第66話 祭りの朝
1980年8月15日、午前10時。
六日目。
今日は、音無神社の夏祭り。
ヒナタは朝から準備で忙しいらしい。
「悪い、午後まで手伝いがあって」
電話でそう言っていた。
「夕方、迎えに行くから」
「うん」
一人で過ごす午前中。
でも、退屈じゃない。
宿の窓から、祭りの準備が見える。
商店街に、提灯が吊るされていく。
赤、白、ピンクの提灯。
風で揺れて、昼間なのに幻想的。
屋台の設営も始まっている。
テントを張り、机を並べ、商品を準備する。
みんな、楽しそう。
年に一度の、特別な日。
シーン2:ヒナタの心の声(準備中)
[ヒナタの手帳より]
『8月15日 午前11時
提灯を吊るしながら、考える。
この祭り、何回参加しただろう。
物心ついた時から、毎年。
でも、今年は違う。
カナミちゃんと一緒に見られる。
彼女の目を通して、祭りを見たい。
きっと、全部が新しく見えるはず。
提灯の色も、屋台の匂いも、花火の光も。
当たり前すぎて気づかなかったものを、
彼女は「きれい」って言ってくれる。
「すごい」って驚いてくれる。
だから俺も、今年は違う目で見よう。
初めての祭りのように。
彼女が見ているように。
あと少しで準備が終わる。
早く、会いたい』
■ユイの訪問
午後2時。
部屋でぼんやりしていると、宿の人が呼ぶ。
「お客様です」
誰だろう?
階下に降りると——
ユイが立っていた。
大きな風呂敷包みを持って。
「こんにちは」
「ユイちゃん……」
昨日の神社での一件。
気まずい。
「これ」
ユイが、風呂敷包みを差し出す。
「浴衣」
「え?」
「祭りでしょ? 浴衣ないと」
ユイの表情は、昨日とは違う。
柔らかい。
「でも、私——」
「借りるだけ」
ユイが、小さく微笑む。
「ヒナタ君と、祭り行くんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、着なきゃ」
■浴衣の着付け
「一人で着られる?」
ユイが聞く。
「多分、無理」
正直に答える。
2130年に、浴衣なんてない。
「手伝う」
ユイが、部屋に上がってくる。
風呂敷を開く。
薄い青の浴衣。
朝顔の模様。
「きれい……」
「私のお気に入り」
ユイが言う。
「でも、カナミさんの方が似合うと思う」
「そんなこと——」
「肌が白いから」
ユイが、浴衣を広げる。
「さ、着て」
服を脱ぐ。
下着の上に、肌襦袢。
その上に、浴衣。
「腕を通して」
ユイの指示に従う。
浴衣が、肌を包む。
薄い生地。
涼しい。
でも、はだけそう。
「帯で締めるから、大丈夫」
ユイが、帯を取り出す。
赤い帯。
「きつく締めるよ」
「うん」
ユイが、後ろに回る。
帯を巻く。
ぎゅっと締める。
「苦しい?」
「ちょっと」
「慣れる」
何度も巻いて、形を整える。
「はい、完成」
鏡を見る。
知らない自分がいる。
浴衣姿の、日本の女の子。
「可愛い」
ユイが言う。
「ヒナタ君、びっくりするよ」




