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5.出会いは静寂とともに

 大罪の地下牢。

 ここはそう呼ばれる裏の世界の牢獄。地下20階にも及ぶこの施設は沖ノ鳥の最高機密である。そして、ここは普通の罪人を収容するところではない。

 では大罪とは何なのか。

 それは人を殺すことではない。

 それは物を盗むことでもない。

 それは――


 ――存在すること。


 死んでいるかどうかは関係ない。存在が罪なのだ。罪人は生死を問わず牢の中へと入れられ、その存在が忘れられるまで放置される。食事は与えられない。動くことも許されない。それは普通の人間には理解できない苦しみだ。

 その牢獄に1人の少女が居る。

 名は永遠千代(とわちよ)という。そして千代はそんな状況で2年間も生きている。それに痩せてもいない。ここから言える事は1つ。

 彼女は不死だ。もっと言うと、生きるのに何もいらないのだ。その能力は誰もが欲する至高の能力。でもその本質は死ぬより辛いものだ。

 どういう意味か。

 つまり彼女は死にたくても死ねないのだ。いくら苦しくても、いくら痛くても、死ねない。もう何度舌を噛み千切ったか分からない。しかし、何度やっても傷がすぐに再生する。後に残るのは血の味と死ぬ痛みのみだ。

 理不尽だ、と彼女は思う。

 彼女は弱い人達を助けたかっただけだ。

 なのに。

 彼女は悪いことをしていないのに。

 ――本当に辛い。

「…あ、あぁ」

 意識が飛びそうになる。

 ――死にたい。

 身体のあちこちから響くミシミシという音が思考を蝕む。

 そして、ついに彼女の思考は爆発した。

 ――死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。

「はは……、あは、あはははは、ひゃははははははははははははははははははははは!」

 手の枷が強烈な金属音を放って引き千切れる。足を縛る鎖はまるで紙テープのようにバラバラになり、地面に落ちて無機質な音を立てる。

 ふらり、と立ち上がった彼女は手のひらの肉が潰れるほどに強く拳を握ると、檻に右ストレートを放った。太い鉄格子の折れる音と、衝撃で右肩から指先までの骨が砕ける音が交錯する。

「ひ、ひや、死にたい……。死にたいよぉおおおお」

 もう傷つくことを恐れない彼女は血みどろで檻から出てゆく。折れた鉄格子が脇腹に刺さっていることすら気にすることは無い。

 痛みは快楽。

 もっと痛み、欲しい。

 早く、早く、強い痛みを。

 彼女の頭にはそんなことしか浮かばない。耳まで裂けた口からは血を垂れ流し、もともと赤めの髪はさらに赤く、(あか)く、(あか)く、染まっていた。もう痛みは飽和状態にあるはずだ。飽和状態に達してしまえばそれ以上の痛みは受け付けなくなる。なのにもかかわらず、彼女は床に壁に体中を打ちつけ回る。そのたびに笑みはより獰猛になり、眼からは生気が失われていく。

 彼女はこれで死ねるのだと感じた。

 目の前が霞み始めた。足がもつれてバタリと倒れた。手と足が動かなくなった。

「あぁ、し、しし、しししし死ねる、も、もうすぐ、あうぅああああ」

 安らかに眠るため、彼女は眼をゆっくり閉じていった。あくまで音を立てず、あくまで急速に。

 天井から漏れる地下水が彼女の頬を打つ。だが眼を開くことは無い。

 死んだ。

 死ねたんだ。

 ニヤリと笑った表情のまま固まった顔はそう叫んでいた。永遠とも思える静寂が辺りを包む。岩壁をツー、と音を立てて血が流れていく。鉄格子は何もしていないのに軋んだような音を出す。

 だが、彼女からの音は無い。そして、彼女には何も残っていない。

「ほう、脱獄とはいい度胸だ」

 声が突然、静寂を叩き壊した。

 ビクンと彼女の身体が跳ね上がる。それは恐怖からのものだったのか、単純に弱っていただけなのか分からない。

 でも、1つだけ言えることがあった。

 彼女は死ねなかった。

 誰よりも死にたかった彼女は死ねなかったのだ。

「あ、あ、うぐああぁぁ!」

 今まで感じなかったはずの痛みが一気に彼女の身体を駆け巡る。

 それと同時に彼女は思う。


 ――死にたくない。


 矛盾した思考に彼女は困惑する。だが、その困惑さえ一瞬のものであった。考えることが出来なくなるほど激しい痛みが襲ったのである。

 気絶したわけではない。

 死んだわけでもない。

 なのに彼女の身体は動かなかった。

 かろうじて見える視界は認識できても理解できない。

「ついに精神が壊れたか」

 声の主である看守は彼女の頭を踏みつける。

 緊急放送だろうか、サイレンの音と異常に大きな声が響いた。

 もう数分すれば看守は何十人と集まってくるのだろう。これだけ大きな監獄だ、もしかしたら数百、数千かもしれない。

「うぐ……逃げなきゃ…」

 やっと落ち着いてきた頭で考え、血の味がする口を動かして放った言葉はそれだった。

 自分で言っておいて愚かだと彼女は思う。

「あ? この期に及んで逃亡か」

 その言葉はもっともであると彼女は思う。

 だとしても。

「私は、悪くない…」

 尋常でないほどの強い力が彼女の腕にこもる。そして看守の足を思い切りつかんで頭の上からどかした。

「な、うぐあっ! あ、足が、足がああ!」

 看守の足の骨を砕いた感触が、コンクリートを鉄球で砕いたような鈍く、おぞましい音とともに彼女の身体へと染み渡った。

 そして彼女は力を振り絞って立ち上がる。

「生きたい」

 死にたかった彼女はそんなことを口に出した。

「死が私を受け入れてくれないというのなら――」

 一つ一つの音を力強く、噛み締めるように発する。

「生を私は受け入れる――」

 段々と彼女の瞳に光が戻り、傷も急速に治っていく。

「私は生きることしか出来ない。だから――」

 彼女の周りを渦巻く殺気に、看守は足を引きずって後ろへ後ろへと下がっていく。

「私は、生きて生きて生きて生きて生きて、この牢から抜け出して――」

 もう、彼女は迷わない。

「自由を手に入れてやる!」

 そう叫んだ。

 しかし彼女の身体は、意思とは反対に限界を迎えていた。

 希望の笑みを顔に咲かせる。

 何故だか嬉しくて、嬉しくて仕方が無かった。

(私は死なない、か)

 次の瞬間には、彼女の身体は石畳の床の上に転がっていた。

「お、脅かしやがって」

 看守は安心して力を抜く。同時にふふふ、と口から笑みが漏れる。

 もう大丈夫。そう思ったそのとき。


「悪趣味だな、お前ら」


 瞬間、銀色の髪が靡き、黒色の髪は嫌に光った。

 看守は何を言うことも出来ず、べちゃりと壁に打ち付けられる。

 そこにあったのは鮮血に染められた床と壁。

 決して普通とは言えない場所で、言葉もないままに少年達と少女は出会う。

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