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夏を記す瞳に君のかけら  作者: 大西さん
序章:灰色の空の下で
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第89話 分解と再構築

■2130年の独白:


「帰還した私は、17歳には見えなかったらしい。たった7日で、私は何十年分も生きたのだから」


■分解と再構築


転送室の光が、私を飲み込んだ。


身体が分子レベルで分解される感覚。痛みはない。ただ、自分という存在が霧のように散っていく。最後まで残ったのは、胸に握りしめた学ランのボタンの感触だった。


そして——


再構築。


2130年の転送室で、私は再び「私」になった。でも、何かが違う。


「カナミ!」


リョウ先輩の声が聞こえる。でも遠い。まるで水の中から聞いているみたい。


目を開けると、白い天井。無機質な蛍光灯の光。そして——


「お帰り」


ミレイ課長が立っていた。その隣にリョウ先輩。二人とも心配そうな顔をしている。


「私は……」


声を出そうとして、驚いた。自分の声じゃないみたい。いや、声は同じなのに、響き方が違う。1980年の空気の中で響いていた声を、2130年の無音空間で出している違和感。


「ゆっくりでいい。身体スキャンを始めるから」


医療チームが駆け寄ってくる。でも私の意識は、別のところにあった。


転送室の無味乾燥な空気の中で、なぜか土の匂いがした。


■幻の感覚


医療ベッドに横たわりながら、天井を見つめる。


真っ白。継ぎ目もない完璧な白。でも、その白い天井に、時々何かが映る。


雲。


ゆっくりと流れる夏の雲。


「カナミ、大丈夫?」


リョウ先輩の顔が視界に入る。心配そうに覗き込んでいる。


「はい……」


答えながら、舌の上で何かが弾けた。


炭酸。


ラムネの泡。


でも、ここに炭酸飲料なんてない。2130年の水は、完全に制御された純水だけ。


「瞳孔反応、正常。でも……」


医師が首を傾げる。


「感情指数が測定不能です。機器の故障かもしれません」


私は薄く笑った。故障じゃない。私が壊れたんだ。いや、違う。私は初めて、本当の私になったんだ。


■報告書作成室


三時間後、報告書作成室に通された。


キーボードに手を置く。カチカチと単調な音。でも、その音の向こうに、別の音が聞こえる。


風鈴。


チリンチリンと涼やかな音。


「おかしいな……」


誰もいない部屋で呟く。窓もない密閉空間なのに、風が吹いているような気がする。


報告書を打ち始める。


『任務期間:2130年8月11日〜8月17日(1980年時間軸)』 『収集データ:風景1,247件、建築物423件、文化記録89件』 『人物データ:0件』


人物データの欄で、手が止まった。


ヒナタ。陽太。


彼の名前を打ち込みたい衝動に駆られる。でも、それは彼を記録することになる。彼を、冷たいデータに変えることになる。


「記録と記憶は違う」


彼の言葉が蘇る。


そうだ。ヒナタは記録じゃない。私の記憶の中で、永遠に生きている。


ふと気がつくと、鼻歌を歌っていた。


ヒナタが吹いていたハーモニカのメロディー。音楽室で聞いた、あの震える音色。


「あれ?」


自分の行動に驚いて、口を押さえる。


17年間、一度も鼻歌なんて歌ったことがなかった。感情レベル0を保つ優等生は、そんな「無駄」なことはしない。


でも今、自然にメロディーが漏れている。止めようとしても、心の奥から湧き上がってくる。

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