第60話 境内にて
階段を上りきる。
鳥居をくぐる。
朱色の鳥居。
色が、少し褪せている。
でも、それが歴史の証。
境内は、静かだ。
人は、ほとんどいない。
「平日だから」
ヒナタが言う。
でも、誰かいる。
拝殿の前に、女の子。
制服姿。
セーラー服。
「あれ、ユイ?」
ヒナタが声をかける。
女の子が振り返る。
16歳くらい。
長い黒髪。
整った顔立ち。
でも——
目が、冷たい。
私を見る目が。
「ヒナタ君」
ユイと呼ばれた女の子が、ヒナタに微笑む。
でも、私には微笑まない。
「こちら、カナミちゃん」
ヒナタが紹介する。
「東京から来た友達」
「友達……」
ユイが、値踏みするような目で私を見る。
上から下まで。
「初めまして」
私が挨拶する。
「……ユイです」
最小限の返事。
明らかに、歓迎していない。
「ユイ、何してたの?」
ヒナタが聞く。
「お参り」
「何を願ったの?」
「秘密」
ユイが、ヒナタを見上げる。
甘えるような仕草。
でも、時々私を横目で見る。
牽制している。
「ヒナタ君、最近会わないと思ったら」
ユイの声に、棘がある。
「新しい友達ができたのね」
「ユイ……」
「いいよ。私なんて、幼馴染でしかないから」
明らかな当てつけ。
ヒナタが困った顔をする。
「そんなことない」
「じゃあ、なんで最近避けてるの?」
「避けてない」
「嘘」
ユイが、私を睨む。
「この人が来てから、変わった」
私のせい。
確かに、そう。
「ユイ、カナミちゃんは関係ない」
ヒナタが庇ってくれる。
でも、それが逆効果。
ユイの目に、涙が滲む。
「やっぱり、そうなんだ」
「違う、そういう意味じゃ——」
「もういい」
ユイが、私に向き直る。
「あなた、どうせいなくなるんでしょ」
シーン5:鋭い指摘
「え?」
思わず、声が出る。
どうして、知っているの?
「夏休みが終わったら、東京に帰るんでしょ」
ユイが続ける。
「観光客はみんなそう」
「私は……」
「一週間くらい?」
ユイの推測。
でも、当たっている。
あと2日。
「そして、二度と来ない」
ユイの声が、震える。
「ヒナタ君を振り回して、いなくなる」
「ユイ、やめて」
ヒナタが止める。
「本当のことでしょ」
ユイが、涙を拭く。
「私は、ずっとここにいる」
「ヒナタ君が東京に行っても、待ってる」
「でも、あなたは——」
消える。
確かに、消える。
2日後に。
「ごめんなさい」
私が謝る。
他に、言葉が見つからない。
「謝らないで」
ユイが言う。
「それが一番、腹が立つ」
そして、走り去る。
セーラー服の後ろ姿が、階段を下りていく。
「ごめん」
ヒナタが謝る。
「ユイ、昔から俺のこと……」
「好きなんだね」
「多分」
ヒナタが、困った顔。
「でも、俺は妹みたいにしか」
「分かる」
本当に、分かる。
ユイの気持ちも、ヒナタの気持ちも。
「カナミちゃんは、本当にいなくなるの?」
ヒナタが聞く。
真剣な目。
「……夏休みが終わったら」
嘘じゃない。
私の夏休みは、あと2日で終わる。
「そっか」
ヒナタが、寂しそうに笑う。
「でも、今はいるよね」
「うん」
「それで十分」
優しい。
優しすぎる。




