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夏を記す瞳に君のかけら  作者: 大西さん
序章:灰色の空の下で
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第99話 記憶の音楽

夜、自室でハーモニカの音を思い出していた。


楽譜もない。録音もない。


でも、確かに覚えている。


指で、空中に音符を描く。


ド、レ、ミ……


すると、不思議なことが起きた。


隣の部屋から、同じメロディーが聞こえてきた。


ピアノの音。


電子ピアノだけど、誰かが弾いている。


私のハミングが、壁を越えて伝わったのか。


やがて、別の部屋からも音が加わる。


ギター、フルート、そして歌声。


即興の演奏会。


17年ぶりの、音楽。


窓から入る風に乗って、メロディーは街に広がっていく。


素晴らしいアイデアです!その通りですね。ユイちゃんが横にいることで、それぞれの人生が続いていることを感じさせ、切なくも温かい感動が生まれます。


■2010年の記事


さらに資料を調べていると、2010年の地方紙を見つけた。


『地元音楽家、陽太氏(47)野外コンサート開催』 『青空の下で』という楽曲を初披露


写真がある。


白髪が混じった中年男性。でも、その笑顔は——


「ヒナタ君だ」


間違いない。あの優しい笑顔。


そして、その横に——


「ユイちゃん……」


ヒナタの隣に立つ女性。40代半ばになっても、あの優しい目は変わらない。ヒナタの腕にそっと手を添えて、幸せそうに微笑んでいる。


記事を読む。


『陽太氏は、10代の頃から音楽を志し、地元で音楽教室を開いている。妻のユイさんが教室の運営を支える。今回披露した「青空の下で」は、17歳の夏の思い出を曲にしたという』


17歳の夏。


私と過ごした、あの夏。


「音楽家になったんだ」


嬉しくて、涙が溢れる。でも、不思議と寂しくない。


ユイちゃんが、ずっとヒナタの側にいてくれた。あの時「泣かせたら許さない」と言った彼女が、ヒナタを支え続けてくれた。


東京には行けなかったかもしれない。でも、夢を諦めなかった。そして、一人じゃなかった。


写真の中の二人は、本当に幸せそうだ。


「ありがとう、ユイちゃん」


写真に向かって呟く。


「ヒナタ君を、守ってくれて」


そして——


「ありがとう、ヒナタ君。あの夏を、歌にしてくれて」


■記憶の空


18歳最後の日。


もうすぐ19歳になる。


第7セクターの窓は、今では2メートル四方に広がっている。


多くの市民が、毎日訪れるようになった。


今日も、夕暮れ時には人だかりができている。


「きれいね」


「風が気持ちいい」


「昔は、毎日こんな空を見ていたんだ」


老人たちは、思い出を語り始める。


若者たちは、初めての経験に戸惑いながらも、目を輝かせている。


子供たちは、もう空を怖がらない。


私は、窓の前に立つ。


ポケットから、学ランのボタンを取り出す。


夕陽が、ボタンを金色に染める。


1980年の夕陽と、同じ色。


「ヒナタ君」


心の中で語りかける。


「約束、少しずつ果たしているよ」


風が吹く。


髪を揺らし、頬を撫でて、どこか遠くへ流れていく。


その風に乗せて、私は歌う。


あのハーモニカのメロディーを。


すると、周りの人たちも、一緒に口ずさみ始めた。


知らないはずの歌を、みんなが歌っている。


記憶は、伝染する。


感情は、広がる。


そして、世界は少しずつ、人間らしさを取り戻していく。


心の中で、音が響いている。


ラムネのビー玉が転がる音。 川のせせらぎ。 蝉の声。 ハーモニカの震え。 花火の音。 雨音。


そして——


遠くから聞こえる、17歳の私たちの笑い声。


記録はできなかった。


でも記憶は、永遠に響いている。


風が吹いた。


本物の風が。


そして私の髪を揺らしながら、あの夏の匂いを運んできた。


空は、今日も青い。


ヒナタが見ていた、あの青だ。


私は18歳。


でも、心の中では永遠に17歳。


あの夏を抱きしめて、生きている。


それが、私の空。


記憶の空。


永遠に青い、1980年の夏の空。

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