第9話 レイとの出会い(13歳)
【レイとの出会い(13歳)】
13歳の夏。消灯時間を過ぎた深夜。
息が詰まりそうで、屋上への扉をそっと開けた。施設の規則違反。でも、時々、本物の空気を吸いたくなる。
屋上には、先客がいた。
「また来たの、カナミ」
レイ。同い年の少女。栗色の髪を短く切っていて、いつも規則違反ギリギリの行動をしていた。感情抑制訓練では、落ちこぼれと呼ばれていた。
「レイこそ」
二人で、電子ドームを見上げる。星は見えない。見えるのは、規則正しく明滅する航空標識灯だけ。
「ねえ、カナミ。感情って、本当に要らないものなのかな」
「規則では——」
「規則じゃなくて、カナミはどう思う?」
答えられなかった。でも、レイは優しく笑った。本物の感情が込もった笑顔。
「私ね、昨日、泣いたの。理由もなく。でも、すごく気持ちよかった」
「それは、異常だよ」
「異常で、何が悪いの?」
レイが立ち上がって、両手を広げた。
「見て、カナミ。私たちは生きてる。機械じゃない。泣いたり笑ったりするために、生まれてきたんじゃないの?」
その瞬間、遠くでアラームが鳴った。
「見つかった!」
二人で階段を駆け下りる。幸い、捕まらなかった。
でも、その一週間後、レイは施設から消えた。
「再教育センター送り」
職員たちの噂話。感情指数が危険域を超えた者が送られる場所。
レイのベッドは、すぐに別の子に割り当てられた。まるで、最初からいなかったみたいに。
でも、私は覚えている。
「異常で、何が悪いの?」
その言葉が、心の奥深くに刺さったまま、抜けなかった。
【リョウとの出会い(14歳)】
訓練施設。エリート養成所。
廊下で、一人の少年とぶつかる。
「ごめん」
「いや、俺も」
リョウ。16歳。飛び級で訓練生になった天才。
彼の瞳を見て、分かる。
同じだ。何かを隠している。
「君が噂の記憶少女か」
「噂?」
「1000個の単語を完璧に覚える子」
「あなたは?」
「俺は、ただの落ちこぼれ」
嘘だ。彼の成績は知っている。トップクラス。
数日後、深夜。
トイレで、リョウと再会。
彼は、イヤホンをしていた。
「音楽?」
「しっ」
でも、見つかった。私に。
「聴かせて」
片方のイヤホンを渡される。
メロディが流れる。
初めて聴く、音楽。
涙が出る。
「これは?」
「ビートルズ。1960年代」
「どうやって?」
「削除し損ねたデータを復元した」
私も秘密を明かす。
青いコレクションを見せる。
「バレたら、処分されるよ」
「知ってる」
「なのに?」
「あなたも同じでしょ」
リョウは微笑む。
「俺たち、共犯者だな」
それから、秘密を共有するようになる。
彼は音楽を。私は青を。
お互いの、人間性の証を。