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夏を記す瞳に君のかけら  作者: 大西さん
序章:灰色の空の下で
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第55話 帰り道

「そろそろ、戻ろうか」


太陽が、西に傾き始めている。


「うん」


靴を履く。


濡れた足に、靴下は気持ち悪い。


「裸足でいいよ」


ヒナタが言う。


「道、痛くない?」


「大丈夫」


でも、実際歩くと——


「痛っ」


小石が、足の裏に刺さる。


「だから言ったのに」


ヒナタが苦笑い。


「おぶってあげる」


「え?」


「いいから」


ヒナタが、しゃがむ。


背中を向ける。


「乗って」


躊躇する。


でも——


背中に乗る。


ヒナタが、立ち上がる。


高い。


視界が、変わる。


「軽い」


ヒナタが言う。


「ちゃんと食べてる?」


「食べてる」


錠剤だけど。


歩き始める。


ヒナタの背中は、広い。


温かい。


汗の匂いがする。


でも、嫌じゃない。


むしろ、安心する。


顔を、背中に押し付ける。


心臓の音が聞こえる。


規則正しい鼓動。


私の不規則な鼓動と、対照的。




道の途中で、ヒナタのポケットから何かが落ちる。


小さな手帳。


「あ、落ちた」


「大丈夫、後で拾う」


でも、気になる。


「降りる」


「いいよ」


「降りる」


降りて、手帳を拾う。


開いてしまった。


見てはいけないのに。


そこには——


『8月12日 晴れ


カナミちゃんと川に行った。


水切りを教えた。


後ろから手を添えた時、ドキドキした。


カナミちゃんの手、冷たかった。


まるで、この世界の温度に慣れてないみたいに。


でも、それが愛おしい。


守ってあげたい。


でも、どこか遠くへ行ってしまいそうで、怖い。


あと何日、一緒にいられるんだろう』


「それ……」


ヒナタが、慌てて取り返す。


「見た?」


「……ごめん」


「恥ずかしい」


ヒナタが、真っ赤になる。


でも——


「本当のこと、書いただけ」


ヒナタが、まっすぐ私を見る。


「カナミちゃんが、好きだ」


告白。


突然の、告白。


心臓が、止まりそう。


いや、暴走しそう。


「私……」


言葉が、出ない。


好き。


私も、好き。


でも、言えない。


あと3日で、いなくなる私が。


「答えは、いらない」


ヒナタが言う。


「ただ、伝えたかった」


優しい。


優しすぎる。


涙が、出そうになる。




川から帰って、一人になって。


足を見る。


まだ、川の冷たさを覚えている。


15.3度。


データでは、ただの数値。


でも、体が覚えている。


あの冷たさ。


最初の衝撃。


次第に慣れていく感覚。


そして、ヒナタの手の温かさ。


37.2度以上。


でも、それ以上の何か。


心臓は、まだ不規則。


視界は、まだ紫が混じる。


感情汚染が、進行している。


でも、怖くない。


むしろ、このまま汚染されたい。


人間に、なりたい。


ヒナタが書いた言葉を思い出す。


『この世界の温度に慣れてないみたい』


その通り。


私は、2130年の温度しか知らない。


22度の、変わらない温度。


でも、今日知った。


川の冷たさと、太陽の熱さと、ヒナタの温かさ。


それが、1980年の温度。


生きている温度。


これを、忘れない。


データじゃなく、体の記憶として。


永遠に。

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