第53話 ヒナタの夢
川から上がる。
岸辺の大きな石に座る。
足を、太陽に当てて乾かす。
「ヒナタ君の夢は?」
突然、聞いてしまう。
「夢?」
「将来、何になりたい?」
ヒナタが、遠くを見る。
「……音楽」
「音楽?」
「本当は、音楽を勉強したい」
意外だった。
「大学で?」
「うん。東京の」
東京。
「でも」
ヒナタの声が、沈む。
「うちは、農家だから」
「農家?」
「親父は銀行員だけど、じいちゃんが農家」
「田んぼもある」
そうか、だから手に豆があったんだ。
「長男だから、継がないと」
「やりたくない?」
「そうじゃない」
ヒナタが首を振る。
「農業も、大切だと思う」
「でも?」
「でも、音楽も諦めきれない」
葛藤。
17歳の、リアルな葛藤。
「両方は?」
「無理だよ」
「どうして?」
「時間も、お金も」
現実的な問題。
2130年では、職業は適性で決まる。
選択の自由はない。
でも、それは葛藤もない。
どちらが、幸せなんだろう。
「カナミちゃんの夢は?」
ヒナタが聞き返す。
夢。
私の夢。
ない。
与えられた任務をこなすだけ。
それが、私の人生。
「私には……」
言葉を選ぶ。
でも、出てきたのは——
「私には、未来がない」
失言。
ヒナタが、驚いた顔をする。
「どういうこと?」
「あ、いや、その……」
どう説明すればいい?
150年後から来たなんて。
7日間しかいられないなんて。
「病気?」
ヒナタが、心配そうに。
「違う」
「じゃあ、なんで?」
「……」
答えられない。
沈黙が流れる。
川の音だけが、響く。
「ごめん」
ヒナタが言う。
「聞いちゃいけないことだった」
「ううん」
「でも」
ヒナタが、私の手を取る。
冷たくなった手を、両手で包む。
「未来は、作るものだよ」
「作る?」
「そう。決まってるものじゃない」
でも、私の未来は決まっている。
あと3日で、2130年に帰る。
それは、変えられない。
「カナミちゃんには、未来がある」
ヒナタが、真剣な目で見つめる。
「俺が、保証する」
どうして、そんなことが言えるの?
でも、その言葉が嬉しい。
信じたくなる。




