第77話 託したいもの
「意味分かんね」
タケシが呆れる。でも、俺は本気だ。
「カナミちゃんに、この町を覚えてて欲しい」
「東京帰っても?」
「どこに行っても」
商店街の温かさ。川の冷たさ。神社の静けさ。祭りの賑やかさ。全部、カナミちゃんの中に残したい。
「お前さ」
タケシが、真面目な顔になる。
「本気?」
「本気」
「あいつのこと、本当に好きなんだな」
「ああ」
即答する。迷いはない。
「じゃあ、応援する」
タケシが、肩を叩く。
「明日、頑張れよ」
「サンキュー」
■最後の片付け
提灯を全部下ろし終わる。祭りの跡。静かな商店街。
「なんか、寂しいな」
タケシが言う。
「来年もあるさ」
俺が答える。でも、来年のことを考えると、胸が痛む。カナミちゃんは、いない。
「じゃ、俺帰る」
「おう」
タケシが去っていく。一人になる。
月を見上げる。満月に近い。明るい夜。
明日、カナミちゃんと過ごす最後の日。多分。
全部、伝えよう。
この町が、どんなに素敵か。
ここでの思い出が、どんなに大切か。
そして——
君が、どんなに特別か。
手帳を取り出す。書く。
『8月16日の予定 朝から晩まで、カナミちゃんと。 伝えたいこと、全部。 この町の、最高の場所、全部。 一秒も、無駄にしない』
ペンを置く。
明日が、怖い。でも、楽しみ。
カナミちゃん、君は本当に誰なんだ?
どこから来て、どこへ行くんだ?
分からない。
でも、今、ここにいる。
それだけで、十分だ。
明日、全部伝える。
君への想いも、この町への愛も。
全部。




