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2-1.食事は何より優先して

 大罪の地下牢から抜け出しカメラの情報や証拠を全て消去した英介たちは、とにかく牢獄から遠ざかるために林の中を走っていた。

「もう逃げなくてもいいんじゃねえか? 追いかけてくる様子もねぇし」

「ダメ、まだ索敵圏内から抜けられてない。相手の行動が麻痺している間に抜けないとマズイよ」

 地下牢のコントロールルームらしきところから奪ってきた情報端末を見ながら英介は言う。彼らはスピードを上げ、鬱蒼(うっそう)とした木々を掻き分けて走って行く。しばらくすると木の密集度が極端に低くなり、平たい場所へ出た。

「よし、もういいかなっと」

 英介は一人頷いて走るのをやめた。索敵の範囲から脱したのだろう。

 揺るぎのない安心感に包まれた千代は、気が抜けて足に力が入らないのか、座り込んで息を深く吐く。よく見ると近くに澄んだ水が流れている。千代は座ったまま足を引きずるような形でその川へ近づくと、汚れた腕や顔を洗って、水を口に含んだ。

「よかった…」

 意識せずにそう言うと、千代はスッと立ち上がった。さっきまで限界を迎えていたはずだが、その挙動は滑らかで力強いものだった。

 そして千代は足を伸ばしてくつろいでいる英介と大和に歩み寄り、その傍に座りこむ。

「そういえばあなた達、名前は?」

 千代は唐突に聞いた。よく考えてみるとゆっくり話す時間もなかったので名前を聞いていなかったのだ。英介は振り返ると、

「僕は九竜英介(くりゅうえいすけ)。んで、そっちが乱獅子大和(らんじしやまと)。君は永遠千代(とわちよ)さんでいいのかな?」

 淡々とそう答えた。あまりにぶっきらぼうな話し方に千代はキョトンとしていたが、普段からこんな感じなのだろうと納得した。会ったときも相当無作法だったので推測は間違っていないだろう。

「なんで私の名前を?」

 千代は可愛らしく首を傾げる。へへ、と頭をかきながら英介は言う。

「まあ、僕に分からないことはないんだよ」

「看守の話を盗み聞きしただけだろうが」

 キザったらしい台詞に大和が訂正を加えた。

「酷いなあ、邪魔するなんて。もしかして妬いてるとか…?」

「違っ…ッ! 痛ぇ!」

「舌噛むほど焦んなくてもいいだろ、冗談なんだし」

「ふふふ、私は別にいいわよ。…カラダ目当てでも」

「んなッ! ふ、ふふ、ふふざけんなあ!」

 衝撃発言(勿論冗談だが)を本気で受け取る純情少年大和。そんな様子を千代は笑って見ていた。なんだか久し振りに温かい雰囲気に包まれた千代は、感情に反して今にも泣きそうになる。自分でも笑っているのか泣いているのか分からなくなるほどの感動を千代は味わった。些細なことに対してこんなにも感情が溢れてくるのかと彼女は困惑する。

 そんな喜びを抑え切れず、千代が英介に話しかけようとしたそのときだ。

「アンタたち、こんなトコでナニやってんの?」

 後ろから不意に聞こえた女の声に、大和は戦闘態勢をとる。英介と千代もすぐさま振り返った。

「誰だ、お前」

 威圧感のある大和の問いかけに、声の主は両手を挙げてふざけたように降参のポーズをとる。

「はぅ、ナンでウチがネラわれなきゃいけないの」

 声の主は金髪ポニーテールで胸が大きい少女だった。服装はメイド服のようなもので、木々が生い茂る背景と見事な不調和ぶりを見せている。さらには腰に巻かれた太めのベルトに差されているリコーダーが何とも異様であった。とにかく色々と間違っている少女である。洋風な外見と裏腹に日本語で話しかけてきたことも謎を深める一つの要素だ。

 そんな謎少女は演技らしい涙声で大和にこう訴えた。

「ウチはアヤしくないよぅ。アンタたちがコマってそうだからごハンでもゴチソウしようとオモってハナしかけたのにぃ」

 びくり、と大和の耳が「ごはん」という単語に激しく反応する。瞬時に警戒心を解いた大和はいつの間にか謎少女の眼前に移動し、目をキラキラさせて喜んだ。

「マジか、ホントか、飯をご馳走してくれるのか!? タダか、タダなのか、金は要らないのかァ!?」

 うっ、と今まで軽くあしらってきた謎少女が大和の異常なテンションに引き気味になる。ぎこちない笑みを浮かべて助けを求めるように謎少女は英介と千代の方をチラリと見た。しかし、その選択が間違っていたことに気付く。一見まともに見えたその2人もご飯を渇望し、我慢できずによだれを垂らしていたのだ。

「わ、ワかったからそんなにキタイしないでぇ…」

 謎少女は今度こそ本当の涙声でそう嘆いた。


      *    *    *


 会話の後、英介たちは謎少女に連れられ彼女の家に向かっていた。

「ウチのイエはシマのチュウシンブにあるの。そういえば、アンタたちナマエは?」

 九竜英介! 乱獅子大和! 永遠千代! とリズム良く答えていく3人。会ったばかりであることを感じさせない息の合った返事であった。

「…ナカがイいのねぇ。ウチはカノン・アッシュレイク、ま、カノンとでもヨんでチョウダイよ」

 謎少女はカノンというらしい。そんな自己紹介を聞いているのか聞いていないのか(多分聞いていないだろう)、英介たちはそれぞれの思いをはしゃぐように言い合っていた。

「いやぁ、助かるよ。ご飯をご馳走してもらえるなんて」

「2年ぶりに食事らしい食事が…。楽しみ!」

「めーし、メーシ!」

 カノンはハァ、と溜め息を吐く。

「(ナンてメンドウなヒトたちをヒロっちゃったんだろ…)」

 口の中で不満と後悔をぶつぶつと呟いた。助けたのは彼女自身だが、こんな変人達だとは思わなかったのだろう。しかも相当お腹を空かせているようなので、冷蔵庫の中身が全て消失する可能性もある。

 そうなると今月の食費が……ならばいっその事ここで逃げるか、などとカノンが不穏だが家庭的な悩みを展開していると、千代がそれを察したのか心配そうに声をかけた。

「ねぇ、本当に大丈夫なの? 私たち迷惑でしょ…?」

 上目遣いに頬を赤く染めて尋ねる千代。

「だ、ダイジョウブだってぇ、あは、はははは……ハァ…」

 ヒキョウだぁ! とカノンは心の中で叫んだ。千代の小動物のような表情にどう対抗すればいいかなど思い浮かぶわけもない。ここは冷徹に対処すべきだと言い聞かせるも、千代の表情に負けてしまう。


「…さよなら、ウチのゴハン」


 結局カノンは逃げることなどできず、3人を自分の家へ招くことになった。


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