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夏を記す瞳に君のかけら  作者: 大西さん
序章:灰色の空の下で
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第82話 ピアノとハーモニカ

「もう一回、演奏して」


私が頼む。


「いいよ」


ヒナタが、ハーモニカを構える。


「ピアノも弾く?」


「調律、狂ってるよ」


「それでもいい」


ピアノの前に座る。


鍵盤に、手を置く。


ヒナタが、吹き始める。


優しいメロディー。


私も、適当に鍵盤を押す。


不協和音。


でも、なぜか合う。


狂った音程と、正しい音程。


混ざり合って、新しい音楽。


そして——


思い出した。


この曲。


母の子守唄。


5歳の時、最後に聞いた。


「お母さん……」


涙が、溢れる。


「カナミちゃん?」


「この曲、知ってる」


「本当?」


「母が、歌ってくれた」


150年後の母が、知っていた曲。


なぜ?


分からない。


でも、確かに同じ曲。


時間を越えて、繋がっている。


■約束


「この曲、覚えてて」


ヒナタが言う。


「うん」


「未来でも、思い出して」


「絶対」


「俺も、ずっと吹く」


「約束?」


「約束」


ハーモニカを、渡される。


「これ、持ってて」


「いいの?」


「カナミちゃんが持ってた方がいい」


受け取る。


まだ、温かい。


ヒナタの体温。


「大切にする」


「それと」


ヒナタが、ポケットから何か出す。


学ランの第二ボタン。


「これも」


「制服の?」


「うん」


「でも——」


「記念に」


受け取る。


小さなボタン。


でも、重い。


想いの重さ。


■最後の時間


音楽室を出る。


廃校を後にする。


でも、まだ時間はある。


時計はないけど、太陽の位置で分かる。


まだ、昼過ぎ。


「どこ行く?」


「どこでも」


「じゃあ、全部」


「全部?」


「この町の、全部」


無理。


でも——


「行けるとこまで」


商店街。


川。


神社。


全部、もう一度。


最後に。


手をつないで、歩く。


時計なしで。


時間を忘れて。


でも、太陽は動く。


西に傾いていく。


オレンジ色に染まっていく。


「きれい」


「うん」


「この景色、忘れない」


「俺も」


でも、時間は止まらない。


確実に、10時23分に近づいている。


■音楽室への帰還


夕方。


また、音楽室に戻ってきた。


「ここで、お別れ?」


ヒナタが聞く。


「分からない」


強制帰還が、どんなものか知らない。


突然、消えるのか。


徐々に、透明になるのか。


「怖い?」


「少し」


「大丈夫」


ヒナタが、手を握る。


「俺が、いる」


最後まで。


「ありがとう」


夕陽が、音楽室を照らす。


オレンジ色の光。


埃が、金色に光る。


美しい。


「もう一回、吹いて」


「何を?」


「子守唄」


ヒナタが、ハーモニカを——


いや、私が持っている。


「口笛で」


ヒナタが、口笛を吹く。


優しい音。


震える音。


涙が、また溢れる。


これが、最後。


本当に、最後。


■永遠の音


日が沈む。


音楽室が、暗くなる。


でも、まだ少し光が残っている。


「カナミちゃん」


「ん?」


「好きだ」


「私も」


やっと、言えた。


「ずっと、好きだった」


「6日間?」


「永遠」


ヒナタが、私を抱きしめる。


温かい。


心臓の音が聞こえる。


規則正しい鼓動。


これも、覚えておこう。


そして——


左腕が、震え始める。


量子ビーコンが、起動している。


時間だ。


「ヒナタ君」


「うん」


「ありがとう」


「こちらこそ」


光が、私を包み始める。


転送の光。


「待って」


ヒナタが、強く抱きしめる。


「まだ——」


でも、光は止まらない。


私の体が、透けていく。


「カナミちゃん!」


ヒナタの声が、遠くなる。


でも、まだ聞こえる。


「忘れない!」


「私も!」


そして——


消えた。


音楽室に、ヒナタだけが残される。


ハーモニカケースが、落ちている。


でも、ハーモニカは、ない。


カナミが、持っていった。


150年後の未来へ。


ヒナタは、口笛を吹き続ける。


子守唄を。


彼女が、どこにいても聞こえるように。


時間を越えて、届くように。

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