第86話 みどり食堂の味
昼時、みどり食堂に入った。ヒナタの母親が働いている店。
「あら、カナミちゃん。今日で最後なの?」
エプロン姿の優しい女性が、カウンターから顔を出した。
「はい、午後の電車で……」
「そう。じゃあ、サービスしちゃう」
出てきたのは、特製のかき氷だった。イチゴ、メロン、レモン。三色の虹みたいに美しい。
「二人で分けて食べなさい」
一つのかき氷を、二つのスプーンで食べる。ヒナタと顔を見合わせて、照れくさそうに笑った。最後の日なのに、まるで始まりみたいな甘い時間。
「頭、痛くなっちゃう」
「ゆっくり食べないから」
普通の会話。普通の笑顔。でも、スプーンを持つ手が、微かに震えていた。
■ラーメン屋の大将
食堂を出ると、隣のラーメン屋の大将が店の前に立っていた。いつも無口な人。私たちが通りかかると、黙って何かを差し出した。
小さな布の袋。お守りだった。
「……」
大将は何も言わない。ただ、軽く頷いて、店に戻っていった。
「あの人があんなことするの、初めて見た」
ヒナタが驚いている。
お守りを握りしめる。布の感触が優しい。中に何が入っているのか分からないけど、温かい気持ちが伝わってくる。
「ありがとうございます」
振り返って、閉まりかけの暖簾に向かって頭を下げた。
■タケシの別れ
「おーい、陽太!」
橋のたもとで、タケシが手を振っていた。
「カナミちゃん、今日で帰っちゃうんだって?」
「うん……」
「そっか。残念だな。陽太のやつ、カナミちゃんといる時、すげー楽しそうだったから」
タケシはポケットから何かを取り出した。写真だった。
「この前の祭りの時、撮ったやつ。焼き増ししたから、持ってって」
写真には、浴衣姿の私とヒナタが写っていた。花火を見上げている横顔。私は泣いていて、ヒナタが優しく見守っている。
「これ……」
「いい顔してるよ、二人とも」
タケシはニヤッと笑って、ヒナタの肩を叩いた。
「おい陽太、ちゃんと送ってやれよ。それと……」
タケシが急に真剣な顔になった。
「後悔すんなよ」
■ユイの想い
神社の階段の下で、ユイが待っていた。夏の制服姿。手には小さな包みを持っている。
「カナミさん」
「ユイちゃん……」
「これ、餞別」
包みを開けると、手作りのミサンガが入っていた。青い糸で編まれている。
「青が好きみたいだったから」
ユイの優しさに、胸が熱くなる。最初は嫉妬していた彼女が、今はこんなにも——
「ヒナタ君のこと、お願い」
思わず口にしていた。ユイの目が大きく見開かれる。
「何言ってるの。ヒナタ君が好きなのは、カナミさんでしょ」
「でも、私は——」
「いいの」
ユイが微笑んだ。寂しそうだけど、凛とした笑顔。
「ヒナタ君が本当に好きな人と一緒にいられて、よかった。たとえそれが短い時間でも」
ユイは踵を返すと、振り返らずに言った。
「でも、泣かせたら許さないから」




