第64話 [警告ログ 2130.08.14 20:47:33]
『システム起動 エージェント識別:カナミ 現在位置:1980.08.14 日本国埼玉県 生体データ取得中...』
『警告:感情指数6.2 状態:危険域』
『心拍数:不規則(102-145bpm) 体温:38.1℃ 発汗量:異常値 瞳孔反応:散大傾向』
『記録データ分析中... 風景データ:23件 建築物データ:11件 文化データ:4件 人物データ:0件』
『警告:記録優先度の逸脱を確認 人物データの欠落は規約違反です』
『HARMONY システム起動』
機械的な音声が、カナミの意識に直接響く。量子ビーコンを通じた、脳内通信。
『エージェント・カナミ、応答せよ』
「……聞こえています」
神社の境内。ヒナタから少し離れて、カナミは小声で応答する。
『あなたの任務遂行状況は、著しく規定を逸脱しています』
「理解しています」
『虚偽報告の可能性を分析しました。確率78%』
「虚偽ではありません。記録する必要がないと判断しただけです」
『その判断は、感情汚染による誤謬です』
「違います」
『反論は無意味です。データが全てを示しています』
突然、機械音声に混じって、別の声が割り込む。
「カナミ、ミレイです」
暗号化された量子通信。監視AIには傍受できない、秘密回線。
「課長……」
「聞きなさい。時間がありません」
ミレイの声は、いつもの冷静さを保っているが、微かに緊張が滲む。
「記録を改ざんしなさい」
「え?」
「架空の風景データを追加して、人物データの不足を誤魔化すのです」
「でも、それは——」
「規約違反? 今のあなたが言えることですか?」
沈黙。
「カナミ、あなたを守ろうとしています」
「……できません」
「なぜ?」
「嘘はつきたくありません。もう」
リョウの介入
「カナミ!」
今度はリョウの声。焦りが露骨に表れている。
「聞こえる? 俺だ、リョウだ」
「先輩……」
「今すぐ帰還シークエンスを起動しろ」
「嫌です」
「カナミ、正気か?」
「正気です。初めて、正気です」
「感情指数6.2だぞ! もう限界だ」
「分かっています」
「分かってない! このままじゃ——」
リョウの声が途切れる。感情的になりすぎて、通信が不安定になっている。
「先輩、心配してくれてありがとう」
「カナミ……」
「でも、私は帰りません。まだ」




