第6話 調和の家(6歳)
【調和の家(6歳)】
午前6時。振動アラーム。
起床。ベッドメイキング。シーツの角は45度。1ミリのずれも許されない。
午前6時30分。洗面。
冷たい水。いや、温度は一定。でも、心が冷たく感じる。
午前7時。朝食。
白い錠剤3粒。完全栄養食。噛まずに飲む。味はない。最初は吐いた。でも、慣れた。慣れざるを得なかった。
午前8時。学習。
感情の名前を習う。喜び、悲しみ、怒り、恐れ。そして、それらを消す方法を。
「感情は、脳内物質の反応に過ぎません」
教官の声は単調。
「制御可能であり、制御すべきです」
午前10時。感情抑制訓練。
今日は「喜びの抑制」。
子犬の映像を見せられる。転がって遊ぶ子犬。
「感情指数を0に保ちなさい」
でも、子犬が尻尾を振ると、口角が上がってしまう。
0.3ポイント上昇。
「カナミ、制御不足です」
午後0時。昼食。
また錠剤。でも、月に一度、「体験食」がある。
合成肉。味はある。でも、何の味か分からない。
午後2時。労働。
清掃、洗濯、データ入力。6歳でも働く。効率的な社会のために。
午後4時。運動。
ランニングマシン。30分。心拍数は120を維持。機械的な動き。
午後6時。夕食。
錠剤。水。それだけ。
午後7時。自由時間。
自由と言っても、することはない。本もない。玩具もない。
ただ、座っている。
でも、この時間に、私は母の布を触る。
トイレの個室で。監視カメラの死角で。
午後8時。消灯。
暗闇の中で、青を思い出す。
これが、毎日。
365日。
感情が、少しずつ削られていく。
【最初の感情抑制訓練(7歳)】
「これから、悲しい映像を見せます」
教官の声は単調だ。20人の子供たち。全員、手首にセンサー。
スクリーンに映像が流れる。
戦争の記録。焼け落ちる家。泣き叫ぶ母親。
私の感情指数が上昇する。1.2、1.5、1.8——
胸が痛い。母を思い出す。
「カナミ、制御しなさい」
深呼吸。でも、画面の母親が子供を探している。
「タカシ! タカシ!」
2.3。
アラームが鳴る。
「カナミ、前へ」
みんなが見ている。無表情で。
「罰則です。感情抑制剤を投与します」
小さな白い錠剤。
飲み込む。
すぐに、世界が変わる。
色が薄くなる。音が遠くなる。
胸の痛みが消える。涙が乾く。
何も感じない。
母親が子供の遺体を見つける場面。
でも、何も感じない。
ただ、情報として認識する。
「よくできました」
教官が言う。
でも、薬が切れると、また感情が戻ってくる。
そして、気づく。
私は、壊れていく。