第76話 祭りの後片付け
1980年8月15日、午後10時30分。
花火が終わって、祭りの後片付けを手伝う。提灯を下ろし、ゴミを集め、机を畳む。タケシも一緒だ。
「お前、顔にやにやしてる」
タケシが、ゴミ袋を縛りながら言う。
「してない」
「してる」
「……そうか?」
「カナミちゃんと、いい感じだった?」
提灯を下ろす手を止める。いい感じ。確かに、そうかもしれない。でも——
「なあ、タケシ」
「ん?」
「カナミちゃんって、変だよな」
「今更?」
タケシが笑う。でも、俺は真面目だ。
「初めて空を見る人みたいな目をしてる」
「は?」
「なんて言うか……全部が初めてみたいな」
提灯を畳みながら、考える。ラムネを飲んだ時の驚き方。川の冷たさに震えた姿。花火を見て泣いた横顔。
■不思議な女の子
「確かに変わってる」
タケシが同意する。
「でも、それがいいんだろ?」
「うん」
「惚れたな」
「……かもな」
認める。もう、隠しても仕方ない。
「でもさ」
タケシが、手を止める。
「あいつ、夏休み終わったら帰るんだろ?」
「そうらしい」
「寂しくなるな」
寂しい。その一言じゃ足りない。でも——
「なあ、タケシ」
「なんだよ」
「あいつ、いなくなるんじゃないか?」
「は? 今言ったじゃん、東京に帰るって」
「そうじゃなくて」
言葉を探す。上手く説明できない。
「もっと、遠くに行きそうな気がする」
「遠く?」
「手の届かない、どこか」
自分でも、何を言ってるか分からない。でも、そんな予感がする。カナミちゃんは、この世界の人じゃないみたいな。
■タケシの言葉
「お前、大丈夫か?」
タケシが心配そうに見る。
「恋は人を詩人にするって言うけど、お前の場合は電波系?」
「違う」
「じゃあ、何」
「分からない」
本当に、分からない。ただ、カナミちゃんといる時間が、特別すぎて。まるで、夢みたいで。
「でも、一つ分かる」
「何が」
「あいつといると、この町が違って見える」
タケシが、首を傾げる。
「当たり前だと思ってたものが、全部新しく見える」
商店街も、川も、神社も、祭りも。カナミちゃんの目を通すと、全部が宝物に見える。
「へー」
タケシが、にやっと笑う。
「重症だな」
「うるさい」
でも、否定しない。確かに、重症だ。
■明日への決意
「それで、どうする?」
タケシが聞く。
「どうするって?」
「告白とか」
「……もうした」
「マジで!?」
タケシが驚く。
「返事は?」
「まだ」
「脈あり?」
「分からない」
泣いてた。花火を見て。でも、あれは違う涙だった気がする。
「明日、もう一回言う」
「しつこくない?」
「だから俺は、明日、全部伝える」
決めた。明日が最後かもしれない。その予感は、消えない。
「全部って?」
「この町のこと、俺のこと、全部」




