第95話 18歳の朝
■2130年の独白:
「18歳になった。でも私の中には永遠に17歳の夏がある。それが私を生かしている」
■18歳の朝
2131年3月15日。私の18歳の誕生日。
目覚めると、いつものように微笑んでいた。もう驚かない。この一年、毎朝そうだから。
起き上がって、窓——いや、電子スクリーンを見る。今日も灰色の映像が流れている。でも、私にはその向こうに青が見える。
ベッドサイドの小さな箱を開ける。
ヒナタの学ランのボタンが、朝の人工光を受けて鈍く光っている。
「おはよう」
ボタンに向かって呟く。狂っているかもしれない。でも、これが私の日課。
着替えながら、鼻歌が漏れる。あのハーモニカのメロディー。もう止めようとも思わない。
部屋を出る前に、壁を見回す。
一年前は隠していた「青いコレクション」が、今は堂々と飾られている。万年筆のインク瓶の破片。褪せた布。ガラスビーズ。そして、新しく加わったもの——商店街で貰った風鈴。
チリンと小さく鳴る。
風なんてないはずなのに。
■感情抑制剤との対峙
廊下に出ると、自動配給機の前に小包が置かれていた。
『エージェント・カナミ 最終通告』
開けると、白い錠剤が10個、整然と並んでいる。感情抑制剤。
『本日中に全量服用すること。これは命令である』
監視AIの冷たいメッセージ。
錠剤を一つ、手に取る。
小さくて、軽くて、無味無臭。これを飲めば、楽になる。ヒナタの顔も、ラムネの味も、すべて霧のように薄れていく。
効率的で、生産的で、社会に貢献する優等生に戻れる。
手のひらで転がす。1980年の夏が、この小さな錠剤で消せるなんて。
「……嘘だ」
呟く。
消せるはずがない。あの夏は、私の細胞の一つ一つに刻まれている。
窓の外を見る。今日は、電子ドームの継ぎ目から、かすかに本物の光が漏れている。第7セクターで少しずつ広げてきた「窓」の成果だ。
ヒナタと見た、あの青。
錠剤を握りしめる。
そして——
ゴミ箱に投げ捨てた。全部。
「私は、壊れたままでいい」
大きな声で宣言する。廊下に誰もいないけど、監視AIは聞いているだろう。
「これが、私の選択です」
返事はない。でも、どこかでアラームが鳴っているのが分かる。
規約違反。処分対象。
でも、怖くない。
だって、私は生きているから。




