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6.脱獄

 千代は戸惑った。

「女の子をいじめて何が面白いんだか」

「全くだ。悪趣味な」

 ほとんど聞こえない耳へとかすかに声が届く。

 ちかちかする視界に2人の少年が見える。

 何故私はここにいるのだろう、と千代は思った。本当ならば今頃看守達に拘束されて拷問を受けていた筈なのである。

 と、そこまで考えて千代は気付く。


 ――助けられた。


 一番有り得ないと思っていた『助けられる』という選択肢。しかし、事実として彼女は助けられたのだ。

 銀髪の少年が千代へと手を差し伸べる。

「おい、大丈夫か?」

 黒髪の少年はハァと小さく息を吐くと、呆れた顔でこう言う。

「やめときなよ。もう死んでるって」

 いいや、私は死んでいない。

 その事を伝えるため、動かすことすら難しい口をふるふると震わせながら、千代は言葉を発する。

「あ、あり…が、と……」

 か細いながらもしっかりとした声であった。

「う、嘘! 生きてるの!?」

 なんとかして感謝を述べた千代に、黒髪改め英介は驚く。無理もないだろう、これほど血を流しておきながら生きていることなんて普通は有り得ないのだから。

 しかし、彼女は普通ではない。彼女に死は存在しないのだ。

 そんな千代を、英介は好奇心いっぱいという目で見つめていた。

「すごい…。生きてるよ……生きてる、この()生きてるよ! 何でだろう、どうやって生きてるんだろう!? 面白いよ、うわぁ!」

「おい、英介。変人に見えるぞ」

「だって面白いんだもん! 科学じゃ説明できないよ! ははは!」

「ふ、ふふふ…」

 英介と大和のコントのような会話に千代は思わず笑いをこぼす。そうこうしている間に彼女の身体にあった傷は完治し、体力も戻っていた。これも彼女の能力の恩恵である。

「面白いのね、あなた達」

 そう言ってムクリと立ち上がった千代を見て、英介はさらに目を輝かせた。

「うわ、もう傷が治ってる! どういうことだろ、ねぇ教えて、教えてよ!」

 英介は知らないものや分からないものを見るとこんな風に探求する癖がある。

 千代もそんな英介を嫌がろうとせず、むしろ楽しんでいるようだった。

「あなた達、こっちの世界に来たばっかりなの?」

 英介は大きく何度も頷く。

「この世界ってどんなところなの? 教えてくれないかな、それと君の身体の不思議も!」

 そう聞かれて、千代は首を傾げる。

 英介は、何か変なことを言ったのではないかと心配だったがそういうわけではないらしい。

「あれ? 『案内人』から話は聞かなかったの?」


 ――『案内人』?


