第56話 数値の警告
2130年8月13日 14:32:17
時間管理局第3課、監視室。
巨大なホログラムディスプレイが、青白い光を放っている。無数のデータが流れ、グラフが更新され続ける。室温22度。湿度40%。最適化された環境。
リョウは、モニターから目を離さない。
彼の瞳に映るのは、150年前の夏。そして、一人の少女。
「感情指数、また上昇」
リョウの声が、静かな監視室に響く。
『エージェント:カナミ 現在時刻:1980年8月13日 14:32(現地時間) 感情指数:5.7 状態:警戒レベル3』
波形グラフが、穏やかな青から、警告のオレンジ色に変わる。
上下に激しく振れる波形。正常値を大きく超えている。
「5.7か」
リョウが、眉をひそめる。
危険域は6.0。あと0.3ポイント。
「昨日は4.8だった」
急激な上昇。このペースだと、明日には——
「リョウ」
背後から、声。
ミレイ課長。28歳。黒いスーツ。感情を読ませない表情。
「カナミの状態は?」
「良くありません」
リョウが、データを表示する。
心拍数:不規則。 体温:37.8度(上昇傾向)。 発汗量:通常の3倍。 瞳孔反応:異常。
「第2段階の症状が、全て出ています」
モニターに、カナミの姿が映る。
川辺に座っている。隣には、現地の少年。
17歳の少女は、笑っている。
太陽の下で、無防備に、幸せそうに。
「記録データは?」
ミレイが聞く。
「ほぼゼロです」
リョウが、別のウィンドウを開く。
風景データ:12件 建築物データ:8件 文化データ:3件 人物データ:0件
「人物がゼロ」
ミレイの声に、わずかな変化。
「規定違反です」
「分かっています」
リョウが、画面を見つめたまま答える。
画面の中で、カナミが川に足を入れる。
少年が、手を差し伸べる。
二人の手が、触れる。
その瞬間——
感情指数:5.9
警告音が、小さく鳴る。




