第91話 記憶の会
夜10時、地下の古いビルにたどり着いた。
リョウが渡した住所。薄暗い階段を降りていくと、かすかに話し声が聞こえてきた。
「ようこそ、『記憶の会』へ」
扉を開けると、10人ほどの人々がいた。年齢も性別もバラバラ。でも、みんな同じ何かを持っている目をしていた。
「新入りさん?」
30代の女性が声をかけてきた。栗色の髪をショートに切って——
「レイ?」
息を呑んだ。13歳の時、施設から消えた、あの少女。
「カナミ!? まさか、本当にカナミ?」
レイが駆け寄ってきて、私を抱きしめた。
「生きてた……レイ、生きてたんだ」
「再教育センターは地獄だった。でも、3年前に解放されて。そして、ここに」
レイが、みんなを紹介してくれた。
「私はサキ。1950年代に行って、ジャズに恋をした」
「ユウタ。2000年代。初めてのスマートフォンに感動した」
「ミク。1970年代。ディスコで踊り明かした」
みんな、過去から帰還した影エージェント。
「君は?」
「カナミ。1980年……夏」
「夏、か。いいね」
サキが優しく言った。
「ここでは、記憶を共有するの。言葉にできなくても、分かり合える」
誰かがハミングを始めた。私も、ハーモニカのメロディーを口ずさむ。
レイがギターを取り出した。いつの間に覚えたのか、美しい音色を奏でる。
バラバラの時代、バラバラの記憶。でも、確かに響き合っている。
「みんな、壊れてる」
ユウタが笑う。
「でも、壊れたから、本物になれた」
「異常で、何が悪いの?」
レイが、昔と同じ言葉を言って、みんなで笑った。
この人たちとなら、世界を変えられるかもしれない。
小さな革命を、静かに始められるかもしれない。
■壁の感触
自室に戻ると、すべてが違って見えた。
白い壁、白い床、白い天井。変わっていないはずなのに、そこに色が見える。
壁に手を当てる。
つるつるした人工素材の感触……のはずなのに、指先に感じるのは、ざらざらした樹皮の感触。
神社の御神木。
300年の時を刻んだ、あの大木の温もり。
「おかしくなっちゃったのかな」
独り言を言いながら、ベッドに腰を下ろす。
マットレスの下から、小さな箱を取り出した。私の「青いコレクション」。
古い万年筆のインク瓶の破片。褪せた青い布。割れたガラスビーズ。
そこに、新しいものを加える。
ヒナタの学ランの第二ボタン。
黒いプラスチックのボタン。でも私には、これも青く見える。1980年の夏の空の青。




