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夏を記す瞳に君のかけら  作者: 大西さん
序章:灰色の空の下で
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第78話 最後の朝

■2130年の独白


ハーモニカの音は、デジタル化できない震えを持っていた。それは彼の息で、体温で、想いだった。


音は、周波数と振幅で表せる。ハーモニカなら、基音に倍音が重なり、特有の音色を作る。リード(金属片)の振動が空気を震わせ、その振動が鼓膜に届く。


でも、あの日の音は違った。


埃っぽい音楽室で、ヒナタが吹いたハーモニカは、データには変換できない何かを運んでいた。震える息づかい、込められた想い、17歳の切なさ。


調律の狂ったピアノと共鳴して、不協和音なのに美しくて、私の奥底に眠っていた子守唄の記憶を呼び覚ました。


今でも思い出す。あの震える音を。そして、ハーモニカケースの裏に書かれていた言葉を。


『彼女が消える前に、この音を、彼女の中に残したい』


彼は、知っていた。私が消えることを。


■最後の朝


1980年8月16日、午前9時。


七日目。最後の日。


今日の夜10時23分47秒。強制帰還。


あと、13時間。


ヒナタが、宿に迎えに来る。


「おはよう」


「おはよう」


昨日とは、違う表情。


決意に満ちた顔。


「今日は、特別な場所に行きたい」


「特別な場所?」


「俺にとって、大切な場所」


真剣な目。


「いいよ」


「ありがとう」


歩き始める。


今日も暑い。でも、風がある。


少し、秋の気配。


蝉の声も、心なしか弱い。


夏の終わり。


私たちの、終わり。


■廃校への道


町外れへ向かう。


商店街を抜け、住宅街を抜け、さらに奥へ。


「どこ?」


「もうすぐ」


田んぼが広がる。


稲が、青々としている。


風で、波のように揺れる。


「きれい」


「秋には、金色になる」


秋。


私は、見られない。


丘を上る。


そして——


古い校舎が見えた。


木造二階建て。


ペンキが剥がれ、窓ガラスが割れている。


「ここは?」


「旧町立祢古小学校」


ヒナタが、門を見上げる。


錆びた門。


『祢古小学校』の文字が、かすかに読める。


「廃校?」


「2年前に」


「どうして?」


「子供が減って」


少子化。


この時代でも、始まっている。


門は、開いている。


いや、壊れている。


「入っていいの?」


「多分、ダメ」


ヒナタが、苦笑い。


「でも、誰も来ない」


校庭に入る。


草が、膝まで伸びている。


錆びた鉄棒。


朽ちかけた木製の遊具。


「寂しい」


「でも、好きなんだ」


ヒナタが、校舎を見上げる。


「静かで、時間が止まってて」

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