第70話 ヒナタのメモ
[後日、タケシに渡したメモ]
『タケシへ
今日の祭り、最高だった。
カナミちゃん、花火見て泣いてた。
きれいだから泣くって、あるか?
違うと思う。
あいつは「初めて」見てるんだ。
全部を。
花火も、屋台も、金魚も。
まるで、この世界に生まれたばかりみたいに。
だから、俺も初めて見た。
17年間、毎年見てきた花火を、初めて見た。
カナミちゃんと一緒だと、全部が新しい。
これが、恋なのかな。
よく分からない。
でも、幸せだ。
ヒナタ』
■祭りの終わり
花火が終わる。
最後の一発。
特大の花火。
金色の、大輪。
しばらく、夜空に残る。
そして、ゆっくりと消えていく。
「終わっちゃった」
ヒナタが言う。
寂しそうに。
「でも、きれいだった」
「うん」
立ち上がる。
浴衣の裾を直す。
「送る」
「うん」
手をつないで、歩く。
祭りの後の、静けさ。
屋台も、片付け始めている。
提灯の明かりも、少しずつ消えていく。
でも、まだ人はいる。
楽しかった時間を、惜しむように。
「来年も」
ヒナタが言いかけて、止まる。
来年、私はいない。
「……今年が、最高だった」
言い直す。
優しい嘘。
「うん」
商店街を歩く。
マルフクの前を通る。
もう閉まっている。
でも、明かりが少しついている。
フクばあちゃんが、片付けているのかも。
「明日、ラムネ買いに行こう」
ヒナタが言う。
「うん」
明日。
あと一日。
最後の一日。
■宿の前で
宿に着く。
「今日、ありがとう」
「こちらこそ」
ヒナタが、まだ手を離さない。
「カナミちゃん」
「ん?」
「明日、一日中一緒にいていい?」
最後の一日を、一緒に。
「うん」
「朝から、夜まで」
「うん」
「ずっと」
ずっと。
その言葉が、切ない。
ずっとなんて、ない。
あと、30時間。
「じゃあ、また明日」
やっと、手を離す。
寂しい。
でも、明日がある。
最後の明日が。
「おやすみ」
「おやすみ」
ヒナタが、去っていく。
振り返りながら、手を振りながら。
■花火の記憶
部屋に戻る。
浴衣を脱ぐ。
畳んで、大切に置く。
ユイちゃんに、返さなきゃ。
窓から、空を見る。
花火の煙が、まだ少し残っている。
硝煙の匂い。
金魚の入った袋。
小さな命が、泳いでいる。
明日、ヒナタに預ける。
ベッドに横になる。
目を閉じる。
瞼の裏に、花火が咲く。
何度も、何度も。
ヒナタの横顔。
優しい目。
「君が好きだ」
その言葉が、耳に残る。
私も、好き。
大好き。
でも、言えなかった。
明日、言おうか。
最後の日に。
いや、言わない方がいい。
傷つけるだけ。
でも——
分からない。
ただ、明日を大切にしよう。
一秒も無駄にしないで。
花火の音が、まだ響いている。
ドーン、ドーン。
心臓の音と、重なる。
これが、恋。
これが、生きるということ。
17年間、知らなかった感覚。
でも、今知った。
遅すぎる?
いや、間に合った。
ギリギリ、間に合った。
ヒナタに出会えて、良かった。
本当に、良かった。




