第84話 明日への問いかけ
「明日、晴れるかな」
ヒナタが呟いた。明日。私が帰る日。
「晴れるよ」
どうしてそんなことを言ったのか分からない。でも、ヒナタは優しく微笑んだ。
「そうだね。きっと晴れる」
二人の間に、雨音だけが流れる。近すぎる距離。濡れた髪から落ちる雫。ヒナタのシャツから立ち上る、太陽と汗の匂い。
もう少し近づけば、抱きしめられる距離。でも、私たちはじっと立っていた。雨音に包まれて、時間が止まったみたいに。
稲光がまた走る。ヒナタの横顔が、一瞬白く浮かび上がる。
「一、二——」
轟音が響く。さっきより近い。
「三秒」
「近づいてるね」
でも、怖くなかった。ヒナタがいるから。この狭い軒下が、二人だけの世界みたいで。
■見守る視線
雨脚が少し弱まってきた。激しいドラムロールが、静かなピアノの音に変わるように。
「そろそろ行けそうだね」
ヒナタが軒から手を出す。雨粒が手のひらに落ちて、小さく跳ねた。
その時、道の向こうに人影が見えた。赤い傘。ユイちゃんだ。
一瞬、目が合った。彼女は何も言わず、ただ小さく頷いて、別の道へ消えていった。
「ユイちゃん……」
「見守ってくれてるんだよ」
ヒナタが言った。
「カナミちゃんのことも、俺のことも」
雨が、小降りになっていく。ポツポツと優しい音に変わって。でも、私の心の中では、まだ激しい雨が降っていた。
明日で終わり。この音も、この匂いも、この温もりも。
「行こうか」
ヒナタが差し出した手を、私は握った。まだ少し濡れている手。でも、温かい。
雨上がりの道を、二人で歩き始めた。水溜りが空を映している。雲の切れ間から、夕陽が差し込んできた。
虹が、出るかもしれない。




