第79話 校舎の中へ
「入ろう」
昇降口。
ドアは開いている。
いや、外れている。
中は、薄暗い。
埃の匂い。
カビの匂い。
でも、懐かしい匂いもする。
「ここ、ヒナタ君の母校?」
「いや、違う」
「じゃあ、なんで?」
「音楽室があるから」
音楽室。
「2階」
階段を上る。
木の階段。
ギシギシと音がする。
今にも、抜けそう。
「気をつけて」
ヒナタが、手を差し出す。
握る。
温かい手。
この手も、あと少しで——
2階の廊下。
教室が並んでいる。
ドアは全部開いている。
中を覗くと、机と椅子が残っている。
埃を被って。
黒板に、何か書いてある。
『さようなら ねこ小』
子供の字。
最後の日に、書いたのかな。
「ここ」
廊下の一番奥。
『音楽室』のプレート。
■音楽室
ドアを開ける。
ギィと音がする。
中は——
時間が止まっていた。
ピアノがある。
古いアップライトピアノ。
埃を被っているけど、まだ形を保っている。
譜面台もある。
楽譜が、開いたまま。
『ふるさと』
窓から、光が差し込む。
埃が、光の中で踊る。
静寂。
完全な、静寂。
「ここに、よく来る」
ヒナタが言う。
「一人で?」
「うん」
ピアノに近づく。
蓋を開ける。
鍵盤が、黄ばんでいる。
「弾ける?」
「少し」
ヒナタが、座る。
ドを押す。
ポーン。
音が、響く。
でも、調律が狂っている。
微妙に、音程がずれている。
「直せない?」
「無理。専門家じゃないと」
でも、ヒナタは弾き始める。
『ふるさと』
狂った音程。
でも、メロディーは分かる。
切ない。
寂しい。
でも、美しい。
■ハーモニカの発見
「あ、これ」
ヒナタが、ピアノの上から何か取る。
小さな箱。
ハーモニカケース。
「前に見つけた」
開ける。
銀色のハーモニカ。
古いけど、まだ光っている。
「吹いてみる?」
ヒナタが、唇に当てる。
プーッ。
音が出る。
澄んだ音。
ピアノと違って、音程は正確。
「きれい」
「でしょ?」
ヒナタが、本格的に吹き始める。
知らないメロディー。
でも、懐かしい。
ゆっくりとした、優しい曲。
音が、教室に響く。
埃っぽい空気を、震わせる。
窓ガラスが、共鳴する。
ビリビリと。
そして——
私の心も、震える。
この音。
どこかで聞いた。
いつ?
思い出せない。
でも、確かに知っている。