 英介はここに来たときのことを思い出す。


 英介と大和はまず、光を見た。

 そしてその光に飲み込まれた。

 そして蒼髪の少女と――


「もしかして、『案内人』って蒼髪の女の子?」

「ううん、違うわよ。『案内人』は背の高い男の人だもん」

 英介も大和も、そんな人と会った覚えはない。

「そいつと会ってないと悪いことでもあるのか?」

 大和の素朴な疑問に、千代は言いづらそうに答える。


「えっと、会ってないってことはあなた達……不法侵入者扱いになるけど」


「「は?」」

 突如サイレンが鳴り響く。

「緊急放送、緊急放送、B13階にて囚人1名と表世界からの不法侵入者2名が手を組み、脱獄を計画している模様! 繰り返す! B13階にて――」

「おい、俺達まで罪人扱いか!?」

「これで立場は一緒ね☆(キラッ)」

「こんなときに最高の笑顔を見せてんじゃねぇ!」

「「「……」」」

 しばし沈黙。

「こうなったら――」

 3人は顔を見合わせて頷きあう。

「「「逃げよう!」」」

 彼らは階段へと駆けて行く。

「ここは地下13階でいいんだよね?」

 英介は千代に尋ねる。

「ええ、13階よ」

「だとしたら、音の反響具合から計算すれば階段の位置は…」

 英介は頭の中で計算し、ソナーのようにして探索する。

「そんなことが出来るの?」

 普通に考えてそんなことは出来るはずがない。

 だが、英介はそれが出来る。「何故?」と聞くのは野暮だろう。結論は一言。

「天才だからさ」

 それはナルシストとしか思えない言葉だった。しかし、英介の返事はそれが当然のように聞こえる。

 ――まるで「おはよう」と言うような、

 ――まるで「さようなら」と言うような、

 自然な返事だった。

「そうなんだ」

 だからこそ千代は納得するしかない。

 5歳のときにはパソコンの性能を超え、わずか7歳で大学の教授を圧倒し、12歳で日本のスーパーコンピュータを抜く。

 そんな驚異的な頭脳を英介は持っていた。

「ほら、階段があった!」

 その頭脳の確証に階段を発見する。

「すごい…。本当に階段があった…」

 思わず千代は感嘆の声をもらす。

「さ、驚いてないで上るよ」

「え? あ、うん」

 そうだ、驚いている暇はない。

「早くこの牢獄を出なきゃね」


 その後も英介の『ソナー』のおかげで相手に見つかることなく順調に階段を発見し、上っていく。

 ものすごいスピードでB12、B11、B10、B9……と駆け上がる3人に看守達も翻弄され、手が出せない。

 ついにはB1――残り1階層まで彼らはたどり着く。


「まずいかも…」

 英介は自らの頭の中で生成した地図と地下1階にいる看守の位置を照らし合わせる。

 今まではどこか1つだけでも看守と会わないルートがあったのだが、地下1階にはそれがない。

「少なくとも18人と会うことになりそうだなあ…。それに扉のロックを解除しなきゃいけないし」

 流石に牢獄の出入り口なのだから、電子ロックがかかっていてもおかしくはないだろう。

 2重や3重ロックくらいなら簡単に外せるのだが、間違っても扉を鎖でグルグル巻きなんてことは止めて欲しいものだ。

「あんまり戦いたくないわね」

 千代も不安そうだ。傷は完治したものの、体力は万全とはいえない。勿論、そんな身体で戦うなど出来るはずもないのだ。

「英介、敵は18人だな?」

 不意に大和が尋ねた。

「最小限に抑えれば、の話だよ? このフロアには94人の看守がいるし」

 英介は補足しつつ質問に答える。その答えに大和はにやり、と不穏な笑みを浮かべる。


「要するに、94人ぶっ倒しゃいいってことだろ?」


 言葉と同時、大和はその場に風を切る音を残して走り出す。

 一瞬といえる時間で彼は道の突き当たりまで進むと、分かれ道を右へ曲がる。

「ったく…あのバカ」

 溜め息をつく英介。

「ねぇ、放っておいて大丈夫なの!? あのままじゃ死んじゃうって!」

 焦る千代と対照的に、呆れ顔の英介は一段と大きな溜め息を吐く。

「まあ、大丈夫でしょ。大和は強いし」

「強いとか関係ないってば! こっちの世界の人間は特殊な力を持ってるんだよ! あなた達はそういう力が使えないじゃないの! 死んじゃうに決まってるよ!」

 千代はヒステリックに叫ぶ。

 『案内人』と会っていないということは、英介と大和が常人であることを示している。

 つまり2人はこの世界に迷い込んできたということだ。

 いくら研ぎ澄まされた感覚があろうと、いくら磨かれた頭脳があろうと、彼らは常人なのだ。

「だから止めなきゃ――」

 そのとき、ヒュンと鋭利な音が千代の前の空間を切り裂いた。

 見ればナイフが岩壁に突き刺さっている。奇怪なその光景に千代は立ちすくんだ。

「…え?」

「お前らか、脱獄囚は」

 そう言ったのは大柄な猫背の看守。体つきは筋骨隆々、そのくせ武器はナイフという変わった男だが、妙に威圧感がある。

 ナイフを構えて男は言う。

「私は、矯正監――要するにここの所長だ」

 千代はその言葉に震え上がった。

 大罪の地下牢の所長。

 そんな人物と会ってしまったのだ。怖がるのが当たり前、頭を下げて降参するのがセオリーという状況だ。

 だが、英介は違った。

「ふーん、矯正監ねえ。それにしちゃ弱そうだけど」

 火に油を注ぐとはこのことである。

 だがそんなことは気にも留めず、英介は壁にもたれて立っている。

「ほう、歯向かうとはいい度胸だ」

 ついに矯正監は臨戦態勢に入る。右手と左手に3本ずつナイフが握られ、刃がギラリと光る。

 相変わらず壁にもたれている英介に千代は耐えられなくなって、

「もう止めなよ! 殺されちゃうって!」

 ところが、必死の制止は意味がなかった。

 それどころか、英介は笑い出す。

 狂ったのではない。余裕の笑みだ。

「矯正監さん、背中にご注意を」

 ふざけた口調に含まれた恐怖はとてつもない。

 動揺した矯正監が振り返ったそのとき。

「うおりゃああ!」

 銀色の髪が光った。それと同時に矯正監の身体が竹とんぼのように宙に舞う。ぐるりと1回転した矯正監は石畳に頭から打ち付けられた。

「あ、ふえ?」

 千代は思わず間の抜けた声を出す。何が起きたのか分からなかった。

 数秒後に彼女は状況を把握する。


 ――つまり、ほんの少し前にどこかに駆けていった少年が矯正監を倒したということを。


「2分くらいかかったと考えると、毎秒平均0.78人蹴散らしたことになるね。こんなに速いなんて驚きだよ」

「ふん、相手がよえーんだよ」

 大和は退屈そうに血のついたTシャツを見ると、黙り込む。

「も、もしかして全員倒して…」

 千代が口をパクパクさせて尋ねれば、大和は当然のようにこう答える。

「ああ、さっきの大男で94人目だよ」

「信じられない…嘘でしょ、絶対」

 千代は呟きつつも、これが現実であることを理解していた。

 戦いを終えた少年達を、彼女は直視できなかった。

 恥ずかしいわけではない。

 彼女には眩しすぎたのだ。当然のように不可能なことを成し遂げるその姿が。


 何が能力者だ、と千代は思う。


 結局、自分は常人を(あなど)っていたのだ。

 自分も能力に驕って、「かわいそうだから助けてやろう」なんて軽々しく思ったのだ。

 勿論、助けることなんて出来ない。自分が失敗したことで、働かされている常人たちは希望を失ったことだろう。

 挙句の果てには捕まり、何の関係もない常人の2人を巻き込んでその2人に助けられた。


 私はバカだな、と独り笑った。

「ありがとう」

 涙目になりながらも、彼女は言葉を紡ぐ。少年達を見つめて誠心誠意――。

「それと……ごめん、なさい…。なんの、関係もない……私のために…。私のせい、なのに」

 こんなことで罪を消そうとは思わない。

 でも彼女は少年達に償いをしたかった。

 

「「フフフ、アハハハ!」」

 そんな精一杯の感謝と償いの言葉を聞いた少年達は互いに笑いあう。

「?」

 千代は何が何だかよく分からない。

 すると、少年達は彼女に手を差し伸べる。

「何言ってるのさ」

 2人は少し間をおいて、


「立場は一緒、なんだろ」

「でしょ?」


 千代はその言葉を強く何度も噛み締めると、少年達の手をとって(でぐち)へと駆けていくのだった。

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