大和、千代の3人は声を合わせてそう言うと、口の周りについたご飯粒をティッシュで拭い取った。

「ううぅ…むふぅ…」

 よく分からない声を発しつつ、カノンはすすり泣く。勿論、原因は腹ペコ少年少女が何の遠慮もせず冷蔵庫の中身を食い尽くしたからだ。空っぽの冷蔵庫には、もはやチーズの一欠片すらも残っていない。

「ぐすっ、ずずーっ。ところでアンタたち、ナンであんなトコロにイたの?」

 泣いていたかと思えば、それが演技であったかのように、カノンはケロリと話しかける。

「えっと、迷い込んだというか、何というかで…」

 英介は頭を掻いた。

(脱獄した、なんて言えないしなぁ…)

 心の中では相当焦っているが、できるだけ顔に出さないように注意する。

「とりあえず、よく分かんなくって…」

 英介いわく、自然に笑った顔を作ることは簡単なのだそうだ。彼は頭がいいせいか、もともと嘘をつくのが上手い。答え方もいたって普通で、不信感を一切抱かせない。


 ――筈なのだが…


「はぁーん、ダツゴクしたのね」

 見抜かれた。

 今まで見抜かれたことのなかった「顔」を、いとも簡単に見破った。これも能力なのだろうか、と英介が推測したところで、

「イっとくけど、ノウリョクじゃナいわよ」

 カノンがまたもや心をのぞいたかのような発言をした。

 英介は返す言葉を見つけられなかった。どう返事をしても相手のペースに持っていかれる。そう感じた英介はしばし無言を通した。

「…はぁ」

 その様子を見ていたカノンは、呆れ顔で溜め息をついた。居心地の悪い空気が停滞する。誰一人として口を開くものはいない。あの大和でさえも重力に負けて俯き、腕を組んでいる。異様に濃度の高い時間が流れていく。

「…私のせいよ」

 重たい空気を裂いて聞こえた言葉は千代の言葉だった。

「私が抜け出したから…。この2人は何も悪くないから…。だから…連れて行くなら私だけに…」

 必死の訴えは途中でプツリ、と途切れた。言葉が出てこないのだろう。余計に重たくなった空気は体の内外問わず圧迫する。耐え切れず、英介が言葉を無理矢理発しようとしたときだった。

「マッタく、ナニをカンチガいしてるのかシらないけど…」

 不意に優しい声でカノンが呟く。そして、そっと千代の頭に手を置いた。

「ウチはアンタたちみたいなのをカクマってやるのがシゴトなの」

「え…?」

 驚いて顔を上げた千代に、笑ってカノンは返す。

「じゃなかったら、あんなトコロをぶらついてナいわよ」

「――。」

「アンタたちがワルいヤツじゃないのくらいワかるわ」

 カノンはもう一度無垢に笑うと、玄関へと歩き出した。

「ほら、アンタたちもツいてキなさいって。トナリのマンションにイいヘヤがアるのよねぇ…。ハヤくしないとホカのヤツにトられるわよ」

 軽い冗談に苦笑しつつ、英介たちはその後をついていった。


 外に出た英介たちは数分かけて隣のマンションに向かった。この世界にも学校や会社があるのだろう、薄暗くなりつつあるこの時間は帰宅時らしかった。あたりには高いビルが立ち並び、人が津波のように押し寄せてきた。数分(・・)かかったのはそのためである。

「エレベーターで5カイをメザすのよ、むふぅ!」

 無駄に気合をいれてカノンが『▲』のボタンを押した。誰も使用していなかったのか、エレベーターはすぐに開く。

「むーふーっ!」

 もはや気合でもなんでもなく、ただ形式的な掛け声とともにカノンは『5』を押した。間もなくエレベーターは上昇し始める。重力が少し曖昧になって、圧迫されるような、浮かんでいるような、よく分からない不思議な感覚に襲われた。

「オレ、この感じ嫌いだ」

「「ヘタレ」」

「それだけで人をヘタレにしてんじゃねぇ! 」

 大和をからかっているうちに重力が元に戻る。

「着いたわよ」

 再びエレベーターのドアが開く。

 真っ先にカノンが降り、その後をついて英介たちも廊下を歩いていく。

 その内装はマンションというより、ホテルに近かった。照明や床、部屋一つ一つの扉などがシンプルながらに美しくデザインされており、一種の高級感すら覚える。

 家賃とか高いんだろうな、などと現実的なことを考えているうちに、英介は重要なことに気付いた。

「ん? そういえばここって契約とかしなくていいの? 勝手に入ってきちゃったけど」

 そんな当然と言えば当然の問いかけに対し、カノンは思い出したようにこう答える。

「んむぅ、イらないわよ、そんなの。こっちのセカイではケイヤクとかヤチンとかカンケーないの。カンタンにイうとハヤいもんガちなのよん」

 どうやらこちらの世界はフリーダムかつイリーガルなようだ。

「あ、でもおカネがイらないのはイエだけだから。ゴハンとかはおカネがヒツヨウなのよ」

 そう付け加えて、カノンは福沢諭吉の描かれた紙幣をピラピラと掲げた。

 違う世界でもとりあえず沖ノ鳥島なので、日本国内だということだろうか。通貨は円のようである。

「さて、ココねぇ。ラッキーなことにまだアいてたのよ」

 【505号室】というプレートが付けられたドアが開放される。その奥には豪華な部屋が広がっていた。英介たちは玄関に入る。彼らは何気なくドアをくぐったが、玄関に4人いてもまだ余裕のあることも広さの証だ。

「広い……」

 千代がボソリと呟く。

「すげぇな……」

 大和も驚いて開いた口が塞がらない。ドアの数は覗いただけで8つあり、その間隔が広いことからして、各部屋も広いのだろう。しかもこれが無料(タダ)なのだから、おどろくのは当然の反応だ。

「ま、そういうコトだから。ジユウにツカってね。ウチはアンタたちのセイフクをヨウイしないといけないから、バイバイなのよ」

 ん、と英介は首を傾げる。

「制服って何? もしかして学校に行くとか?」

 『制服を用意しないと』とカノンは確かに言った。多分身を守るための制服があるのだろう。だから、英介は半分冗談のつもりでそう聞いたのだった。

「アシタはヘンニュウシケンだから、ガンバるのよっ♪」

 カノンはにこやか返答した。そして流れるようにドアを閉め、鼻歌を歌いながら帰っていく。

「……」

 冗談ではなくなってしまった。

 さっきまで嬉しかったはずの広さが、残された3人に孤独感を与える。静まり返った室内に、大和が一言、

「オレ、勉強できねぇ……」

 英介は勿論、千代も勉強が出来るほうだが、違う世界に来てまで試験を受けるのは、勘弁して欲しいというのが本音だった。

 ちょっと鬱になった3人は、靴を脱いでそれぞれ今後の自室となる部屋へと入っていく。


 3人の行動は入った部屋こそ違うものの、それから先は同じだ。備え付けのベッドに横たわってそのまま朝までぐっすりと眠り込む。

 大和は『試験』というキーワードによってうなされていたが、英介と千代は疲れからか死んだように眠っていた。


「こ、この答えは、はんぺんじゃ……なかったのかあ……ぐむぅ」


 彼の夢の中でどんな問題が出題されたのかは定かでないが、刻一刻と試験の時間が近づいている事は確かだった。

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